「Viva! Viva! 最高だ! 楽園だ! 天国だ!」 「わかったからそれ以上買うんじゃねえ押すな走るなはぐれるな―――っ!」 帰ったらの軽い頭に日本人なら一度は覚える「おはし」を叩きこまねばならないと誓いながら、政宗はビームでも放ちそうなほど目を輝かせたの首根っこを捕まえる。猫の子のように手足をばたつかせ人ごみに飛び込もうとする彼の左側頭部には、すでに定番ひょっとこのお面が縛り付けられている。プラスチックはお好み焼き屋台の白熱灯をつやつやと反射していた。 夏の風物詩、お祭りである。 「離せマサムネ! たこ焼きが俺を呼んでいる、イカ焼きりんご飴じゃがバター焼き饅頭冷やしキュウリと綿菓子チョコバナナハニーカステラクレープかき氷も!」 「テメェがそんなに食えるわけねぇだろ、胃袋の大きさ考えやがれさもなきゃ吐くぞ?!」 「構うもんか吐いても食う!」 「掃除する町内会の皆様の身になれ酔っ払い!」 「今日はまだ飲んでない、食ったら広場ジャックしてサーカスするから飲むのはその後!」 「広場はカラオケ大会用だ、面倒事起こすんじゃねえ!」 ちなみにカラオケ大会の目玉は信玄、謙信のデュエット「二人は川中島」だ。その後には漫才コンテストが控えており、某魔王がハリセン片手に出場するともっぱらの噂である。 そんなものをジャックしたらどうなることか。考えるだに恐ろしい。 しかしお祭りモードにスイッチが入ったは、なんというかイタリアだった。 伊達にハイテンションラテン人に揉まれてサーカス修行を積んだわけではないらしい、いつもに倍する騒がしさで、政宗は思わず首輪が欲しくなる。青い首輪に青いリード。の細い首ならそこらのペットショップで間に合いそうだ。 目をかっぴらいて、それはもう獲物を見つけたライオンのように暴れ騒ぐ小柄な体をがっちりホールドアップしながら、政宗は世間一般の常識というものを懇々と諭す。そういう彼は、夜店街道のド真ん中で行うその説教のために自身も周囲から「変な人」認定されていることに気付かない。 芋を洗うような混雑など彼らには無縁の世界だった。なぜなら避けられてぽっかり穴が開いているから。 「とにかく広場ジャックはprohibition(禁止)だ。大人しく買い食いで我慢しろ」 「うぅうう〜…!」 「命は惜しいだろ?」 「……マサムネは、オヤカタサマたちには敵わないの?」 「Ha, no kidding!(馬鹿なこというんじゃねぇよ!) あんなおっさんたち、楽勝だ」 「じゃあっ」 「だが、アンタのfoolish behavior(馬鹿な行為)に付き合う気はねぇからな」 「fool(馬鹿)じゃねぇよ、clown(道化)だ!」 むくれたがひどく愉快で(大体にして、奴の行動は一々笑いを誘う)、政宗はぽんとその手をの頭に置く。といってもひょっとこのお面が邪魔をして、右側頭部に置く感じだ。 「潔く諦めるこった。そのかわり、買い食いには付き合ってやる」 「……とか何とか言って、お前が食いたいだけだろ」 「……てめぇと違って人間の食生活してんだよ俺は」 「あでっ! ひでぇ、持たない作らない持ち込ませないって知らねぇのか!」 失礼極まりない発言に制裁を下した政宗は、の文句を鼻で笑い飛ばす。 暴力反対と言いたいのであろうが、それは非核三原則である。どこで覚えたんだか。 「いいのか? アンタが無駄口叩いてる間にも時間は過ぎていくぜ」 Time is money(時は金なり)。9時までには帰って来なさいと散々小十郎に言い含められたにとって、時間の浪費ほどの罪悪はない。癪だが、政宗の指摘は正確だ。刻々と何物にも代えがたい楽しい外出時間は過ぎていく。 「Mamma mia! マサムネごときに構ってる場合じゃなかった!」 「ンだとオイタを抜かすのはこの口か!」 「ぎゃああ俺に触るんじゃねえよ誰か助けて痴漢がいる―――っ!」 「Shut uuuuuup! 冤罪で訴えるぞ?!」 頬をつねろうと伸ばされた非常識な握力を誇る指を必死で防ぐ。やがてコトは本気の攻防戦へと発展し、胡乱な眼で彼らを見ていた通行人が観客に変化した頃、肩で息をしながら彼らはやっと底なしの無為さに気付いた。祭り見物を開始しようとした瞬間にこれでは、先が思いやられる。 「と……とりあえず……祭り、行こうぜ…」 「そう、だね……」 息も絶え絶え、既にかなり疲労しながらやっと意見が一致する。 喧嘩は祭りの華ではあるが、これほど不毛な徒花はあるまい。 二人は独特の興奮を孕んだ夜店街道に向きなおる。道はY字路で、両方が短い夜を払うように白熱灯が明るく照らしている。 着飾った人々は芋を洗うが如しだが、祭りと思えば人ごみなんぞどうってことはない。むしろテンションが上がる。 「じゃあ、どっちの道を見に行こうかな」 →おいしそうな匂いがする! たこ焼き屋があるから右の道! →あれ何? 何で小魚の店があるの? 気になるから左の道! |