「私がこうして黄泉返ったのは、実のところ、技術のおかげなどではありません。あえて言うなら、お頭の気まぐれと偶然のおかげなのです」 夏には見事に繁茂していた木々は活力を失い、寂色の庭に午後の淡い光が差していた。墨と茶の匂いに囲まれて、の言葉はひどく無慈悲に響く。 微笑みを湛えた独白を受けとめた元就は、手にした湯呑を置いて動く死人と向き合った。 「あれは、技術が其方を生かしているとほざいておったが」 「元就公ともあろう方が、歯車で人が動くとでもお思いですか?」 そのような夢物語、元就は小指ほども信じない。けれども、体内で動く歯車の音を聞かせたのは自身である。 「ええ、確かに私の体内では無数の歯車が回っております。しかし、それが私を動かしているかといえば、答えは明らかに違うのです」 「では何が其方を生かしておる」 「わかりませぬ」 しかし技術ではないのだ。は言い切る。彼の主が誇らしげに語ることを、ばっさり否定する。 あるいは、神とか仏とか、そのようなものの類の業かもしれぬ。いずれにせよ化生であることに変わりはなく、は自身をからくりではなく物の怪の類と断じた。 「は二月も前の戦で、間違いなく死んだのです」 左腕にを半ばまで斬り落とされ、脇から腰骨の上にかけてを魚のように切り裂かれた末の死であった。 無明の暗闇へと閉じていく感覚を、彼ははっきり覚えているという。 けれども奇妙なことに、はもう一度目覚めた。 まるで深い夢から覚めるような感覚だった。瞼を持ち上げると、零れんばかりに目を見開いた元親の顔があった。そのときはまだ、黄泉返ったことなど気付いていなかった。お頭、と綴ったつもりがひきつれた音となって喉にはりつく。刺されたかと思うほど喉が渇いていた。身じろぎするに、元親の顔面が喜色で彩られていくのを見た。元親ばかりが鮮明であった。 ―――カラリ、カラカラ、カラリ――― が、奇妙な音に気付いたのはそのときだ。 今思えば死後硬直であったのだろう、ひどく凝った首を巡らすと、活け造りのように捌かれた己の胴が見えた。 唖然と見つめる。無理矢理肉を剥いだのか、赤のこびりついた肋骨の隙間に、カラリカラリと動くもの。いくつもの、歯車。 仁王車を開発中であった元親が、試みにからくりを仕込んだらしい。丁度良く事切れた綺麗な死体があったものだから、うまいこと捌かれた切れ目に沿って胴を開けたのだ。 猟奇的な再誕は、元親の歓声によって祝われた。 「正気ではない」 元就は嫌そうに顔をしかめた。想像するだにおぞましい。元親という人間は、ともすれば織田軍の死神――明智光秀――に通じるものがある。 は、そのような狂気の渦中にあったというのに、かもしれませんねと他人事のような苦笑いを浮かべた。元就には理解しがたい感覚だ。 「ですが、私は嬉しかった」 お頭が、私を見て喜んだのです。 は孕み女のような微笑を浮かべ、そこに例の切れ目があるのだろう、腰から脇にかけて、着物の袷を逆撫でた。 「妙なことを言う。心根まで、あの海賊に冒されたか」 機巧兵器などと同列の興味の目しか向けられぬなど、不快以外のなにものでもあるまい。 元親は、に人間としての尊厳などどこにも見出してくれないのだ。 しかし元就の指摘を、は棘を包んだ穏やかさで退けた。 「公にはわかりますまい」 「理解したくもない」 「ならば、それでよろしいでしょう」 の唇は弧を描いている。だが、表情とは裏腹の敵意を元就は感じることができた。 ふい、と傾いた太陽を仰いだは、「そろそろ失礼いたします」と辞意を述べた。 「お頭に呼ばれております」 「そうか」 「……ご安心を。私がお頭の寵を受けていたのは、もうずっと昔のことです」 「ッ、そのようなこと、我に告げてなんとする」 「失礼いたしました。他意はございませぬ」 慇懃に頭を下げて、は元就に宛がわれた部屋から去った。 元就は急に無沙汰になった。ひよどりの声がかすかに聞こえる。規則的な潮騒は、元就とて聞きなれたものだ。 舌打ちを一つして、元就は茶を煽った。すっかり冷めている。 の微笑の残影が、元就の目を焼いた。 カラリ、カラカラ、カラリ |
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