冴え冴えとした朝日が障子を透かす。
 雀がちゅんちゅん鳴いている。
 炊事場が忙しく動き始める。

 爽快な朝だ。

 「……………!!」

 しかし、世の中には目覚めと共に地獄を見る人間もいるのである。











 1 / 2 のクラウン! Trentasei : 自業自得+因果応報=









 脳が覚醒した瞬間、政宗は後悔した。
 もう一度眠ってしまえたらどんなに楽か。
 意識が飛んだら、飛んだ先は極楽だろう。
 いや、極楽でなくともこの地獄よりはマシに違いない……!!

 地獄の名は、二日酔いという。


 「政宗様、お目覚めですか」
 「小十郎…」

 言って、再び後悔する。
 自分のうめき声さえ頭に響くとは、どんな二日酔いだ。
 頭痛と吐き気とダルさの三重苦が容赦なく政宗を苛んだ。

 「水……」
 「あれだけ飲めば当然です」

 勢いにまかせて無茶をして。
 始まった小言は絶妙に政宗の頭を痛ませた。
 鬼がいる。
 政宗はげんなりと顔を伏せる。

 「Oh…! そうだ、飲み比べは?!」

 叫ぶと同時に布団に沈む。尋常じゃない頭痛だ。アホである。
 小十郎の口から心底呆れた溜息が吐きだされる。特大だ。
 政宗は心中で言い訳した。
 仕方ないだろう、売られたケンカは買わねば男が廃るんだ。

 「の勝ちですよ。アレは人間じゃありません。政宗様が潰れた後も一人で樽を空けました」
 「たっ…?!」

 空いた口が塞がらない。
 あんなハニーフェイスで、とんでもないウワバミだ。自分の体積より多く酒を飲んだのではなかろうか。

 最早悔しささえわかない。
 小十郎の話によれば、最後まであの少年は平然としていたというのだ。

 「アイツの一人勝ちかよ」

 小十郎の予想に反して、楽しそうに政宗は呟いた。

 「まさか、再戦を考えてなどおられませんでしょうな」
 「No way.(まさか。) Monsterと競う気はねえよ」

 酒は楽しく飲むのが信条だ。
 いくら飲んでも変わらない相手と飲んでも面白くない。
 その言葉を聞いた小十郎は何を思ったのか眉を寄せたが、それを聞く前に焦った成実が飛び込んできた。

 「ちょっとちょっと殿…ってうわ酒臭っ!」
 「あーやかましい成実……」

 足音と大声のダブルパンチだ。
 いっそこのまま気絶してしまいたい政宗だったが、続いた言葉に顔を上げる。

 「がいないんだけど?!」
 「…………What?」

 素早く小十郎に目で問いかける。
 酒場に置いてきたのか、やはり忍だったのか。
 眉を寄せた小十郎は、ガラの悪い低音で尋ねた。

 「何か無くなったものは?」
 「の布団」
 「Ah?」

 成実はわけがわからないと肩をすくめた。

 「なーんにもなくなってないんだ。鞄と布団…しかも掛け布団だけ。障子だって閉まってる」

 布団なんてどうする気だろ、と成実は首を傾げた。
 政宗は小十郎を見遣る。お互い微妙な表情だ。

 「……ひょっとして、酔ってたのか」
 「本人はそう申しておりましたが……」

 一体どんな酔い方だ。
 小十郎の知る限り、は自室までしっかり自分で歩き、会話にもしっかり理性が残っていたのだ。

 「………とりあえず、探しとけ。領国外に出られたら面倒だ」
 「了解!」

 元気よく成実は去っていった。

 「……まあ、樽だからなあ……」
 「樽ですからな……」





 結果として、はすぐに見つかった。
 部屋の換気をしようと小十郎が窓を開けると、庭の一番高い木の枝から洗濯物のように布団が垂れさがっていたのだ。
 快晴の空を背景にして、名匠の庭木は物干し竿になり果てていた。

 「あの野郎…!」
 「Wow…よく登ったもんだなぁ」

 一瞬で着火した小十郎と野次馬根性が二日酔いに勝った政宗は、微風に端を揺らす布団に近づいた。
 どうやってバランスを取っているのか、器用に布団にくるまって枝で眠っているのは、まぎれもないである。

