西村は、それを聞いたとき、そりゃもうぶったまげた。ぶったまげついでに小石を踏んでこけそうになった。慌てて北本が腕を引っ張ってくれたのでこと無きを得たが、西村はそんなことよりも夏目にものすごい勢いで詰め寄った。

 「マジかよ!? うっそ、あのさんがチョコくれるって言ったのか!?」

 授業が終わってから、西村は何やら心ここにあらずな夏目を心配していた。夏目は複雑な生い立ちのせいか、時々西村には信じられないくらい本音を出さない。感情を抱え込みがち、内気、心配させる、そんな評価をつけずにはいられない友人が夏目貴志という人間だ。上の空な夏目にすわ一大事かと真剣さを増した西村と北本は、学校から随分離れた帰り道でその告白を引きずり出すのに成功した。うつむき、夕陽の光の作る影で顔色を隠すのに成功した夏目の表情は見えないが、これは祝福せずにはいられない。なにせ夏目だ。あの夏目だ。あの夏目についに春が来た。

 「しかしとは…」
 「いや考えてみたら自然だ、北本。さん、夏目とすごく親しいし」
 「……そう、見えるのか?」
 「付き合ってるんじゃないかって噂もあるくらいだぜ」
 「ち、違うっ!」

 意外にも強い否定に出会って、西村はおやと熱狂したテンションを引き戻した。

 「付き合ってねえの?」
 「ない」
 「でも、さんとすごい仲いいじゃん」
 「それは友人として、だ」

 言い切った夏目に、西村は食い下がろうとしたが、「まあは、誰に対してもあんな調子だしな」と北本が裏切った。
 でもチョコくれるってことは脈ありかもだろと思ったが、北本が口を開く方が早かった。

 「夏目は、嬉しくないのか?」
 「……よく、わからないんだ」

 夏目は絞り出すように呟いた。よくわからない。西村にはその質疑応答がよくわからない。女の子からバレンタインチョコを貰えるなんて、例え義理でも素直に嬉しいじゃないか。親しくしている相手なら、恋のきっかけになるかもしれない。
 西村は件のを思い浮かべる。原付に乗ってて、アルバイトを掛け持ちしていて、夏目と仲が良くて、いまいち行動がよくわからない。あとにやにや笑いが良く似合う。あまり女の子らしくはないがいい奴だ。女の子らしいというなら、彼女の友達の斎田伊織の方が可愛らしい。は可愛らしいというよりさっぱり型で、伊織という仲良しはいるが万事女子グループのようにべたべたしている感じはしない。それは男子に対しても同様で、むしろは性別を忘れさせるところがあった。

 「おれなんかが、貰っていいんだろうか」
 「何言ってんだ。さんは、お前にチョコくれるって言ったんだろ?」
 「そうだけど…」

 自分でも掴み切れていないのか、夏目は言葉未満の気持ちを探るように睫毛を伏せた。控えめな表情は夏目からこそ性別のにおいを隠しており、そういえば転入当時は女子が騒いでいたなあと西村は思い出す。女子のひそひそ声が夏目を取り巻いていたあの頃、はどうしていたのだったか。ひそひそ声の輪の中に彼女を見た覚えはないが、というかそんなの想像できないが、西村はさっぱり覚えていない。覚えていないということは今と同じだったんじゃないかと考えた。ハリネズミのようだった夏目を思い返すに、それはのすごさを思い知らせた。いつの間にかするりと入り込んできて、ハリネズミの夏目と、まるで遠慮のない仲を築き上げた。西村だったら絶対できない。さんすげえなあ、そう思った西村は、自身が夏目の親友である事実を棚に上げている。

 「なあ、夏目。聞きたいんだが、お前、のことどう思ってるんだ?」
 「どうって。友人だ」
 「だよな。お前見てても、見てても、片思いって感じじゃないし」
 「かたっ…」
 「あ、それおれも思った。さんの雰囲気もあるのかもしれないけど」

 甘さがねーよなーと西村は上を向く。夏目は片思いという単語を処理できないようだ。そう、夏目もも、恋愛の匂いがしない。ひょっとしたら、と西村は口を開いた。

 「さんを、そういう風に見るのが嫌なのか?」
 「そう……なんだろうか。いや、よくわからない……」

 夏目は結局首を振ったが、この人擦れしていない友人の中で、何か、彼にとって未知の感情が動いたのは確かだろうと西村は直感した。初恋か! 西村は恋愛ネタに舌舐めずりする女子のようにはしゃいだ。ただし内心で。何しろ夏目は自覚にも至っちゃいない、ひょっとすると恋愛感情以前の、ちょっと気になるレベルの、いやいや彼らの性別を排した親しさから考えれば、初めてを異性と意識したとか、まだそんな段階かもしれない。それなら外野が騒ぎたてて、内気な夏目を翻弄してしまうのは絶対避けねば。任せろ夏目、お前のためなら一肌どころか二肌三肌脱いでやる。友の初恋をジンクス通りにさせてなるものか。実に美しい友情だ。青春万歳。
 西村は北本に視線を送る。俯いた夏目の頭越しに、北本の目とかちあった。頷く。北本もまた頷いた。
 夏目の初恋を見守る会結成の瞬間だった。





 リムラ・ブ・コ





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 110207 J