晩秋の空に鋭さを纏い始めた風が吹く。
 季節は黄金から灰色へと姿を変え、奥州は長い冬に備えて粛々と静まり返っていく。
 その城下を、屋根の上で見遥かしながら子供っぽく両足をぶらつかせる小さな影があった。

 だ。

 風邪もとうに癒えた彼であるが、未だに外出禁止令は解かれていない。
 確かに警戒は多少緩み、見張りの目も少なくなっている。
 それを感じているのかいないのか(政宗は間違いなく感知していると思っている)、は文句の一つも言わない。
 相変わらず、城内で練習とナンパに明け暮れている。





 (憐れな奴だ)

 と、少女のような横顔を見つけた小十郎は思う。
 以前彼に感じた憐憫はその度合いを強くしている。

 は悲惨な過去を至極幸せそうに語った。彼はその過去を幸福と信じて疑わない。そのことがより一層彼の不幸を際立たせ、小十郎の憐れを誘う。
 小十郎は今でも、を信用していない。
 必要とあれば斬るだろう。
 それでも、を見れば彼の幸福を願うようになった。


 以前は信頼がなくとも笑い合えると言った。小十郎は自身の心理の矛盾を、彼の言葉の意味とは絶対に違うと思っているが、矛盾であることには間違いない。
 しかもその矛盾は拡大し、現在小十郎がを信用しないのは半ば義務感から来ているものとなっている。
 感情面では、に同情しているのだ。





 (I can’t understand.)

 と、母を語るの嬉しそうな顔を思い出して政宗は思う。
 彼がに抱いた感情を一言で言い表すのは難しい。
 憐憫、同情、同族嫌悪、優越感、だが何よりも政宗の心をかき乱したのは、


 羨望。


 話を聞く前から、の過去が悲惨なものであることは想像がついていた。
 そうでなければあんな矛盾だらけの人格が形成されるはずがない。
 それはまさにその通りで、がその不幸を「しあわせ」と認識している点では想像を超えてさえいた。
 だから彼を憐れむ心理は当然のものだ。「自分はまだマシなのだ」と一瞬でも思ってしまったのも確かだ。もっとも政宗はその咄嗟のあさましさを苦々しく思ったが。

 けれども、まさか、羨ましい、なんて。

 政宗が右目を失った途端、彼は母に見放された。
 その寂寥は幼い心に吹きすさんだ。奥州王となった今でも、心のそこかしこの影に息を潜めている底なしの悲嘆を政宗は自覚している。
 今となっては悲しみの井戸に蓋をすることも覚えたが、それは拭い去れるものではなかったのだ。

 そんな政宗にとって、崩れかけた精神でなお幸せな家庭を愛し抜こうとした彼の母親との世界は、「不幸」と断じるには眩し過ぎた。
 歪み、壊れたたちは不幸と呼ぶにふさわしいはずなのに、愛されたと自信をもって笑う彼を、政宗は羨ましいと思ってしまったのだ。
 は政宗が欲しかったものを持っていた。
 それは、変質してしまったけれど、愛と呼ばれていたはずのもの。政宗はそれが欲しかった。


 愛を失い憎悪のままに母から毒を盛られた政宗と、愛され続けた果ての奈落で笑うと、一体どちらが不幸だろうか。

 政宗にはわからない。
 の幸福は政宗の知る幸福とは明らかに違ったし、政宗は立場上己の知る幸福を信じていかなくてはならない。
 けれども、と政宗は思う。

 は不幸の中にいたが、それでも彼が感じていたのは間違いなく幸福ではなかったか、と。


 「shit」

 幸福であってほしくないような、あってほしいような相反する気持ちを感じて、政宗は小さく毒づいた。





 (町に行きたいな)

 と、二人分の視線を知らん振りしながらは思う。
 あの秋祭り以来ずっと城の中にいるので、いい加減欲求不満だ。
 そりゃ城の女の子はかわいいし、怖いお兄さん方も見世物をしたらノってくれるので楽しいのだが。

 疑われるのは不便だ。だが、最近は政宗も小十郎も、視線に猜疑以外の色が混ざっている。

 小十郎のは間違いなく同情だ。
 憐れまれる覚えなんてさっぱり無いので、には意味がわからない。
 今までの経験から察するに、団長や仲間たちと同じく彼の過去を憐れんでいるのだったら業腹だ。
 俺はしあわせだったって言ってるのに。


