『おめーら、ノってるか―――っ?!』 ぷおおぉ、ぷおおおおおっ。 「Yeah――――っ!!」 『遺書は書いてきたか―――っ?!』 ぷおおおぉ、ぷおおおおおおっ。 「ばっちりです成実さま―――!」 「水杯も交わしてきました―――!」 『よーしてめぇら、覚悟はいいか―――っ?!』 ぷおおおぉおお、ぷおおおおおおおおおっ。 「Yeeeeeeeeees!!!」 「覚悟はとうにできてます―――っ!」 「特攻上等ォォォオ!!」 『第一回電撃クッキングバトル正胸杯開催ィィィイ!!』 「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeah!!」 「成実テメェあとで裏庭に来いこの野郎ォォォォオ!!」 「まったく成実殿ときたら法螺貝など持ちだして……それに何です、あの正胸とは。下品な」 「え?! あれがマサムネの漢字じゃないの?!」 1 / 2 のクラウン! Ventisette : 食わず嫌いは人生の損 〜電撃クッキングバトル〜 空は快晴。竜のカラクリが天に向かって勢いよく火を吹いて、まるでガスコンロを連想させる。 その空の下で、異様な熱気に包まれた集団が気勢をあげていた。 彼らはリーゼントだったりスキンヘッドだったりマスク着用だったり『筆頭命』とか『喧嘩上等』とか『初代特攻隊長』とか『夜露死苦』とか『愛羅武勇』とか『殴ッ血KILL』とか刺繍された着物だったり様々だったが総じてガラが悪い。そんな連中に取り囲まれた円の中心には即席の台所らしきものが二つ設置されており、でかでかと『第一回電撃クッキングバトル正胸杯』などというセクハラまがいの文句がしたためられた看板が立てられているのだから、異常を指摘しようにもどこから指摘すればよいのかわからない光景である。 『てめーら、オレの声は聞こえるな?!』 ぷおおおっ、ぷおおおおおっ。 「ばっちりです成実様――!」 「でも法螺貝がうるせーですよー!」 『仕方ねーんだよこれ以外ないんだからさー!』 ぷおおおおっ、ぷおおおお! 二つの台所の中心で、本日の司会伊達成実は機嫌よく大声を張り上げた。 これが幸村であれば法螺貝など必要なかっただろうが、あいにく彼は幸村でも信玄でもなかったので、吠えるたびに間抜けな音が響く。 『今日は、肉料理と野菜料理の対決だってよー! てめーら、肉は好きかあああ?!』 ぷおおおおっ。 「Yeeeeeeeeees!!」 「オレは鶏肉が好きですー!」 「ミンチミンチミンチ!」 『野菜は好きかあああああ?!』 ぷおおおおっ。 「Yeeeeeeeeeeeeah!!」 「片倉殿の人参が好きですー!」 「メロンメロンメロン!」 『よーし、一部アウトっぽい奴らは取り押さえとけ。でもなあてめーら、肉の料理人は殿だぜ―――?!』 ぷおおおおおおっ。 「うおおおおおお、俺はやっぱ野菜にしますー!」 「てめえ、覚悟決めやがれ! 筆頭ぅー、オレは肉ですぜー!」 「地獄で会いましょう――!」 『野菜の料理人は、こないだ奥州に来た道化師だ! うまいかどうかはわかんねー!』 ぷおおおおおおっ。 「ちゃーん!」 「親衛隊、腹括ってますぜー!」 「どんな料理でも来いってんだー!!」 野太い声援を聞いた政宗とは、同時に同じことを呟いた。 「「なんか釈然としねー…」」 は、たった一回の宴会で親衛隊ができたことを喜ぶべきか頭を抱えた。 これが女の子であれば手放しで喜ぶのに、残念なことにもさい野郎どもばかりである。 むんむん漂っているのが香水ではなくポマード臭であるあたり救いがない。 政宗は、とりあえず成実にHELL DRAGONを食らわせようと心に決めた。 成実の容赦ない言葉は彼のガラスの心を深く深く抉ったのである。彼には趣味が一つあった。料理である。 旬の食材にこだわり、もてなしの作法にまで心を砕いているのであるが、残念なことに喜ばれることはあまりない。 悲しいことに政宗には、料理に関する才覚が小指の爪ほどもなかったのだ。 初めて作った料理を試食した小十郎は三日間寝込んだ。成実は口に入れた瞬間ぶっ倒れた。元信に至っては資源の無駄遣いと言い切った。 (一応、傑作だって作ったじゃねぇか!) 納豆は彼の発明品である。 