宗時が決死隊を募ると、我も我もと手が上がった。ここが命の捨て所、筆頭のためにこの命を使ってくださいと兵たちが叫ぶ。 伊達軍は熱しやすい上に、若い兵ほど政宗に熱狂しているものだから、特攻となれば腰が引けるものはほとんどいなかった。 このままでは全軍が死兵と化しそうな勢いだったので、小十郎は、妻子のある者や、兄弟のいない者を除外する。それでも15名ほどが残った。 下は18歳から上は50歳まで年齢も様々だ。 「おい、お前…なんて名だ」 「は、はいっ! 加藤左兵衛と申しやす!」 「兄弟はいるんだな」 「ええ、そりゃもう。オレは4人兄弟の2番目です。おふくろにはあんちゃんも弟たちもいる。筆頭のためなら、きっとよくやったって言ってくれやす」 「吉見のおやっさん! なにしてんスか!? 確か年頃のお嬢さんがいたはずじゃ…」 「宗時様、ご心配かたじけない。娘は、先日、やっと嫁ぎましたわい。相手も中々見所がありまする。最早思い残すことはござらん」 誰も彼も微塵の恐れも滲ませなかった。 小十郎自身は、この決死隊と共に生きて帰るつもりでいる。しかし、政宗を守護して間道を進む宗時隊に比べれば危険が段違いなのは言うまでもない。状況によっては、小十郎を含めた全員が野に朽ち果てるだろう。 同僚たちと明るく拳を合わせ、笑顔で家族への遺言を託す彼らの名を、小十郎は一人一人呼んだ。 十五対の瞳をじっと見返す。 「行くぞ! 道は、オレたちが切り開く!」 「「「オオオォォォ!!」」」 1 / 2 のクラウン! Ottantuno : vassal before dawn V 「襲撃?」 見張りの報告を受けて、幸村は水の入った瓢を口から離した。唇の端に残った水滴を拭って、「意外に遅かったな」と呟く。 「伊達軍であろう。規模、大将はわかるか」 「はっ! 大将は竜の右目、片倉小十郎かと思われます! ですが……20に満たぬ手勢で」 ほとんど完成した砦を前に、そのような少人数で何を挑むというのか。幸村は眉を寄せた。 斥候ならば姿を見せることはない。 攻撃にしては人数が少ない。 あるいは使者か。 砦の造営を察知した政宗が、何らかの意図を伝えようとして小十郎を派遣したのだろうか。降伏勧告なら、小十郎の隊は先遣隊で、木立の中に伊達の大軍が潜んでいるのかもしれない。 (いや、それはあるまい) 信玄の言葉と、近頃の伊達軍の戦線を思い出す。縁戚の最上家と内輪もめを演じている伊達軍に、幸村に気付かれぬうちに軍を移動させることはできまい。 だが、だとしたら、小十郎の隊は一体何を目的としているのか。 思考が振り出しに戻ったところで、一の門からの急使が飛び込んできた。 「申し上げます! 一の門、伊達軍に突破されました! 大将は、竜の右目!」 「……よし! 兵を集め、伊達軍を止めよ! 我ら220の真田隊のうち、200は配置につけ! 20は周囲の森を探り、伊達軍本隊を見つけ出すのだ!」 伊達軍の目的は攻撃か。ならば、周囲に必ず本隊が隠されているはず。 それを早く見つけ出し、先手を打たなければならない。隠密行動であるので、真田隊も少ないのだ。 幸村の意を受けた兵が陣太鼓を高らかに叩く。本隊が見つかれば、彼はまた違った指示で太鼓を打ち鳴らすだろう。 怒号飛び交う中に血路を開き、小十郎率いる一軍は凄まじい奮戦をしていた。 速度自体は、取りたてたものではない。 彼らは陽動部隊である。 課せられた使命は、封鎖された街道を突破することではなく、真田隊の耳目を集中させることにある。 突き詰めれば、彼らが全滅しても、政宗を擁する宗時隊が街道を抜ければそれでいい。 「伊達軍だ! 奥州の竜がいるはずだぞ!」 真田兵が叫ぶ。政宗と幸村の因縁は誰もが知るところである。しかしそれ以上に、もし政宗の大将首を上げたならば、それに勝る恩賞はあるまい。 伊達に隠れて街道を封鎖する―――つまり軍事活動を起こした真田、ひいては武田は、伊達に背く意思が明確にある。 ならばここで伊達家当主である政宗を討ちとれば、叛乱は容易であるどころか領土の拡張さえも可能かもしれない。 目の色を変えて襲いかかってくる真田兵を、血刀を振るって斬り伏せた小十郎は、人知れず奥歯を噛んだ。 きつく巻いたサラシの下で、傷が脈打つように痛みを主張している。 一挙動ごとに息も止まるような痛みが押し寄せるのをねじ伏せて、小十郎は開かれていく三の門を見据えた。門の向こう側、漲る兵士たちの熱気に反して陣構えは強固そのものだ。猪武者そのものだった幸村の指揮を小十郎は知っている。それだけに、この冷静さには舌打ちしたくなった。しかし小十郎の口角は好戦的に上がっている。真田め、一皮剥けやがった。今この時は小憎らしいことこの上ないが、若武者の成長は小十郎の心を沸き立たせた。