 政宗のはよくわからない。
 眉間にしわが寄っているので難しいことを考えているのだろう。
 けれども彼は憐れみよりもむしろ別の何かを考えている気がする。
 それは色恋沙汰ではなさそうなので、としては万々歳だ。
 母と築いていたしあわせを認めてもらえるのは嬉しいものである。












 1 / 2 のクラウン! Trentaquattro : 自由の日









 「自由に城下へ行っていいぜ」

 政宗がその言葉を放り投げるように言った時、はぽけっと口を卵型に開いたまま政宗の顔を凝視した。
 すこすこすこん、間抜けな音を立てて放り投げていたお手玉が彼の頭に落ちてくる。
 七つ目のお手玉が頭から落ちると、やっとは日本語を理解して一足飛びに政宗のもとへやってくる。

 「マジで? マジで?! 嘘じゃない?!」
 「嘘ついてどうするってんだ」
 「いやがらせとか」
 「てめぇ…俺がそんなことするようなみみっちい男だと思ってたのか?!」
 「俺ならする!」
 「嫌なやつだなてめぇは!」

 胸倉を掴みあげんばかりの勢いだったが、悲しいことにと政宗では身長差がありすぎる。
 なので、格好としては政宗にオランウータンよろしくぶら下がっている状態だ。
 もしが興奮していなければ、彼程度の体重ではびくともしない政宗の力強さに悪態の一つもついただろう。

 「わあああああやったああああ!! Grazie mille! Grazie!!(ほんとありがとう! ありがとう!!)」
 「Wait a minute(ちょっとまて)、そのぐらーちえってのは、確かThank you だったか?」
 「Yes!」

 正解した政宗は機嫌よさそうに唇を釣り上げた。得意満面なのだが、どうみても悪人面なのは否めない。
 その悪人面にそこはかとない幼さだの可愛さだのを見つけるようになってしまっては末期だろう。例えば近くの茂みで「楽しそうになされて…」と感涙にむせぶ小十郎のように。

 「じゃあ今から行く! Thank you マサムネ!」
 「おう。ただしちゃんと戻ってこいよ。朝帰りでも構わねぇが、逃げようとしたら斬るぞ」
 「せめて鈴にしといてくれ!」
 「猫かアンタ?」
 「猫でも犬でも望みのままーってね!」

 にゃーお、とか鳴き真似をしつつ小道具を取りに部屋へ走り込んでしまったを見送った政宗は、近くの茂みに呼びかける。
 案の定小十郎が出てきて、呼びつけたのは自分とはいえ政宗はげんなりした。
 何せ政宗以上のスジモノ面が目と鼻を真赤にしているのである。

 「Did you listen to, didn’t you ?(聞いてただろう?)これが俺の判断だ」
 「危険はないとお考えですか」
 「まあな」

 だが、と政宗は続ける。

 「同情したわけじゃねぇ」

 がどんな人生を歩んでいようが、同情は潔白の理由にならない。
 もし忍なら過去が地獄絵図でもおかしくないし、乱世ではもっと凄惨な過去を持つ者など腐るほどいる。
 それでも政宗がをシロと断じたのは、の言動、行動を観察した結果だ。
 もちろん彼の過去も有力な証拠となった。
 は「市役所」とか「保健所」という単語を使った。
 そこは虐待を監視したり止めようとする機関らしいが、こんな時代にそんな悠長な機関があるはずがない。
 話の端々に含まれた外来語にしても、政宗の知らないものばかりだ。
 奥州は、政宗の意向もあって南蛮貿易が盛んだ。そんな奥州でも聞いたことのないものが、他国にあるとは考えにくい。
 まして、一般の家庭にそんな貴重なものがあるはずがない。

 結果、は出身地こそ不明だが、他国の忍とは考えられなくなったのだ。

 (日本人だと言っているが、日本で育ってはいないだろう)

 実は未来人で正真正銘の日本育ちなのだが、政宗はを完全に外国育ちの日本人ととらえた。
 ある意味間違ってはいない。

 もうどこにも帰る場所がないのは、確かなのだから。


タイトルどうしようかと思ったパート2
あああネットしたいネットしたい
接続まであと10日もあるんですが
なんですかそれは死ねということ です か?
080503 J

33 ←  00  → 35