付き合ってんの? という問いかけに、わたしはポッキーをぽっきり折った後、「ないない」と残り半分を振りつつ答えた。友達の伊織は、えええ、とつまらなそうな声をあげる。彼女のつまらなそうな唇に新しいポッキーを差し込んで、伊織が次の言葉を飲みこんだのを幸いと舌の上のチョコを楽しんだ。うん、ミルクもいいがビターもうまい。 「じゃあ好き?」 「好きか嫌いかと言われれば」 「じゃあっ」 「伊織、あんたと同じように」 ええええーとこれまたブーイング。伊織は懐かしのパンダキャラのように机にだれた。薄化粧した彼女の顎の下に、バレンタイン特集のかわいらしいページが隠れる。ああ2月ねえ、とわたしは財布の中身を思い出した。15日はチョコのバーゲンに行かなければ。 「でも、夏目くんとよく一緒にいるじゃない」 「一番一緒にいるのはあんたよ」 「そういう意味じゃなくてさあー…」 くわえたポッキーを行儀悪く上下させ、伊織はわたしをじっとり睨んだ。そんな顔しちゃあ可愛い顔が台無しだ。 「、バレンタイン、誰にチョコあげるの?」 「おじい」 「っもう! あんた、義理チョコでもいいから予定ないの!?」 「予定ねえ……」 そんなことを言われてもなあ。 女子の兼ね合いというやつで、友チョコを配る予定はあるが(もちろん一番に渡すのは伊織で次点が多軌だ)、わざわざ男子に配る予定は立てていなかった。普段お世話になってる義理だなんて言いはするけど、そんなもの義理やら人間関係やらに四苦八苦する社会人になってからでいいじゃあないか。そりゃ貰う方は嬉しいだろうし、配る方も、一種のお祭りだと思えばそれなりに楽しいものかもしれない。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。しかしそう思いはしても、こう、恋愛のにおいのするイベントは、ちょっと参加するのは気恥ずかしい。同じ理由でガールズトークもちょっと大分かなり苦手だ。呼ばれりゃ参加はするけども、相手も何もないわたしは早めに道化役に回る。不参加? 何を言う、わたしの目の保養を奪う気か。恋する女の子は目の潤いだ。 わたしはポッキーをもう一口分折って、少し考えながら飲み下す。ぎい、とイスの背もたれに体重をかけると伊織が「危ないよ」と注意を飛ばした。 (チョコ、渡す、貰う) と言ったって、この時期はどこの製菓会社も狙い澄ましてラッピングしたお高いチョコを積み上げるし、ほれほれと足元を見るようなそれらを買うのはなんかプライドが許さない。でも安チョコを溶かして量産するにしても、わたしはチョコなんか作ったこと一度も無いのだ。食事ならばそれなりの自信はあるのだけれど(だってお腹いっぱいになるもの!)、正直わたしは、お菓子作りにはあまり自信がない。どんぐりクッキーは焼けるけど、チョコだのケーキだのといった正統派はなんか気後れしてしまう。対して伊織はお菓子作りが大得意。調理実習はパティシエ伊織の使い走りでおいしいアーモンドクッキーにありついた。 そこまでして男子に渡す義理チョコを得るのもなあ。わたしはひょい、と視線を放る。このクラスだけでも半分が男子だというのに、渡したい相手がいないというのも考えてみれば妙なもんだ。いやそうでもないんだろうか。何しろ世の中ここにいるだけが男ってわけでもないんだし。しかしこんな狭い中で渡したい相手を見つけ出せる女の子たちはすごい。あ、でも見つけ出せない人間を責めるのは勘弁してほしい。 「Of all the gin joints in all the towns, in all the world…」 「あんた、また何か見たでしょう」 「カサブランカ。名作だよ、おじいのコレクションにあった」 星の数ほど店はあるのに、って言いまわし聞いたことあるでしょ? 伊織は知らないわよと一刀両断した。「時々が同い年なのかわからなくなるわ」ひどいなあ! 「、誤魔化さないでよ。あんたってばいっつも人を煙に巻くんだから」 「わたしはいつだって真剣だよ」 「……あんたといると、時々、すごく不安になるのよ。は、あたしが思ってるほどあたしのこと友達と思ってないんじゃないかって」 急に声が硬くなってしまった伊織に戸惑って、わたしはイスを元に戻した。少しの変換ミスで盛大な誤解を招く告白に、わたしはどうしたらいいものかと途方に暮れる。どうしてこうなった。 伊織は気が強いから滅多に泣かない。泣かない彼女の悲しい顔は、わたしをひどく混乱させた。だってわたしは、彼女を無二の親友だと思っているのに。 「伊織、変なこと言わないでよ。あんた新しい世界の扉でも開いたの」 「ほら、また。照れなら許してあげるけど、無意識ならあんたいい加減にしなさいよ」 「伊織ぃ」 ああ、どうしようどうしよう。楽しいおしゃべりが、どういうわけかシリアス展開にまっさかさまだ。これが夏目や田沼なら楽に冗談に逃げられるのに、鋭い伊織はそうもいかない。彼女は間違いなくわたしを一番よく知っている相手だ。わたしの手口も先刻承知。同じようにわたしも伊織の手口を知っている。彼女がチョキならわたしはパー、すなわちわたしは伊織に弱い。だって彼女は、わたしを親友と考えていて、わたしが彼女を親友と思っているのを知っていて、その上でまっすぐ突っ込んでくるのだから。 伊織の視線に困り果てたわたしを救うように、キンコンカンコンとチャイムが鳴った。ほっとする、助かった! 彼女はまだわたしを睨んでいたが、さすがに席に戻るために立ちあがる。今日のところはこれで終わりといったところだろう。伊織はポッキーをしまうわたしに、「あたしはにもチョコあげるからね」と友チョコを宣言してくれた。そういえば誰に渡すのかから友情の確認に転がったんだっけ。なんだかものすごく疲れた。伊織の剛速球ストレートをキャッチするにはトレーニングが足りない。 (わたし、そんなに不安を煽るようなことしてるんだろか) 机に突っ伏したわたしに、席に戻ってきた夏目が苦笑いを混ぜた声で話しかける。 「なんだ、今日も昼寝してるのか?」 「……女子の底力を見せつけられてたのよ」 なんだそれ、と笑う夏目を見上げてみる。夏目くんとよく一緒にいるじゃない。伊織の言葉がよみがえる。わたしは違うよ伊織、と心の中で呟いた。一緒にいるイコール好きって方程式が成り立つほど、人の心は単純ではないはずだ。あの子は鋭いしいい子だが、まだちょっとばかり世界が狭い。世界の全てが教室に集約されているわけではないと思う。 夏目に視線を据えたままだったので、英語の教科書を取り出した夏目が少し居心地悪そうに問いかけてきた。どうかしたか? 夏目の喉仏が動くのを目撃する。眉がちょっと垂れている。あんたといると、時々、すごく不安になるのよ。 気がついたら質問を返していた。 「ねえ夏目、チョコ好き?」 ユリオプスデージー |
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110207 J |