 小十郎が手を伸ばせば届きそうな高さではある。
 だが、夜は冷えただろうにわざわざそんな所に登るとは。まるで猿か猫のようだと、政宗は口笛を鳴らす。
 それでも起きないほどに、は熟睡していた。
 布団から出た少女のような目元は、この期に及んで安穏と閉じられている。

 「いい度胸してんじゃねえか」
 「笑いごとではありません。ったく……」

 小十郎は不安定な場所で安楽に眠るに手を伸ばす。
 ばち。
 何の前触れもなく瞼があがった。目が合った。

 「……………」
 「……………」
 「あ、Good morning, マサムネ、コジューロー」

 目覚めは爽快らしかった。
 にかっと笑って手まであげたその顔を、政宗は無性に殴りたくなった。何でこいつは二日酔いじゃないんだ!
 ――――…死なば諸共である。

 しかし、その八つ当たりはどこぞの神様に聞き届けられたらしい。
 ややあっては青い顔で口を押さえた。

 「気持ち悪…やっぱ飲み過ぎたか」
 「…………言いたいことはそれだけかガキ!」

 叫んだ小十郎が猛然と布団を引っぺがす。
 朝夕が冷え込み始めた近頃、寝巻き一枚は寒そうだ。咄嗟にの腕が布団の描く美しい放物線を追いすがり、

 「え、わちょ、どぅえ―――っ?!」

 その拍子にバランスを崩して、後ろ向きに枝から落ちていく。
 細い手が空を掻いた。すがるものは何もない。
 は頭から落ちていった。そのまま地面と熱いベーゼでも交わそうもんなら、どうなってしまうかわかったものではない。

 「チッ…!」

 政宗は、スローモーションのように逆さまで地面に向かうに手を伸ばした。
 二日酔いなど、どこかに吹っ飛んでいた。


 ――――ガツンッ!!

 「ぎえ?!」
 「ぐっ?!」

 目の前に星が散った。
 二日酔いの頭に、それは悪魔的な衝撃だ。
 ―――咄嗟に足に力をこめ、コウモリのように枝にぶら下がったの後頭部と、彼を受け止めようとした政宗の鼻が見事にぶつかった。
 見ようによっては、いわゆる頭突きである。悲劇だ。
 これで鼻がまがろうもんなら目も当てられない。

 「いって―――っ! いてー!」
 「…てめ……」
 「いや俺のせいじゃないよ不可抗力! 事故!」

 ぶら下がったままのは涙目になって振り返る。
 そこでは肌触りの良さそうな白い寝間着の政宗が大きな手で鼻を押さえており、

 つつ―――…

 「あっ」
 「ま、政宗様!」

 鼻から垂れた細い赤色が、真っ白な布に滴り落ちた。










 午後になっても、政宗の二日酔いは一向にその魔手を緩めようとはしなかった。
 まるでシメられる鶏にでもなった気分だ。
 少しでも楽になれる姿勢を求めて、政宗は部屋をだるだる転がる。傍目にはやる気のないクイックルワイパーである。
 女中の皆さんが毎日掃除してくれるからいいようなものの、これが普通の部屋であったら彼は間違いなく生きる埃取り機となっただろう。

 「Ups…おうげぇ…」

 三半規管が働けば働くほど気持ち悪くなって、政宗は動きを止めた。ただのしかばねのようだ。
 部屋のド真ん中で停止した長身は、目障りといったらなかった。部屋には誰もいなかったけれども。

 「Scusi…じゃなかった、Excuse me, マサムネ、いるー?」

 障子の向こうから能天気な声が響いてきた。
 政宗は刀を引き寄せて起き上がりつつ、おーだかあーだかわからない返事をする。
 だらけているんだかいないんだかわからない。

 「うっわー土気色」
 「……第一声がそれかてめぇ……」

 政宗の顔を見るなり、は呆れたような失笑のような表情で呟いた。
 ちなみに彼の顔色はいたって正常だ。頭に特大のたんこぶが出来ていたが。

 「てめーこそ、それどうしたんだ」
 「コジューローに怒られた! ひどいよなあ、あれはどう見たって事故だろ」

 あれとは政宗鼻血事件である。
 小十郎は政宗が頭痛で倒れそうになるのも構わず、大声でを怒鳴りつけた。
 皮肉なことにそのせいでことのあらましが城中に暴露されてしまい、成実など鼻血を垂らした政宗を見るためだけにとんぼ返りしてきた。あの野郎。
 政宗としては真剣に泣きたい。