彼の主も、幸村も、成長と変化が著しい年頃なのだ。彼らの台頭はそのまま未来の足音である。 「小十郎様、大丈夫でやすか」 「オレは大したことない。―――真田相手に、無傷で通れるとは思っちゃいねえ」 言うと、頭から血をかぶったような有様になっている加藤左兵衛は、そっすよね、さすが筆頭のライバル、と楽しそうに笑った。 彼もまた若い。凄惨な剣戟を通り抜けるうちに、胆力が練り上げられたらしい。笑顔に血に呑まれた形跡はなく、爛と輝いた目には獰猛さと勇気が芽生えている。 小十郎は左兵衛を引き寄せると、素早く生き残った配下を見回して目星をつけた。 「左兵衛、お前を見込んで頼みがある。―――死んでくれ」 額に手をかざして、進撃を続ける小集団を遠望した幸村は一言「妙だ」と呟いた。 「伊達軍にいつもの勢いが感じられぬ。何かあったのか」 そう呟くと同時、ついに街道に達した小十郎の一隊から、更に三人ほどの集団が勢いよく飛び出していき、迷うことなく間道へと踏み入っていった。 幸村はあっと叫ぶ。集団の中に彼と同年代ほどの若い後ろ姿があった。 あれはもしや政宗か。 そうでなくとも、政宗のもとに走る使者ではあるまいか。 ならば、あちらの小集団を追えば、―――いや、それはおかしい。 一呼吸をぐっと抑えた。 あの後ろ姿が政宗であるなら、彼が敵前逃亡などするはずがない。 彼らが政宗への使者であるなら、今更なにを伝えるのか。小十郎たちは既に街道に到達している。人数は当初の半数まで減ってしまったが、後詰の軍の気配はない。あの小十郎をして死兵としか思えぬ働きをさせるということはすなわち、後詰が無い可能性が高い。仮に後詰があるならば、もっと早くに繰り出すはずだ。凄まじい剣さばきにより小十郎たちは奇跡的に命を拾っているが、通常ならばとうに玉砕していておかしくはない。後詰があれば、わざわざ玉砕なぞさせまい。 幸村はそう推察し、実際それは真実であったのだが、索敵に出た20人の兵には同じように考えられなかった。 彼らは同僚たちが猛り狂って功名を求めている間、いるとも知れぬ軍の影を嗅ぎまわっていたのである。飛んで火に入った功名の機会を見逃すはずはない。陣所から聞こえる太鼓よりも、彼らの懐に飛び込んできた集団の雄叫びに耳を澄ませ、四方から次々と襲いかかった。剣戟、剣戟、悲鳴、雄叫び、剣戟、勝利の名乗り! 青い鎧の首なし死体が転がる頃には、ほとんどの物見の兵がその場に集結していた。 小十郎の動きを横目に、見つからないようそろそろと間道を歩んでいた宗時隊は、めいめいに身を隠した木立の影で溜息をついた。 ほとんどの真田兵は小十郎の決死隊が引き受けた。 それでも、幸村の機転により放たれた物見の兵たちに発見されかかっていたのだが、彼らの注意はまるで主の危機を察したかのように小十郎が放った更なる陽動のおかげで見事に逸れ、宗時たちは発見されずにすんだ。 たった3人の陽動隊は、討ち取られるまでに10人以上の物見を害した。生き残った物見も健常に走れるのはわずか5人だけで、彼らは本陣へと駆け去って行った。残りの満足に動けぬ兵たちなら、声をあげて幸村にこちらの居場所が知られる前に全員殺せる。 宗時は周囲の兵に物見の殺害を手振りで指示すると、愛馬の上で、自分の後に乗せた政宗の手を己の腹に持っていき、刀の下げ緒できつく結んだ。政宗が落馬しないためである。 街道では、丁度小十郎が真田兵を切り捨て、占拠を達成した瞬間だった。囮に物見が殺到したために、それを察知した本隊にも混乱が生じたので、小十郎はその混乱にうまく乗じたのである。 小十郎がちらりと茂みを窺う。 その視線に織り込まれた意図を汲み取って、宗時はぐっと手綱を引いた。 「了解っスよ、片倉さん…米沢で会いましょう!」 枚を含ませた馬は嘶かない。静かに、慎重に、迅速に、宗時は持てる全ての技量を注ぎ込んで馬を操った。 気配が去ったのを感じ取った小十郎は橋の真ん中で深く呼吸する。まるで鬼神を我が身に呼ぶような呼吸だった。 「……ここは誰ひとり通さねぇ。誰ひとりだ」 新たな真田兵が、生き残った真田兵が集結するのを背で感じながら、小十郎は宣言した。 小十郎は、政宗のためにこそ命を使う。 「俺の覚悟を越える自信があるか? ならばひとつしかない命を賭け……」 愛刀はとうに脂がまいて使いものにならなくなった。今小十郎の手にあるのは、真田兵から奪った間に合わせの刀である。 筋は激しく痛むし、一呼吸するごとに肋骨がむしり取られるような激痛に気が遠くなる。しかし小十郎は、そんなものたちをおくびにも出さなかった。 「―――かかってこい!」 咆哮した。 死ぬ気で、生を望むのだ。 |
20100820 J |
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