「ねえマサムネ、あれ何?」 天ぷら屋かなぁと当たりをつけながら、は政宗の袖を引く。屋台に近づいてみれば、真っ白な容器の中で赤や黒の小魚が泳ぎまわって涼しげだ。食べてしまうのはもったいない。 それにしても群がっているのは子供ばかりだ。天ぷら用の油もない。 が訝っていると、「やっぱ祭りはいいもんだな」と呟いた政宗が答えをくれた。 「金魚すくいだ。Don’t you know?(知らねぇのか?)」 「キンギョスクイ?」 えーっと金魚ってなんだっけgold fish? でもこの小魚たちは金色とは程遠い。 「でも、こいつら赤と黒だぜ? 金魚じゃない」 「………So, wait a minute.(じゃあ、ちょっと待て)これが金魚じゃねぇなら、何だと思ったんだ?」 「天ぷらの材料?」 「待てぇぇぇい! 食うのかよ夏の情緒食うのかよ!」 「天ぷらだって付け合わせで夏っぽくなるよ!」 「だからって金魚を揚げてたまるか!」 悪食め、と後頭部をはたいた政宗は子供たちの隣にしゃがみ込む。 金魚に群がっていた子供たちは突然現れた不良(彼らから見たら、政宗はどこをどうみても不良である)に驚いて次々にポイを取り落した。憐れ、水の中に沈んだ彼らのお小遣い。難を逃れた金魚が水底のポイの上を悠々と泳いで行く。ちなみにポイとは金魚をすくうおなじみの簡易柄杓のことである。 ちりちりばらばら「ママー、や●ざがー!」とかなんとか叫んで逃げて行く子供の残酷さが容赦なく政宗のガラスのハートに突き刺さるが、何が始まるのかと興味津津で覗きこんできたの視線に気合を入れ直す。気張れ政宗、涙ぐんでいる場合ではない。可愛いあの子が見てるのだ! 「Hey muster, I’ll try it once.(ヘイ親父、一回やらせてくれ)」 200円をずずいと差し出し、体ごと引き気味な蒼白麦わら爺さんからポイを頂戴する。年寄りは労わるもの? いやいや今はそれどころではない。頑張れ政宗、あの子にいい所を見せようと奮闘する君に運命の女神様は微笑むはずだ! 若干震える手でポイを握りしめ、白熱灯のもと泳ぎ回る金魚を見渡して狙いを定める。 いつしか政宗の感覚は研ぎ澄まされる。これは金魚と政宗の真剣勝負一発勝負、鏡のごとく深山幽谷にあるがごとく心を研ぎ澄まし、般若波羅蜜多我に天命与えたまえ、さあいざいざいざ、 「Ya-Ha!」 「おおっ」 ぱしゃっ。微かな水音を立てて、青縁のポイが水面を奔り朱い金魚が宙を舞う。 素早く金魚を受け鉢にキャッチした政宗が得意げに鼻を鳴らすと、興奮したが身を乗り出して顔の近くで、うっかり身じろぎしたら頬と頬が触れあいそうなほど近くで、 「………っ、G, get away!(離れろ!) Don’t disturb me!(邪魔すんじゃねぇ!)」 「あ、わり……でもすごいなぁ」 わめいた政宗に対し、はあっさり離れたが、すごいなあすごいなあときらきらきらきら熱視線を注いでくれるものだから、政宗は顔がゆるみきっていくのを抑えることができない。 ぷいっと金魚に向きなおるとせめて声だけは高慢に、 「Ha, これで感心すんのはまだ早いぜ。―――クセになるなよ!」 天神地祇も照覧あれ、世にも珍しき金魚の舞い。 政宗の腕があちらへこちらへ、稲妻のごとき速さで縦横無尽に駆け回り、その度赤黒大小様々な金魚が白熱灯の光をぴちぴちきらきら鱗に受ける。 気がつけばいつの間にやら分厚い観客の垣根が出来ていた。その中心で金魚を狩りつくしていく政宗は、誰が呼んだかまさに金魚すくいのプリンスでる。 涙目の的屋に制止をかけられたとき、金魚の受け鉢は三杯目に突入していた。どれもこれも赤やら黒で埋め尽くされ、というよりむしろ身動きすらできないほどぎっしりと金魚が詰め込まれた鉢はちょっとしたホラーであった。 トランス状態から連れ戻された政宗は、流石に居心地が悪くなって的屋に金魚の全てを返上しようとする。が、ここで待ったがかかった。 「え?! マサムネ、金魚返しちゃうの?!」 いわずもがなである。じゃあお前はこの鉢一杯じゃなかった三杯の金魚をどうしたいのか、まさかまだ食う気でいるんじゃないだろうなと政宗の頭に不穏な疑問がよぎる。 「ねえおじさん、この金魚って貰えないの?」 「Wait, その前に貰ってどうするか30字以内で言ってみろ」 「飼う以外に選択肢って何があんの?」 