は温和を絵に描いたような男で、血に滑る船上で怒号飛び交うときですら、彼ほど激情という言葉の似合わぬ男はなかった。 まさか、生き返ってくるほどとは思わなかったが、忠誠心の厚さは他国にも聞こえるほどだ。床の中で培われたものと揶揄する輩がいないでもなかったが、それを圧してあまりあるほどに、という武将はその温和さと、それに似合わぬ烈しい忠義で知られている。 「私は元来、褒められるような人間ではないのです」 ここは空気が悪いから、と入り江を離れた二人は、広々と白い砂浜に足跡を綴った。 昼の真白い光が反射して、目も眩むような光景だ。まるで浄土のよう、と鬼の手先は空を仰いだ。雲の少ない空にとんびが細い声を響かせている。 女が娘時代の恋を告白するように、穏やかな語り口で彼は言葉を重ねる。 「お頭がとても好きでした。好きで、好きで、どうしてかも考える暇も惜しいほど。命も魂も捧げられると確信していましたし、私は実際その通りにしたのです。私は、南蛮渡りのオルガンチノを奪うために死にました。試しに分解したら戻せなくなったので、半月後には薪になってしまいました」 オルガンよりも面白いものが見つかったので、執着が失せたのも一因でしょう。の言う面白いものとは、彼自身に他ならない。 いや、より正確に言うならば、からくりで動く人間か。 「毎夜、お頭と共に時を過ごしました。お頭が私を求めてくださることは、手すさび以外の何物でもなかったのですが、私には死して尚得た僥倖でした。もちろんそんな夜はごくたまの気まぐれで、大半は実験に費やしたわけですが」 己の腹を開くときの顔。わくわくと、興奮で上気した少年の顔。否応なく悟ってしまう、が元親を喜ばせるには、足よりも腹を開くべきであることを。 どこまでも対象物として扱われる。元親はに人を見ない。新しいおもちゃに夢中になっているだけなのだと、ほどなく気付いた。 「そのうちお頭は開腹調査だけでは飽き足らなくなったので、私は実験体の提供を始めました」 葬られたばかりの墓を暴き、山賊を狩り、やがては、領民さえも攫った。まるで、主君の寵愛を繋ぎとめようとする、衰え始めた妾のように。 元親は大喜びで、差し出された体に手を差し入れ、臓器の代わりに自ら考案したからくりを仕込んだ。第二、第三のの誕生を彼は夢見た。 「けれども幸か不幸か、お頭が期待を寄せた実験体たちは目覚めることはなく、ただ静かに腐っていきました」 元親が悔しがる横では冷静である。からくりは私を生かさない。 もし魂があるならば、それこそがを生かしている。元親に対する狂気走った愛情が、彼の魂をこの世に執着させているのであろう。 それではこの実験体たちが目覚めるはずがない。はそう確信しているが、それを口にすることはなかった。実験が成功しないことを知れば、元親の興味は速やかに他へと移る。はそれを恐れた。彼が元親と繋がれるのは、最早この実験しかないのである。隠蔽するのも道理であった。 「……あの男に、其方ほどの者がそこまで狂う価値があるのか」 理解に苦しむ、と元就は呻いた。 元親の愛を一身に受ける男の言葉に、はぽつりと答えた。私はお頭に愛されたかった。 その一言に込められた激情も苦悩も、きっと元就にはわかるまい。 「元就公は、お頭がなぜ、あのような実験に没頭しているかわかりますか」 「あの男はもとからおかしい。あやつは限度を知らぬ」 「かもしれませぬ。では、なぜお頭があれに興味を持ったと」 「其方の黄泉返りであろう」 「いいえ」 「機巧兵器の開発か」 「いいえ」 「では、何なのだ」 元就のその言葉を待ちわびていたというように、は全体に安堵を刷いた。 しかし、彼は簡単には答えを与えない。語調に改めて真剣な響きを纏わせる。どこか、涙声のようだった。 「毛利家の当主ではなく、個人としてお答えください。お頭の興味の理由を知りたいですか」 わざわざ語調を改めまでして、今更の話題である。振ったのはなのである。まどろっこしい言い回しに、元就は否と吐き捨てようかと思う。どの道、話題は元親の性癖なのである。理由など知らずとも、彼の至上命題である毛利家の安泰には影響はあるまい。 しかし、ひっかかるものがあった。元親はことあるごとに、元就さえ手に入れば後は何もいらぬとうそぶく。言葉を尽くし、肌を合わせて、元就と引き換えならば彼の持つ全てのもの、それこそ四国さえも差し出すと囁くのだ。 それなのには、元就の知らぬ元親を知っているという。 己は愛されてなどいないと嘆いても、元就の知らぬものを知っていると、己の優位をちらつかせる。彼は最早、この世のものではないというのに。 俺が欲しくてたまんねぇのは、アンタだよ。 「………知りたい、と言ったら、なんとする」 「私の願いを一つ聞いていただきたい。さすれば、何でも答えましょう」 まるで返答を用意していたかのような滑らかさでは言った。 元就個人として、元親に興味があるなどと言明することに元就は抵抗を感じていたのだが、にも関らず選び取った好奇心を、は泣き出すのを堪えるような表情で受けとめる。 待ち構えていたかのような返答に、その表情はあまりにも不釣り合いだ。 「願いの内容によるな」 「大したことではありません」 は一拍言葉を切って、せいぜい晴れやかに見えるように己を取り繕った。 「今度こそ、私を完璧に壊してください」 カラリ、カラカラ、カラリ |
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