『勝敗は、審査員に試食してもらって決めるからな。審査員は厩舎に閉じ込めてあるからな! てめーら、逃がすんじゃねーぞ!』 ぷおおおおっ。 「りょ、了解しましたー!」 「おい成実、てめぇ俺の部下に何しやがる!」 『わああ刀構えないでよ殿! 合意の上だからさ! とにかくほら、早く始めて! 量が多かったら皆におすそわけできるよ?!』 ぷおおおおっ。 「なんだ、それならそうと早く言えよ」 「ししししし成実さまぁ?!」 「おっかあ、今会いに行きます…」 「うほ――! 来いやぁあ!」 『制限時間は半刻(約一時間)! 始めええ!』 ぷおおおおおおおっ! この時代、四足の動物は不浄と言われており食用ではない。 したがって牛豚猪鹿は口に入らないはずであるが、本能にまで根ざした食欲というのは末恐ろしく、これは動く野菜だ牡丹だなどと無理矢理生命の本質を捻じ曲げて食用としてしまう。 しかし、肉派代表、奥州筆頭独眼竜政宗にはそんな小癪な戦法など必要ない。 「Yeees!」 一瞬にして、牛だか豚だか猪だか鹿だか鳥だかわからなくなった細切れの肉を前に、政宗はニヤリと笑った。 『うわああ…殿ならやりかねないけどさぁ、いくらなんでもWAR DANCEで料理する?!』 ぷおおおおっ。 「うるせぇな、ちまちま包丁で切るより早いだろ」 『効率の問題じゃなくて! 人として! だって殿、その刀人切ってるんだよ』 ぷおおおおっ。 「HA! てめぇはそんな細かいこと気にするタマか?」 『……殿の料理がまずいわけがよくわかるよ』 ぷおおおおっ。 「あーもーぷおぷおうるせーな」 囂々たる成実の抗議を黙殺し、政宗は次に味付けにとりかかる。 たらいに醤油を張り、そこに塩、砂糖、酢、片栗粉、卵、マムシ酒、イモリの黒焼き、ニラ、ネギ、ニンニク、伝説の南蛮野菜を放り込む。 よくかき混ぜ、いい感じに真っ黒になったところで肉を投入。 味が染みたと思しきところで掴みあげ、同じくWAR DANCEで切り刻んだ魚介類とこねあわせ整形。渾身の握力でもって握りつぶすのを繰り返す。 できあがったつくね団子らしき物体を政宗は満足げに見た。 隠し味に唐辛子や山葵を塗りたくると、両手に装備した六爪にそれらを突きさした。 『えー……うそうそ、うそだよね殿……!』 ぷおおおお。 心なしか元気のない法螺貝音を無視し、戦慄する成実と兵士たちの視線を受け止め、 「HELL DRAGON!」 『やっぱりやったぁぁああああ―――!!』 ぷおおおおおおおおおっ。 こんがり焼けて炭と紛うばかりになった肉団子を、政宗は自信に満ち満ちた表情で皿に置いた。 「Finished(できたぜ)」 雷球を受けた成実にも観衆にも、もはや言葉はない。 一方、のもとには伊達印の野菜と見張りが届けられていた。 両方とも、送り主は小十郎である。 いくら野菜派同志とはいえ、小十郎は政宗の右目では忍嫌疑持ちの怪しい余所者なのだ。 ひょんなことから始まったこの料理対決であるが、それに乗じてが毒でも盛らないとも限らない。 政宗も限りなく毒物に近い産業廃棄物を生産するが、小十郎は臣下として政宗には調理場立ち入り禁止令を出すだけで見張りはつけない。 小十郎自身が見張りに立たないのはなぜか。 それは、 彼自身は骨の髄まで野菜派だが、一番の忠臣であるために公平性が期待でき、なおかつ政宗の料理を食べても寝込むだけで命に別条はないという鉄の胃袋を持っているから、というのが理由である。 「政宗様……どうか、どぅーか、御無事で」 その政宗が恐怖の大魔王に変貌を遂げているともしらず、小十郎は適当な神に祈った。 傍らには愛刀を準備してある。見張りがの不審を告げたら、すぐに彼を斬るつもりなのだ。 やがて、興奮と恐怖に満ちていた外の空気が変わったのが感じられた。敏感な馬たちが耳や鼻をぴくぴくさせる。 それは台風の目のように表面上は穏やかな、しかし混沌と危険の予感を孕んだもので、かすかに聞こえるどよめきの中に混じる悲鳴のような歓喜の絶叫のようなものが一際不気味だった。 その音声を表現するのは難しいが、もっとも的確に表すなら(小十郎は知らないが)ザビー教の信者が挙げる雄叫びに似ていた。 