米沢城下は政宗好みの活気溢れる街で、歩いているだけで頬筋と財布の紐が緩くなる。 要するに好みの街である。 彼は輝くような笑顔で曲芸を披露して小銭を稼いだ。今年最高のキレだった。 そして夕方頃、一番賑わっている酒場に入った。 そこには綺麗なお姐さんや威勢のいい若衆が大勢いて、の機嫌はうなぎのぼりだ。 「何だ? やけに今日は賑やかじゃねーか…」 まさか一刻後、城を抜け出した政宗がやってくるとも知らず。 1 / 2 のクラウン! Trentacinque : 酒は飲めども飲まれるな 酒場はその繁盛ぶりにふさわしい混み具合だった。 真昼のように明るい蝋燭を、女たちの嬌声が揺らす。 よく見れば、女たちは一か所に集まっていた。 「いい男って言ったらやっぱり政宗様よ! 顔・性格・財力どれをとっても町衆とは比べものにならないわ。最高よ!」 げに恐ろしきは女。 遠慮もへったくれもない真理をばかすか打ち立てて、ほろ酔い気分のある女は拳を強く握った。 彼女の周りで他の女たちも熱くうなずく。 その脂粉の匂いの中心で、一人化粧っ気のない者がいた。 ……………である。 まるで女子高の修学旅行のような輪に違和感なく溶け込んでいる。 むしろお姐様方に可愛がられる後輩(女)のようだ。 本人は女性に囲まれて両手に花! とか思っていそうな笑顔だが、周りのお姐様方はきっと彼を男扱いしていない。 ―――羨ましいのか羨ましくないのかさっぱりわからない。 「確かにマサムネはねー。男から見たってかっこよすぎるもん。悔しいけど姐さん方が夢中になるのもわかっちゃう。いい男にいい女…絵になっちゃうのが辛いなあ」 「やだ、言い過ぎよ!」 「君もかわいいわよーv」 政宗を褒めつつも本題は女たちへのお世辞である。 これを溜息と共に実に切なそうにいうものだから、女たちの関心は一気にへと集まる。 侮れん奴だ。 は更に言葉を続けた。 「ああごめん、絵なんかじゃ姐さん方の魅力は表現しきれないや! でもさ―――…、マサムネは確かにかっこいいけど、今は俺のこと考えてくれないと……俺、悲しいな……」 妬いちゃう。 少し寂しげに言ってみせたは、とどめとばかりに切なく微笑んで首をかしげた。 女のように華やかな顔が一気に中性的な陰影を漂わせる。それは危ういほどの脆さを垣間見せた。 自分の魅力を完全に理解したうえで、このうえなく女心をくすぐる仕草だった。 「………っ!! 今は君が一番よおおおお!!」 「泣かないで、私君も大好きだから―――!」 「いやあああああっ、かわいいいいいいい!!」 甲高い嬌声に包まれてはご満悦である。 百合が散る幻が見えた。まるで上杉主従だ。 「幻覚だ…!」 入口に立ちつくし、政宗はごしごしと自分の片目を擦る。 「Surprised(驚いた)……随分なタラシじゃねーか!」 「人の懐に入るのは得意のようですな」 「……!!」 「政宗様…? まぁた抜けだしやがって……!」 「こ、こうしちゃいられねぇ! Hey 、俺の女たちに手ェ出してんじゃねぇよ!」 「政宗様!」 小十郎の怒りから逃げるように、しかしどこか嬉々として乱入していった「噂のいい男」に、女たちがきゃあっと華やいだ声を上げて色めき立つ。 小十郎は深々と溜息をついた。 の両脇にも政宗の両脇にも、すでに女たちがひっついている。 「Buona sera(こんばんは) マサムネ! 良い夜だね」 「Ha! 随分余裕じゃねえか、間男が」 政宗が笑うと、端整な顔が精悍な男らしさで彩られる。 少女にすら見紛う華奢なには望めない魅力だ。 の両脇に侍る女たちも心を動かされたらしく身じろぎした。それを見た政宗は、勝利の笑みを深くする。 だが、相手はだった。 「マオトコ? マサムネほどの男が、そんな無粋なことを言うなよ」 「Ah-ha? じゃあ、アンタが恋人だとでも?」 