が常々呪っているように、いきものに餌は不可欠なので、摂理は忘我となった女にも適応され、形の良い唇が少しずつ消費していく食物を、彼は酷い憐れみと惨めさを覚えながら見送った。彼女の凝固した感情は、三成と同じうつくしさを持つのではないかと期待しただけに落胆は大きい。却って生命が強く意識されて、の胃は、結局その日、全ての内容物を吐き散らしてもまだ違和感を抱えたまま一日を閉じた。夜には銀砂を撒いたような星、は瞼を閉じて瞬きを遮断。生臭い。あ、あ、佐吉の目が見たい。俺なんかを見ているのではなく、政宗を、家康を、秀吉を見つめているあの氷長石。いのちの気配の消えた、冬の朝の目。あの粛然とした終焉を。
は、明日から暫く陣を離れる。吉継の連れてきた坊主と子供が、関ヶ原で鍋をするなどと言いだしたものだから、兵站将校である彼は材料を探しに行かなければならない。の姿が消えることに関して、報告を受けた三成は瞬き一つしなかったしもそれでいい。そのことに安堵すらした。三成の瞳が見つめるのは、ただ彼岸であるべきだ、そちらに行ってしまった人と、彼の未来の両方がある。それだからこそあの目に価値がある。
鍋に使う食材を探している最中、ふとしたことで、先の戦で死んだと言われている智将の生に気付いた。
同時に聞き分けの無い太陽と、坊主の策謀を思い出したは、保険の一つを思い立つ。彼のうつくしい冬を阻む者をは許さなかったけれど、彼自身に武力はないので、国を失くした大名は格好の取引相手だった。坊主、お前が何をするつもりか知らねぇが、ただ混乱を巻き起こすために彼らを呼ぶなら、佐吉の殉教を阻ませない、竜と、太陽と、自身の血を混ぜて佐吉はうつくしく死ぬ、死ぬ、例え彼が生き延びたとしても彼は死ぬ。俺はそれを阻ませない。あのひとはうつくしく生きて死ぬ。忠義に、憎悪にその身を燃やし尽くし、敵を飲みこんだその先は灰と化して消える。三成は燃え残ることを望みはしない。炭にもなれず、彼は燃え滓となって死ぬだろう。彼の神は死んだから。
なのでは、戦場が三成を本懐ごと圧し包んでしまわないよう、武力を持たないが思う通り、有象無象の邪魔な大名たちを殺せるように、騒擾を望む男に引見した。
今は影に潜む元就は、の与えた情報、坊主の策謀のあらましを半信半疑で聞いていたが、中国の奪取を目論む彼にとって、全国の目が関ヶ原に集中するという事実は最高の好機であるはずだ。関ヶ原にて大乱を現出すれば、兵力がそちらに集中した隙に、僅かな兵力で中国を制圧できる。
「成程、使える話よ……しかし、其方の言葉が真実であると、我が認めると思うか?」
首筋に、ぴたりと添えられた浪人の輪刀を、は薄笑いで無視する。三成には備えきれていない、成熟した酷薄さを、彼は元就の中に見た。
この男も、うつくしく米を喰い、冬のにおいをさせるのだろうか、いやそうではあるまい。彼はきっとうつくしく食事をするけれど、三成のように、崖に向かって歩くことはあるまいから。
あーあ、佐吉、早く、お前が崖をゆく姿が見たい。
「俺ァ、佐吉があのまま、生きて死ねりゃあそれでいいんだ」
そう、それが、紛うこと無き本心なのです。
何を悟ったか不快げに右頬が痙攣した元就の、向こう、黒々とした板壁。あれに囲まれて物心というものを定着させていた頃から、あいつはとてもとても透明で頑固で生真面目で良く泣いた、そう今と変わりやしなかった。佐吉は、ねえ。ずっとずっときれい。の分まで。あいつは、かみさまを喪ってしまって、そうしてもっときれいになった。持って生まれたたましいそのままの形をしている、今。
ふふっと微笑むに、元就が、酷く酷く、それは嫌そうな顔をする。
「石田も憐れな男よ…貴様などと、無理心中か」
「あっは! ない、ないぜェそりゃあ。佐吉は俺なんかとは死んでくれねェよ。あいつは一人で死ななけりゃァ」
「いや貴様は、きっと石田を殺すであろうよ」
「だぁから」
「去ね」
輪刀を外した元就は、貴様とこれ以上話しては耳が腐る、と吐き捨てて、をぽいっと日の下に捨てた。
王は、簒奪を企む元就は、俺の話信じたァ? と、にたにた蠢くが癪に障って仕方なかったけれども、彼の齎した情報は無視できるものではなかったので、そしてこれ以上彼に付き纏われることを考えるとここで返答をする以外に道はなかった。死んでしまえ。
「貴様に嘘が吐けようものか。蜘蛛のような、生臭い貴様に!」
細い糸で蝶の羽を引き止めて、その、いのちが、消えてゆく様をじっと見ている複眼、背中に注がれているその視線に怖気震う。
荒々しく閉ざされた接触点の向こう側で、は骨の浮き出た腕で体を支える。うん俺は、あいつみたいにはなれなかったね。
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