奇妙な願いのようでもあったし、当然の願いのようでもあった。 歯車の一つまで砕いて、二度と黄泉返らぬように燃やして欲しい。どうか私を壊してくれと、は自身の殺害ではなく破壊を元就に依頼する。至極真剣な様子であった。 「構わぬ。が、自分でもできよう」 「元就公、貴方に壊して欲しいのです」 「何故我を巻きこむ」 「忠告と、それから嫌がらせとして」 「何?」 訝しんだ元就に、は目を細めた。気まぐれに吹いた海風が髪を乱す。 微笑んだままの唇が、同情を含んだ。 「元就公がお頭を好きだからいけないのです」 違う我は、と反復しかけたのを制し、は元親の秘密の暴露を始めた。 「お頭がああして実験に夢中になっているのは、元就公、貴方を手に入れるためなのです。公も、獲物を追いかけるお頭の情熱はご存じでしょう。お頭は、どうあっても貴方を手に入れたいのです。あの実験が成功すれば、生き死にを気にすることなく貴方を追いかけられる」 殺してしまっても、黄泉返らせれば再び元就をその手にできる。 互いの息の根を止めることを夢見る恋など、元親には耐えられないのだ。 元親は、獲物を手にすることばかり考える天性の海賊である。国も、立場も、預けられた命さえ、己の目を引いた獲物の前には塵芥に等しい。獲物は手に入れるものであり、奪うものであり、殺すものではない。それでも、万が一死が彼の宝を失わせるなら―――元親はの復活によって答えを得た。その手で宝を砕くことを厭うた末の結論だった。 あんたのためなら四国さえも捧げよう。囁かれた言葉に込められた執着心を、今更ながらに思い知らされる。 「しかし、ご存じのように、お頭の興味は長続きしません。手に入れるまでは興味が失われることはありませんが、手に入れたあとは」 が命を落としてまで手に入れたオルガンも、幾人の爆弾兵が起用されたお宝も、今では元親の興味を引くどころか末路は哀れなものである。 そしてそれは私も同じこと、とは苦笑いを含んで言った。 「私は、気まぐれな夜伽の相手でした。ことに貴方が現れてからは、何度貴方の名前を呼ばれて抱かれたか知れません。お頭は、私に興味など抱きませんでした。死んで、黄泉返っても、お頭が私を必要としたのは道具としてです」 何故かわかりますか、とは問いかけた。人の好悪の機微など知らぬ、と元就が答えれば、彼は寂しげに微笑した。だから貴方はお頭に愛されるのだ。 「お頭を好きになったからいけなかったのです。お頭は、手に入れたものに興味を持たない」 元親は残酷な人である。 彼の視線は常に手に入らぬものに注がれている。海の向こうであったり、他家の宝であったり、彼を好かぬ元就であったり。 手に入れる過程が気分を高揚させる冒険で、宝を奪うついでに他家を征服するものだから、子分どもは彼を好くし財政も成り立つ。彼が外へ向かうことは膨張政策として四国の成立に不可欠となったため、元親は咎められることなく外へ向かう。その背後で、手に入れた宝は捨て置かれ、彼を愛したは一顧だにされなかった。 わかりますか、とは元就を見つめる。元親が、その全霊を注ぐ相手。 「一度でも、お頭を振り向いてごらんなさい。そのとき公は自身の思慕に気付き、その瞬間に捨てられるでしょう」 元親を繋ぎとめるには、彼の愛から逃れ続けなければならない。 そうでなくてはあの異常者は、彼の強すぎる情熱を別のものに注いでしまう。 が愛されなかったのは彼が元親を慕ったからで、元就が愛されたのは彼が元親を見ないからだ。その胸中が、なんであれ。 「我は振り向かぬ」 元就の視線は、常に毛利家に、中国に注がれている。そうでなくてはならないからだ。 幾夜、元親の腕で眠ろうと、朝になれば元就は中国へ還る。元親と中国は天秤にはかからない。元就にとっては、愛することと捧げることは別のものなのだろう。 けれども、言ってしまって元就は、唇が渇くような寂寥を覚えた。 その一瞬の感覚を手繰るよりも、「そうあってください」とが言う方が早い。 には、元就の心の所在など明らかだ。元親の直参であり、近侍であったは、元親が彼にはかけたこともない言葉を幾度も囁くのを聞いた。 それを聞く元就は冷たく切り捨ててみせてはいたが、ふとした折に、元就が彼の主に気を許している様を垣間見た。元親を見続けてきたは、自然、客観的に元就を観察することになり、元就の本心が言葉と裏腹なところにあることに気付いたのである。 だからこそ、の忠告は嫌がらせともなるのだ。 元就は彼の気持ちを抑えるだろう。もし蓋がずれ、その氷の面を投げ捨てたいと思ったならば、そのときこその忠告は嫌がらせの真価を発揮する。 真実を告げることは、常に苦悩を解決するわけではない。 むしろ真実こそが、苦悩のもととなるのである。 「さて、私の話は終わりました。そろそろ約束を果たしてください」 明るく急かして、は元就の足元に座り込んだ。 気付をされたように、元就は瞑目した死人を見下ろす。穏やかな死に顔だ。 お頭を好きになってはいけません。元就はの忠告を思い返した。語られた元親の異常なまでの愛執と冷淡を思い返せば、溺れた人のような胸のわだかまりを感じた。元親の熱情は、手に、足に、喉に、水草が絡む様に似ている。 「最期に一つ答えよ。何故、あの男の問題点に気付いた時点ではなく、今我に殺されようと思った」 「……元就公は、本当に私を惨めにさせますね」 は苦く笑い、忠告と嫌がらせですよ、と繰り返した。 「私が勝手に壊れたところで、お頭は何とも思わない。恐らくすぐに忘れるでしょう。けれども公なら、私を覚えていてくれる」 の末路を思い出し、あるときはそこから教訓を得、あるときは苦悩するだろう。 それこそ、の望むことである。己の記憶を残せるのは恋敵のみというのは、なんとも惨めではあるが。 これだけ言っても、元就は元親と別れまい。は見通している。元親が貪欲に元就を求めるように、元就も元親を必要としているのだ。 彼らの恋慕が重なることはないだろう。元就は元親を振り返らず、与えられる愛情に浴して英気を養うのに対し、元親は決して振り返らぬ元就を追い求めることを人生の主題にしている。彼らの恋は利己的であるが故に強固で、なんとかその体面を保つことができるのだ。 結局その間に割って入る隙などない。 「皆さまお元気で。今度こそ、あの世でお待ちしております」 己の与えた情報が、元親に害を為すならば為せばいい。元就が苦悩するならそれもいい。あの二人は、二人だけで完結しているのだから、少しくらい復讐しても構うまい。 は瞼を閉じた。生まれたときから傍にあった潮の匂い、波の寄せる音。体の中から響く乾いた音。骨の鳴る音に似ている。 鞘鳴りの音がした。 は、少し笑ったようだった。 カラリ、カラカラ、カラリ |
8← 091030 J |