長曾我部元親という男は人でなしだ。
 子分どもから慕われ、歯を見せて笑う元親は快男児というに相応しい。アニキ、アニキと元親を慕う子分たちは、元親の人格者ぶりと元就の冷酷さを比べては、口をそろえて元就をこそ人でなしだと言う。

 しかし考えてもみるがいい。

 元就が兵を手駒と操り、己が心血を注ぐのは、彼と、彼らの生活の場を守るためだ。
 元就は冷酷なほどの知恵者であるが、冷酷になれるだけあって、無駄なことは一切しない。彼の行動は、全てが毛利という家に、ひいては中国の保全に繋がる。主家も、土地も、命を紡いでいくには安全に保たれなければならぬ。

 対して元親はどうであるか。

 彼は、自身を海賊と認じているように、四国という土地に執着を持たない。彼は一年の半分を船上で過ごす。
 国に居つかない君主が波の上で何をしているかと言えば、何のことは無い、彼の興味を引く獲物を物色し襲撃しているか、国財を投じて機巧兵器を開発しているかだ。
 元就は、滅騎やら木騎やらの開発を否定するわけではない。技術の進展は軍事力の増強だ。戦国大名として、軍備の充実は心血を注ぐに値する懸案である。
 しかし元親のそれは、度が過ぎている。
 国のために使う、いわば使い捨ての面すらあるそれらのために国を傾けては本末転倒だ。
 士気が高く、一見上手く経営されているかに見える四国であるが、このままでは早晩潰れよう。元親は、決して無能な大将ではないが、彼の国政は国の私物化であった。四国の国力は元親の愉しみのために費やされている。財政は一応機能しているが、ひどく不安定だ。貿易船や周辺国の襲撃による利益に依っているからである。

 元親がいくら国を私物化しようと、その壮大な「おもちゃ」に全エネルギーを注ぐならばまだ良い。
 しかし厄介なことに、元親という男は、天性の掠奪者であった。
 彼の関心は「手に入れる」こと、まさにそれ自体であり、ひとたび蒐集品となったものならば、彼の熱が冷めた瞬間から宝物は埃をかぶる。
 機巧兵器開発のために、一応の財力は必要であるからして彼は時たま執務を行うが、国という巨大な組織は片手間で成り立つものではない。気まぐれな国主の穴を埋めるために粉骨砕身する家臣たちを元就は時たま哀れに思う。に代表される彼らは、しかし国主の怠慢を埋めるほど有能であるので、毛利家のためにぜひとも欲しい人材だ。
 が、元親という人間の不思議なところは、これほど破天荒であるにも関わらずそこが却って強烈な魅力となっているところである。

 ともかく元親の最高にして最悪の特徴は、骨の髄まで海賊であることなのだった。
 獲物を手に入れることばかりに全力を費やしている。

 「アンタが俺のもんになってくれるなら、四国くらい呉れてやるってのによ」
 「阿呆め。それでは割に合わぬ。四国程度、我が采配で切り取ってくれようぞ」

 乱れた呼吸の合間合間に、二人はぽつぽつと睦言を交わす。否、睦言というには一方的だ。元就の輪郭を壊れ物にでも触るようになぞる元親に対し、元就はぞんざいな態度で潮の匂いのする体に背を向ける。離れた肌を抱き寄せるのは、いつも元親だ。
 男のものとは思えぬ細頸に鼻面を寄せて、元親は喉の奥で笑う。

 「なァ、いい加減意地を張るのはやめろよ」

 アンタ、俺を好きだろう?
 そうでなければ、誇り高い中国の覇者が海賊との同衾を赦すはずがない。それも、一度ではなく。
 もうとうにばれているのだ。さっさと己の感情の在り処を認め、嬌声の意味を語ったらどうだ。すき、と、ただ一言で事足りる。どろどろに溶け合い、さんざ目尻を赤く染めた今、唇を固く引き結ぶのは無駄に疲れるだけだろう。
 確信犯的な元親を、言葉尻さえ震わせぬ冷淡な声音で元就はばっさり切り捨てた。痴れ者め。