ぴくりと眉を動かした小十郎の予感を肯定するように、荒々しく厩舎の扉が開かれ見張りがこけつまろびつ走りこんでくる。 怯えた馬が甲高い悲鳴をあげてのけぞった。 「こ、こここ小十郎様ぁ!」 「うるせぇ! 報告はどうした!」 「き、奇跡です!」 「何?」 「お、おれ達生命の神秘に立ち会ってるんですぜ!」 「意味がわからねえぞ! あの道化師はどうだった、毒は盛ってなかっただろうな?!」 「いいえいいえ! 毒どころか、神様ですぜあいつぁ!」 意味のわからないことばかりわめく見張りに業を煮やして、小十郎は厩舎から走り出た。 呆然と立ち尽くす人垣をかき分け、盛り土の上に設えられた台所に近寄る。 そして小十郎は、奇跡を見た。 こんがり焦げた成実は困っていた。彼は、人生これ以上はないだろうというほどの混乱の極地に立っていた。 今更政宗に焦がされたからといって困るような日常は送っていない。 それが彼の気質を如実に表しており、そんなトラブルメーカーの彼は大抵の状況をおちゃらけて乗り切る高い順応力を持っていたが、その順応力の限界を超えた光景が目の前にあった。 「な、何よ…っ。食べたくないなら、食べなくてもいいんだからね…っ!」 美少女である。 髪を高い位置で二つ結び、その緑色の髪(……?!)に囲まれた小さな顔は勝気な顔立ちで、白い肌に桃色の頬が愛らしい。細っこい手足は庇護欲をそそり、また嗜虐心もさりげなく刺激してくれる。見慣れない衣装(洋服)に体を包んでいるので、露出した二の腕や膝頭に思わず目が行ってしまう。 恥ずかしげにそらされた視線、憎まれ口を叩く桜色の唇、どこをどうとっても見事な美少女であった。 大きさ、という一点を除けば。 まず彼女が立っている場所というのが政宗の炭が乗せられているのと同じ大きさの皿であり、彼女の身長はそこらに転がっている菜箸よりも小さい。まな板の上に放置されている、彼女よりも大きな包丁がいやに禍々しく見える。まな板の更に向こう、鍋にはまだちらちらと緑色の塊が見えており、中身を覗きこもうとすれば「イヤ――!」とか「覗きよ―――っ!」という悲鳴が上がる。 「あ、その子達はまだ服を作ってないから見ないで」というの制止が左から右へ抜けていく。その子達? どうしよう。 成実の頭にあるのはそれだけだ。 流しには野菜の切れっぱしがあるのに、人参の皮が、ネギのひげがあるのに、どうして彼の料理は動いて喋る美少女なのか! 自然の摂理すら超越した光景に目眩を覚える。皿の上の美少女がちらちら期待を込めた目で見てくる。 食べてほしいのだろうか。どっちの意味で。 『おおおおおおおおオレの馬鹿野郎ぉぉぉぉお!!』 ぶおおおおおおおおおっ。 「うをおおおおお?! シゲザネどしたの?!」 だめだだめだ考えるなオレ。考えたら負けだ。人としてだめだ。 頭を抱えて虚ろな目でぶつぶつぶつぶつ呟く成実に、は思わず後ずさった。 そんなに変なところがあるだろうか、とは思う。 今回の料理は近年稀に見る傑作で、手足のラインもスリーサイズもうまくいった。 ひょっとしたらツンデレは成実のタイプではなかったのかもしれない。そう曲解したは、 「大丈夫清楚なのも萌え系もお姉さまもまだ鍋にいるからっ!」 「そうじゃねえ―――!」 絶叫と共に拳が降ってきた。 見事に脳天に落ちた衝撃にはぎゃっと叫んで悶絶する。見上げれば、仁王の如き小十郎が陽炎を揺らめかせながら立っていた。 その背後に政宗がいる。 「何するのさコジューロー?!」 「黙れ……てめぇ、覚悟はいいか……!」 「か、カクゴ? 俺ただ料理しただけじゃんか!」 「やかましい! 人参を…、ゴボウを…、ネギを! てめぇ、野菜に一体何しやがったんだ!」 「洗って切って炒めて煮ただけぇぇぇ!」 「嘘をつくな!」 烈火の如く怒り狂う小十郎の拳をコマネズミのように避けながらは叫んだ。 何だどうして俺こんな追いかけまわされてるんだ理不尽だ! 毒どころか政宗のような固有技も持たず、ただ普通に料理して異常な作品を作り上げたは、困ったことにその作品が異常だということを自覚していない。 小十郎は一向にの言い訳を信じてくれない。向こう側に行ってしまった成実は独り言ばかりで役に立たない。元信は政宗が雷を出した時点で怪しく笑いながら城に引っ込んだ。