下船した港から随分と遠くに、奇岩に抱かれるようにしてできた入り江がある。
 恐らく地元の漁民しか知るまい。その漁民たちも今日は戦勝に浮かれていると見え、そこに辿り着くまでにすれ違った人の数は片手で足りる。岩場に足をかける頃には、人の気配すらなくなっていた。
 波の音ばかりが鼓膜を揺らす。
 微かに鼻をつく異臭は、どこかで海水が澱んでいるからだろうか。
 仮想敵国の主に見せてよいものとは到底思われぬ。そのような土地を案内しながら、は終始無言であった。

 何故の申し出を受けたのか、元就は明快に説明する自信がない。
 それらしい言葉はいくらでも語れる。しかし、誰を納得させられても己が納得できないのだ。普段の彼であれば、あのような下賎の動向に興味などないと切り捨てただろう。幾度肌を合わせたとて、それが二人の関係だった。それを変える気は元就には無い。

 は黙々と岩場を登り、あるところで元就を振り返った。表情が、欠落している。
 澄み渡り、高く高く青い南天を背に負って、のその姿は元就の背筋を粟立たせた。なるほど死人であると本能が感じ取る。生者の持つ空気ではない。
 脚を叱咤して同じ場所まで登った元就を、は見定めるように見つめた。そしてふい、と視線を転じる。
 眼差しを追いかけた元就は、青黒い波間に浮かぶものを見つけた。
 目を疑う。

 「何だ…あれは、」

 死体であった。
 一つ二つではない。
 穏やかな、むしろ潮の吹き溜まりのような潟に、無数の屍が漂着していた。浜辺に野ざらしになったものには、烏が黒々と集っている。
 戦によるものではない。死体は、どれも衣服を剥ぎとられ、水を吸って膨張した無残な姿となっている。
 近隣の民が衣服を盗んだのならばまだ良かった。
 死体たちは、あるいは腹を裂かれ、あるいは脳を掻き出され、骨の隙間から歯車やら糸やらが飛び出していた。
 異常である。

 堪え切れない吐き気が元就を襲った。
 鼻を突く異臭に耐えきれず、せり上がったものを岩の隙間に吐き戻す。苦い味が口腔に広がった。

 「お頭の、今の趣味です」

 肩で息をする元就に、淡々とした声がかけられた。この異常な光景を前に、は涼しい顔である。死は、まともな感覚すらも麻痺させたか。
 子供の微笑ましい遊びを語るように、は明るさを滲ませて語った。

 「向こうの岩の裏側に、拿捕した船が繋いであります。乗組員の半分は殺し、半分は生かしてあります。お頭は今頃、そこで実験をしているでしょう」

 丁度死体が切れたところだったので、此度の戦は良い供給になりました。
 それで、全て合点がいった。元親の言動も、の行動も、二人が共有する秘密も。胸が悪くなるような暴露であった。
 は平然と、神経を疑うような提案をした。

 「見に行きますか?」
 「断る」

 そうですか、とあっさり引き下がったを元就は厳しい視線で睨みつける。

 「貴様たちは、何故こんなことをしている」
 「ですから、お頭の趣味ですよ。私は雑用をこなしているにすぎません」

 何故なら、とは言う。

 「お頭は、もうとうに、私に興味を失っているのですから」

 は寂しげに微笑して、心臓のあった位置に手を置いた。
 拍動を感じることは、最早無い。




カラリ、カラカラ、カラリ




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091030 J