15字で答えたのきょとんとした顔に、逆に政宗が虚を突かれた。いつの間にやら道化は常識を身に付けていたらしい。 一杯目の鉢を大事そうに持っているは、「俺がちゃんと面倒見るから飼っていいだろ?」いや俺アンタのお母さんでもなんでもねぇよ。 は的屋とも交渉を始めた。しかし数十匹に及ぶ金魚をどうして的屋が手放そう、交渉は難航しているようだ。 「やから駄目あかんてボウズ」 「でもすくったら金魚貰えるルールなんでしょ?」 「Ah-, stop 。そこまでだ」 の頭を引き寄せて、やかましい道化師を黙らせる。この少年の頭はどういうわけだか殴るか撫でるかしたくなるので、政宗としては彼の頭に触れるのは実に自然な行動である、それが周りにどう見えるかはさておいて。 政宗は、引き寄せられた途端に大人しくなったの説得を試みる。先ほどまでの元気が一転はじっとうつむいていた。 「こんなに金魚がいたら、ばかでかい水槽が必要だぜ。でも、アンタ水槽なんざ持ってないだろ? この爺さんだって、金魚がいなくなったら商売上がったりだ。ガキどもも楽しみが一つ減っちまう」 「………」 「………Shit! おい、爺さん。金魚は返してやる。だが、何匹か貰ってくぜ」 「……! いいの、マサムネ?!」 「Of course. さっさと選べ、ただし飼える範囲だ」 「Ho capito!(わかった!) えぇっとね、こいつと、こいつ!」 ぱっと顔をあげたは、迷わず二匹を選び出した。朱と黒。 やれやれといった風情の的屋にビニールに入れてもらうと、彼は嬉しくてたまらないというように目の高さまで金魚を持ち上げて歓声をあげる。 「Grazie! Grazie, マサムネ!」 「You’re welcome. たった二匹で良かったのか?」 「ん、こいつらがいい」 は満足げに笑う。 政宗は気付いてないだろうが、朱の方は彼が最初にすくった金魚、黒の方は一番生意気に暴れていた金魚だ。 誰を連想したとは言わないけれど。 そんなことを心の中に秘めていたの頭を、良かったなというように政宗の大きな手が軽く叩く。 ぽんぽん、まるで飼い主のようなその動作に反発を覚えるのに、俺は犬でも猫でもないのに、 「おい、何してんだ。置いてくぞ」 「……っ、今行くっ」 思わず歩みを止めていた。どうかしている、触れられたところから嬉しさが広がるなんて。 さっきだってそうだ。どんな顔をしたらいいかわからなかったからうつむいた。政宗が、いきなり触るから。 「へへ、金魚―、金魚っ」 「そんなに嬉しいのかよ?」 「Naturalmente! うーん、帰ったらどれに入れようかな」 「……アンタ、水槽持ってたか?」 そんなもん持ってなかったと思うのだが。政宗は記憶を漁る。の部屋にあるのは大体が酒か大道芸の道具かコーヒー用品で、水槽なんて一度も見たことがない。 「No, だから、水槽のかわりにガラスの食器を使うんだ!」 そうめん用のガラス食器ならきっといける。涼感だってたっぷりだ。 自信満々に言いきったの頭に、政宗の拳が流星のごとく落下した。 「アホ! いい加減食から離れろ!」 「ぐぎゃっ! た、食べないもん!」 「食べなくても食器に金魚を盛るなっつってんだ! 金魚鉢買いにいくぞ、Come on!」 言うや、ヒートアップした政宗はのほそっこい手首を鷲掴んで、人ごみを力強く歩きだす。 「わ、ちょっ」 待って何熱い熱い痛くないけど体温が、ああていうか力手加減してくれてるんだ、じゃなくて! 言いたいことは山ほどあったが、(これ手をつないでるんですかつないでるんだよねえええちょっと待って待って待って)、珍しくもの脳は過熱気味でその働きに支障が起きているようだ。 人ごみに潰されないよう、金魚の袋を手元に寄せる。 視界には、着飾った人々を押しのけ様々な電飾の中を進んでいく政宗の背中だけがあった。や、見ようと思えば周りも見れるしそれ以前に何か恥ずかしくて足元ばっかり見そうなんだけど、でもなんでか視線が固定されちゃって…! (ああ、なんか、) 灯りの中を泳いでいるようだ。耳を打つ風鈴の音色はまるで水音、透明な高音がその感覚に拍車をかける。 左右に流れていく提灯の輝きに、は辛うじてそれだけを思った。 夏宵、流色フィラメント |
タイトル読み方は雰囲気でお願いしまァァす! チカごめん! 慶次だそうかと思ったけど力尽きました… 080713 J |