 「思いあがるな。我は毛利元就。我は毛利のためにぞある」

 元就の一番にとって代われるなどと思うだけ無駄だ。元親が仮にも四国を領する者でなければ、元就は元親程度歯牙にもかけぬ。
 至極冷静に元就は言い切るが、説得力が薄いことにも気付いている。なにくれと言い訳を見つけては、二人は同衾を繰り返しているのである。そんな狎れ合いを正当化するには、元親は破天荒すぎ、元就は冷徹すぎた。
 結局、元就はこのどうしようもない男を愛おしんでいるのだった。
 甘い言葉も態度も、体以外は何もないにも関わらず。
 元親はやれやれと首を竦めた。

 「そりゃ、結構なことだ。俺には理解できねぇな」
 「愚劣な。最早言うのも今更だが、我は貴様のような男が一国の主などと冗談としか思えぬぞ」
 「だが俺は野郎どもに好かれてるぜ? 誰かさんと違ってな」
 「手駒の好悪など無用よ。我の采配通り動けばそれで良い」
 「あいっかわらず、人間味のねぇ奴だ」
 「貴様の言えたことか」

 邪魔な太腕を抓りあげ、元就は床から滑り出る。白い裸身はか細い。薄く筋肉と、それから癒えた傷跡とをその身に纏っていたとはいえ、武将のイメージとは程遠い。
 情事の名残も見せぬ冷めた肌に、元親は眉を寄せた。体を起こし、足首を捕える。始終帆綱を操ってばかりいる太い指は、楽々と元就の足首を一回りした。

 「何をっ、…!」

 元親は乱暴な力加減で足首を引っ張る。咄嗟に受け身を取ったとはいえ、バランスを崩した元就は肩を強かに打ち、再び床に引きずり込まれた。
 凍えるような瞳で元就は睨み上げてくる。元親は、ああ痛そうだな、と思いながら彼の上に圧し掛かった。腕を捕えて、首筋を吸う。赤い跡は元就の肌によく映えた。

 「誰が、人間味がねぇって?」

 上機嫌で元親は問う。元就の答えを待つ間にも、暴れる体に印を刻んでいく。

 「これじゃ、まだ足りねぇか?」
 「クズめ。の気が知れぬ」
 「? ―――安心しろよ、俺が好きなのはアンタだけだ」
 「そんなこと聞いておらぬ、頭が沸いたか。貴様のような男に死して尚仕えるとは、正気の沙汰ではないな」
 「おいおい、あんまりひでぇこと言ってやるなよ」
 「貴様ほどではないわ。貴様、を、一度も人間扱いしなかったな」

 動いているだの皮膚をめくって仕組みを見ろだの、彼の言動はまるっきりをからくりとして扱っていた。
 どういうわけか知らぬが死後も生前と変わらず生きて、一心に元親に仕えるにかける言葉として、これほど酷いものはないと元就は思う。
 しかし元親は、何を非難されているかわからぬとでも言うように目を丸くした。

 「何言ってんだ。は死人じゃねぇか」

 お前がそんな気遣いをする人間だとは、と、お宝奪取のため部下に爆弾を背負わせる元親は元就を揶揄した。彼の部下が木端微塵になってまで手に入れたお宝はとうに飽きられ、部屋の片隅で無造作に転がっている。それを見かけるにつけ、元就は背筋が薄ら寒くなる。手に入れたものに対して、元親の興味は長続きしない。

 「は面白ぇ、それは認める。知ってるか? あいつの臓腑、ほとんどからくりで代用してるんだぜ」

 ここと、ここと、ああここも、と、元親の手が元就の肌を辿る。愛撫の指先に元親が見ているものを連想しかけて、元就は己の想像を制した。吐き気がする。
 元親は黄泉返ったの誠心などより、その機構に興味をそそられるらしい。語り口は、彼が滅騎の類を語るときと全く同じだ。
 哀れな、と、元就は思う。

 会話の間にも体を撫でまわしていた元親の指が徐々に熱を帯びてきた。
 どちらともなく震えた呼吸が混ざる。堪えかねたように元就は湿った息を吐き、薄く開かれたその唇を、元親が塞いだ。




カラリ、カラカラ、カラリ




2←
→4
091030 J