どぉん、と、大砲の反動で船は大きく揺れた。 しかしそこは、さすが海軍国というべきか、元親以下四国勢も元就以下中国勢も小揺るぎもしない。 敵船寸前の海面に着弾した水柱を一見し、元親は砲手に細やかな指示を送った。客将として同乗した元就も、毛利家自慢の弓兵たちに短い指示を飛ばす。 長曾我部も毛利も、瀬戸内海の覇権を争う強国である。その両家に海戦を挑むなど、自殺行為に等しい。 もっとも、此度の敵が戦を仕掛けたのは、見果てぬ夢を追いかけたわけではない。長曾我部家が長年彼らの領地を荒らしまわったものだから、それに耐えかねての開戦である。元就は偶然そこに居合わせたというのが正しい。 正当なものが勝利を得るとは限らないのが戦国だ。 「。用意はいいか」 「いつでもよろしいですよ」 元親は楽しげに彼の腹心を呼ぶ。戦装束に身を固めたは、正に美しい若武者だ。線が細く、白く、武者としてはマイナスとなる要素ばかり取り揃えているくせに、は頼りなさとは真逆であった。浮かべる笑みには、歴戦の余裕が漂っている。彼の背後には、部下らしき一隊が従っていた。 隊士たちに不審な様子は無い。知らないのかもしれない。彼らの隊長が、既に冥界のものであることを。 「元就」 元親から何事かを言い渡され、小舟に乗船した隊を眺めていた元就は、掛けられた呼びかけにゆっくりと振り返る。 飄々とした海賊は獰猛な笑みを浮かべていた。 「悪ぃな。ちぃっとばかし、操舵が荒れるぜ」 「ふん、我が耐えられぬと思うてか? それより、は何をしているのだ。今更接舷攻撃などしなくとも、あの軍は早々に崩れるぞ」 「別の用があんだよ」 「火薬でも奪う気か」 「ま、それもあるかな…」 煮え切らない言葉で場を濁し、元親は再び陣頭指揮へと戻った。 海へと視線を向ければ、いくつもの小舟が満身創痍の敵船に追い撃ちをかけている。蟻の集る様に似ていた。 勝敗はやはり、早々に決した。 長かったのはそのあとで、長曾我部軍はそのまま敵の本国に上陸し、主を失くした無防備な国は猛烈な略奪にさらされた。 米、酒、金、茶器や着物に女たち。ひどいものでは、家具さえも。 巷は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。統率の取れた毛利軍の兵士たちは眉をしかめた。 毛利軍とて、戦いのあとの略奪はある程度目こぼしをされている。 正規の武士ばかりで軍が整うはずがない。足軽ともなればそれは戦のたびに募る兵である。 元就指揮のもと強力にまとめ上げられているとはいえ、彼らの大半を突き動かす動機は戦で得られる報酬だ。征服地で行われる略奪は懐の痛まぬ報酬だとは、誰の言葉であったか。 しかし、政治に長けた元就は、征服のあとには統治があることを良く知っている。それが故の「ある程度」であった。奪い尽くし、反感を植えれば統治は困難になる。 そういうわけで、限られた略奪に慣れた毛利兵たちは、無法そのものの長曾我部兵たちに不快感を表したのだった。 「ごろつきめ」 「何だよ、当たり前のことだろ?」 元就の侮辱に、元親は口を尖らせた。悲鳴と血臭が船まで届いてくる。 盛大な笑い声が聞こえた。元親の部下たちであろう。お、やってんな。元親は祭り見物でもするかのような気軽さで言った。 「貴様は行かんのか」 「何で行かなきゃならねぇんだよ」 問いかけに、元親は首を傾げた。考えてもみなかったという顔だ。 「この国に、俺の欲しいものはねぇ。俺は、価値のないものに用なんかねぇんだよ」 「ならば何故陥とした」 「野郎どもに恩賞をやるためさ」 元親は一片の衒いもない。 「俺が欲しくてたまんねぇのは、アンタだよ」 「小船が見当たらんな。は何をしている?」 「聞けよ。……船を拿捕したら、一足先に土佐に帰るよう言ってある」 「何故?」 「死人に略奪なんか今更だろ?」 一見正論で飾られた元親の真意を元就が知るのは、土佐に帰ってからの話となる。 カラリ、カラカラ、カラリ |
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