 「まあそれはそれとして。マサムネ大丈夫か?」
 「……アンタに心配されるほどヤワじゃねえ」
 「その顔色じゃ説得力皆無だぜ。そんなお前のために、じゃじゃーん! 飲み過ぎた時のつよーい味方を持ってきました」
 「ンだそりゃ」

 は錠剤が入った小瓶を得意げに揺らす。ラベルにはアルファベットが書かれていたが、イタリア語など読めない政宗にはさっぱりわからない。

 「二日酔いの薬だよ。俺もごくごくごくたまーに御世話になってんの」
 「……どんな頻度だ」
 「うーん、持ってたことが奇跡的な頻度」

 軽い音を立てては瓶を開ける。「15歳以上だから3錠かなー」ころころと出てきた錠剤は黄色で細長くて嗅いだ事のない臭いがした。
 怪しさ満点だ。
 そもそもの持ち物という時点で毒か森羅万象を無視した何かかという思考が頭を占める。

 「あ、言っとくけど毒じゃないからね」
 「Ha! どうだかな」
 「本当だよ。ほら、俺も飲むから」
 「アンタが飲むからって俺が飲む義理はねぇ」

 疑い続けるのって疲れないんだろうかとは思う。
 今にも倒れそうな顔色のくせに、政宗は警戒を解かない。

 「じゃあ、飲みたくなったら飲みなよ。ここに置いとくから」
 「I don’t need(必要ねえ)」
 「そう思うんなら捨てたって構わないさ」

 は自分の分だけ薬を飲みこむと、小瓶を置いて立ち上がった。
 無理に飲ませるつもりも警戒を解かせるつもりもない。
 飲みたかったら飲めばいい。放置プレイ放任である。

 「あ、あともう一つ。マサムネ」
 「なんだ」

 じいいいいいいいっと眉を寄せ、まるでその独眼からビームでも発射しているかのような強烈な視線を小瓶に寄せている政宗に、去り際のは向き直って伝えた。

 「Thank youな。助けようとしてくれて」
 「ああ、いや」

 は政宗が駆けよらずとも無事であったので(むしろ政宗が駆け寄ったせいでややこしいことになった)、政宗としては素直に感謝を受け止められない。
 「Not mention it って言っとけよ、俺は感謝したいんだから」見越したようにがフォローを入れた。
 見透かされたようでとても悔しくて、政宗は小馬鹿にしたような表情を無理矢理浮かべる。

 「じゃあ、跪け崇めろ奉れ」
 「どこの氷の帝王だよお前?! そこまでするもんか!」
 「Ah? 感謝してたんじゃなかったのか?」
 「普通の感謝でいいだろ、そんなプレイ求めるなんて! この変態!!」

 面白くなってつついたら、は逆襲とばかりに大声を出した。
 途端襲ってきた頭痛に思わず沈む。自業自得だ。
 その隙にはぷりぷりと怒って出ていった。乱暴に閉めた障子が少しだけ開いている。

 (……あ゛? なんか、あのphrase(フレーズ)聞いたことあるな)

 記憶の糸を辿ると、さきほどよりやや高い声が再び彼を変態と罵った。
 ―――政宗はMではない、どっちかというとSである。念のため。

 自身の思考がどんな誤解を招くものか思い当たることもなく、政宗は頭の中で変態変態と繰り返し吟味する。

 (そうだ、あの娘だ……キリエ、つったか)

 思い出した記憶に満足げに頷いた。脳内で平手を高く掲げたキリエが変態と叫んでいる。
 連動して掌がささやかなぬくもりを思い出す。
 あ、やべ。政宗は思わずあの小さな胸の形をかたどった掌をストップさせる。
 ――――政宗こそ気付いていないが、今の彼はまさに変態というにふさわしかった。


一瞬かっこよくなりかけた政宗様
あくまで 一 瞬 。(笑顔)
080506 J

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