「Si, だって俺は姐さん方をあいしてるし、姐さん方も俺をあいしてるもの」 「Ha-n…じゃあ、こいつらに聞いてみるか? おい、俺とのどっちがアンタの男だ?」 政宗がの側の女に問うた。話しかけられたお姐さんは困ったように身じろぎする。 しかし、彼女が答えるより前にの声が飛んだ。 「一人を選べなんて、無茶なこと言うなよ!」 「What? アンタはこいつの恋人じゃなかったのか? なんでそんなことを言う?」 「なぜって、女性は多くの恋と共に輝くからさ。それを制限しようなんて、酷いじゃんか」 その場の全員がを見つめた。何を言い出すのだこの男。 歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言い放ち、は笑みを深くする。 華やかな女顔には艶やかな笑みが浮かんでいる。 なぜだかその笑顔は、をいくつも年上の男に見せた。 「女性は恋と秘密で綺麗になるんだ。俺も恋人、マサムネも恋人。恋する哀れな男たちを侍らせてるから、女性は常に美しい。ねえ、そうでしょ?」 は手近な女の白い手を取ると、ねだるような、それでいて艶を潜ませた笑みを向けた。 手を取られた女の頬が鮮やかに燃える。 「そんな淑女たちだから、俺たちはあいしてやまないんだよ」 すらすら紡がれる口上に、政宗はおろか小十郎まで呆気にとられた。誰だこいつは。 芝居がかってすらいる、慣れた風の女ったらしは、常のとは別人にすら思える。 彼の「あい」がろくでもないものだと知っている二人からすれば尚更だ。 もはやに少女みたいだのかわいいだのといった形容詞は似合わなかった。 場の空気を支配した少年は、挑発的に笑う目を政宗に向ける。 「それなのに一人を選べなんて、マサムネは存外狭量だね?」 妬くだけならともかく、「いい男」が聞いて呆れるよ。 奥州一の伊達男を自認する男は、ものの見事に挑発に乗った。 年にそぐわぬ面貌に年相応の炎が宿る。 「おもしれえ…!」 第一回独眼竜vs クラウン酒豪対決、ここに開幕。 夜も更けて、兵どもが夢のあと。 店内は酒樽を何十杯もぶちまけたような、恐ろしく濃い酒精の匂いが充満していた。 匂いだけで酔いそうだ。 幸村あたりなら、踏み入っただけで倒れるかもしれない。 足元を見れば、正に死屍累々という言葉にふさわしく、床といわず机といわず、男も女も赤い顔で伸びていた。 どいつもこいつも幸せそうな顔だ。 明日になったら二日酔いで悲鳴をあげるだろう。 小十郎は溜息を吐いた。 二日酔い決定の筆頭こそ、彼の上司である。 屍の真ん中、散乱している空樽の中心に据えられた机に、人間が二人座っていた。 いや、正確には座っているのは一人だけで、もう片方は机に突っ伏したまま動かない。 凄惨な飲み比べを繰り広げ、浴びるどころか溺れるように酒を飲んだ挙句、束の間の極楽へ旅立った男こそ、伊達政宗その人だった。 酒に強い男だが、あれだけ飲んでは明日の地獄は免れられまい。 小十郎は特大の溜息を吐いて立ち上がった。 その際、少し足元がふらつく。彼も、飲み比べを止めない程度には酔っていたのだ。 「ほら、帰りますよ政宗様」 「んぐ…こひゅうほー……まらおれはいへるぜ…」 「もうこの店の酒は飲み尽しましたよ。いい加減にしなさい」 「え、んじゃ明日はこの店休み?」 「明日といわず三日は休みなんじゃねえか」 「Mamma mia! ここいい稼ぎ場になりそうだったのに!」 「(連日来る気だったのか…)……俺が知るか。………しかし、お前平気なのか?」 小十郎は気持ち悪そうにを見た。 鬼でも裸足で逃げだしそうな飲み比べの勝者は、女のような白皙を少し赤らめているだけで、まだまだ溌剌としている。 多少雰囲気が緩んでいる気がするが、あの地獄のごとき飲み比べを戦い抜いたにしては、ほろ酔いですらないように見える。 