「あれは何だ」 岡豊城に着いて開口一番、元就は四国の覇者を問い詰めた。 挨拶すらも抜かしての話題に元親は面食らう。確かにの死を知る元就にとって、死んだはずの男に出迎えられるなど晴天の霹靂だろう。元親は中国の智将を良く知っているので、よもや怯えたなどとは考えない。死者の復活に恐怖するより、死の知らせを疑うのが元就だ。 「見ての通り、さ」 「ほう、ならば二月前の弔辞はとんだ無礼であったな」 「本人はありがたく読んでたぜ」 「も貴様に毒されたか。とんだ悪趣味よ」 「あ? やんのかコラ」 「面白い、今日こそとどめを刺してくれるわ」 元就はいきり立った元親に鼻息一つ冷笑し、「そもそも誤報を寄こして訂正も無しか」と元親の怠慢を責めた。勝手に殺されたは迷惑であろうし、彼に対して失礼だ。 しかし元親は、矛を収めた元就の言葉に心外だとでも言いたげな顔をする。 「誤報なんか出してねえよ」 「の死が誤報でなくてなんなのだ」 「だから誤報じゃねぇって。は一度、死んだんだ」 元親の言葉に、今度は元就が眉根を寄せた。が死んだというなら、先程元就を出迎えたのは誰なのだ。まさか死人ではあるまい。死人は木棺の中に座し、彼岸花揺れる墓場で眠るのが自然な姿だ。 「ところが、はそうじゃねぇんだよ」と、元親は声を弾ませた。身を乗り出している。元親という男は多分に稚気の抜けないところがあるが、この表情などまさにそれで、お気に入りの玩具を自慢したくてたまらない子供とさして変わらない。 「毛利、お前、がどうして動いてると思う」 「生きておるからだろう」 「だろ、そう思うだろ!? 違うんだよ、が動いてるのは、これのおかげさ」 そう言って、元親はごそごそと懐を探り、左手に小さな歯車を乗せて元就に見せびらかした。 覗きこんだ元就が嫌な予感を覚えて顔を歪めるのを至極楽しそうに観察し、「まさか」「すげえだろ」元親ははしゃいだ声を上げる。 「の皮膚をめくってみろよ。左腕がいい、ばっさり斬られたから皮膚がめくれて中が見やすい。あいつの体の中は、無数の歯車でできてるんだぜ」 「この、」 「お頭、その辺にしてくださいませ」 とても良心のある人間が吐ける言葉とは思えず、怒鳴りかけた元就に死人と連呼された男の声が重なった。話題が話題であるだけに、元就は思わず責め句を切って、茶を運んできたの挙動を凝視する。 視線の意味を理解してか、は申し訳なさそうに苦笑した。元親が「、!」と目を輝かせる。 「はいはい、何でしょうお頭」 「お前の左腕、毛利に見せてやれ。そうすりゃ、こいつも納得する」 「貴様、何を…!」 「あんだよ。あんたのことだ、どうせ見ないと信じねぇんだろ」 「しかし、見苦しいものですから」 どうかご勘弁を、とは頭を下げた。元就は当然だと気分を害することもない。むしろ、元就は四国のからくり狂いの正気を疑った。 しかし元親の不機嫌を察したのか元就の疑惑を察したのか、ひたすら主一途の忠臣は「音をお聞かせするくらいなら」と妥協案を提示する。どうあっても元就に思い知らせたい元親が乗り気になって、元就も僅かとはいえ好奇心はあったものだから、話がまとまるのは早かった。 滑らかに立ち上がったは、元就の正面に座り、「御免」その痩身を抱き寄せた。 元就とに、大した体格差は存在しない。 文官と間違われるだけあって、戦場においては血刀を振り回すというのに、は元就と同程度の細身である。 その細い体が今、元就にぴたりと張り付いていた。元親が面白そうに事の成り行きを眺めている。 驚いた元就は反射的に短刀を握った。ここは彼の治める中国ではない。休戦協定はあれど、そんなものあってなきがごとしの戦国である。とっさに刀に手が伸びたのも、不合理なことでは全くなかった。 しかし元就は、ついに抜刀することはなかった。 それは友愛だとか、長曾我部家との関係を慮ってとか、そんなわけでは決してなく。 ―――カラリ、カラカラ。カラカラ、カラリ――― 呼吸もなく、体温もなく、鼓動の音など響きもせず。 抱きしめられた体に響く一律の音。 大に、小に、歯車の回る音がの体中から響いてくる。 「刺しても構いませんよ」 痛覚などとうに失せたので。 驚愕した元就は、の肩越しに、我が意を得たりとばかりに大笑する元親を見た。 もういいだろうと判断してか、が体を離し、元就を解放する。 己を凝視する智将の瞳に、は少し笑った。申し訳なさそうな顔だった。 相変わらず元親配下とは思えぬ緩やかな動作で頭を下げる。 「ご無礼仕りました。こちらの方が、わかりやすいと思ったので」 「……ああ、確かにわかりやすかったわ」 「いいだろう、毛利。ねだったってやらねぇぞ。―――おい、。毛利を客間へ案内しろ。船旅の疲れに加えて、お前の衝撃もあるだろう。今日のところは、ゆっくり休んでもらえ」 「かしこまりました」 カラリ、カラカラ、カラリ |
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