「まさか。しっかり酔ってるよ」 飲み過ぎたと頭をかく少年は小十郎の頭痛を誘った。 こいつはどこまで規格外になれば気が済むのか。 大量の大判小判を支払って(が凄い凄いと騒いだ。奥州の財力をなめるな)、酒臭い政宗を背負う。 「あ、待って待って」 は残った酒を男らしく飲み干し、危なげない足取りで立ち上がった。 小走りについてきた少年は気持ちよさそうに夜風を頬に受ける。 「へえー、マサムネって寝顔は幼いんだね」 「ああ、かわいげがあるのはこれくらいだ」 「コジューロー…本当にそう思ってる?」 「ああ。ガキの頃から面倒みてきたが、やんちゃに育ちやがった」 「……ンなこと言ってー。顔が緩んでるぜ」 「酒のせいだ」 「よくいうよ!」 マサムネが「ガキっぽく」て嬉しいくせに。 小十郎は一瞬息をつめたが、はそんなこと知らぬげに不意に政宗の鼻をつまんだ。 だらしない寝顔の眉が寄る。 遊んでいるらしい。 「こら」 「ははっ」 は小十郎の拳を猫のように避けた。 そのまま、見えない誰かと踊るようにステップを踏む。 「でもさ、」 「何だ」 「コジューローは、マサムネが心配なんだね」 「………俺は政宗様に忠誠を捧げている」 「違う、そういうのだけじゃなくて」 立ち止まった小十郎を、半身をひねるようにして振り返る。 闇が濃くて顔が見えない。 猫の爪のような三日月では光が足りない。 「マサムネが“ヒットー”でいることが、そんなに心配?」 「…………!」 小十郎は今度こそ息を呑んだ。 何にも包まれず放られた問いは鋭すぎた。 は的確に、最も隠されていた、最も触れられたくない一点をぞんざいについて見せたのだ。 家臣としては、政宗が「奥州筆頭らしく」あることは望ましい。 しかし小十郎個人としては、「奥州筆頭らしく」あるために抑圧される「十九歳の政宗」を、失いたくない。 君主というものは敬慕の対象としての偶像たりえなければならない。 しかしそれでは、政宗の実像はどこへいく? それに、中身のない虚像はいつか破れてしまうもの。 「まだ十九歳の政宗」と「奥州筆頭」がうまく重ならなければ、いつか独眼竜は天に昇ることなく堕ちるだろう。 しかし、小十郎には政宗を「十九歳の政宗」として扱うことはできない。 小十郎は、あくまで政宗の家臣であるから。 結局のところ、政宗が自分で「十九歳の自分」を育て上げていく他ないのだ。 「Mi scusi. なんでもないんだ」 雰囲気の変化を読み取ったのか、は話題を葬った。 忘れてほしい、俺今酔ってるから変なこと言っちゃうと続け、顔の見える範囲まで戻ってきた。 いつものだった。 小十郎は辛うじて頷いた。 しかし、忘れるつもりは毛頭ない。 この妙な少年は、政宗の急所ともなる秘密を悟っている。 それは政宗本人すらまだ知らないであろう、小十郎だけが感づいている影だ。 影のありかをこの短期間で気付いて見せたことは、警戒しなおすに十分な理由だった。 だが、警戒と共に、やはり僅かな希望を感じずにはいられなかった。 政宗の影は深く暗い。 そのくせそれはうまく隠されていて、小十郎以外に気付いたものはいなかった。 小十郎とて、確信を持っているわけではない。 それに気付いたなら、いくら彼自身の闇が深かろうと、政宗を影から引き揚げられるのではないかと――――… (ばからしい) 小十郎はずり落ちそうな政宗を背負いなおした。 得体の知れない芸人にどんな希望を託すというのだ。 (俺も大分、酔っているようだ) 酒のせいにして、小十郎は抱いた希望を無視する。 酔っ払い三人は、それから大した話もせずに帰っていった。 |
ギャグの書き方忘れ て る orz 小十郎は正にお父さんなポジション 080503 J |
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