……明日が怖い。 「Ah…小十郎、それくらいにしとけ」 「しかし政宗様!」 「俺が見てたのは途中からだが、は確かに普通の方法で料理してたぜ」 思いもよらない人物からの援護に、は思わず政宗の顔をまじまじと見た。 驚異の眼差しを恥じらうツンデレに注いでいた精悍な顔はどことなくひきつり、旅立った成実を見ないように努めている。 「mysteryの秘密にもあえて触れはしねぇ。秘伝とかはあるだろうしな。……で、だ。小十郎、審査しろ」 何とも寛大な言葉には感動した。ミステリー云々は心当たりなどさらさらないが、小十郎から救ってくれただけで政宗の心証は大幅アップである。 対して、審査を要求された小十郎は固まった。 政宗はさりげない風を装いながらも、引き結んだ口には緊張と期待が渦巻いている。 常の肉食獣を思わせる切れ長の目がやけに子供っぽい光を帯びているが、ずいと差し出された皿の上には炭。 一体これのどこが野山を駆け回っていた動物なのだと問いたい。しかし、まさか審査を拒否することはできない。 また、もそろりそろりと皿を差し出してきており、その皿の上には、 「た…食べてほしいだなんて、思ってないんだからね…!」 「あの…ふ、不束者ですが……」 「にーたん、わたしを食べてくれるの?」 「あら、素敵なひと。ねえ、私を最初に選んでね?」 どうしろと。 食えというのか。炭を。人間を。 前者はともかく後者はひどく猟奇的だ。うっかり倫理的な何かを踏み出してしまいそうな気がする。 「……色々聞きてぇことは山ほどあるが……まず、何を作ったのか説明してください」 「OK 俺は見ての通り肉団子だ。肉は全種類制覇した! 味付けにも気を使ったぜ!」 『うそだ、絶対にうそだ!』 ぷおおおおおっ、ぷおおお! 「やかましい成実! 司会が審査に口出しするんじゃねぇよ!」 「マサムネ横暴……俺の自信作は」 「STOP 言うな。絶対言うんじゃねぇ」 「えー?! Why?!」 (聞いたら戻れなくなりそうだからだよ!) 口にこそしなかったが、会場の全員が同意しているのが政宗には感じられた。 唇を尖らせてぶーたれるの文句などには、全体意思を覆す力はない。 しかし、いくら現実から目を背けても、それを食べざるをえない小十郎は戦慄する。 「、一つ聞くが…これは、本当に食べ物だろうな?」 「食べ物だよ! 材料は」 「あーそれはもういい。で、どうやって食べる」 「? こうやって」 「……………!!」 はもじもじしていた清楚な美少女を無造作につまみあげると、その頭に食らいつき、 きやああああああああああああああああああああ――――――――――――――――!!! 口の中からくぐもった悲鳴が聞こえてくる。 一度ぴんと強張ってすぐにだらりと垂れた少女の体をくわえたこれまた少女のような道化師に、会場がしんと静寂に沈む。 罪悪感も何もなく、口から人間の体をぶらさげた少年というのは鬼か悪魔の化身を思わせ、それは見事なまでに猟奇的な光景だった。 言葉も顔色もない小十郎たちに、は懇切丁寧に説明する。 「ほうやって頭を食べはら、中身を吸うんらよ」 「食べ……吸………?!」 実演してみせた。 見る間に中身を吸い出され、瑞々しさを失って老婆のように干からびていく体。 政宗は青ざめた。 小十郎は目をかっ開いた。 成実は悲鳴をあげ、観客の何人かは卒倒した。 最後の一滴まですすり取ると、は水気で光る唇で言った。 「本当は皮も食べられるんだけど、服は布だから、脱がせられなくて」 「こ…この、人でなし!」 「What?! 何でさマサムネ?!」 「……てめえ、何したかわかってンだろうな……?」 「ええええええ、俺ただ食べただけ! 料理食べただけ!」 「「やかましい!」」 理不尽! 伊達主従の攻撃を必死かつ身軽に避けながら、は叫んだ。 「こ、コジューロー早く食べてみてよ! 絶対おいしい! 保証するから!」 「誰が食うか! 俺は人間だ!」 「何それ?!」 絶叫しつつ、小十郎の斬撃を避ける。と思ったらそこに雷球が間髪入れず飛んできて、は無茶苦茶な体勢で逃げ回った。 すると、その途中で裾をひっかけて政宗の炭を落としてしまう。 その瞬間、内心で小十郎はを誉めた。 「あ!」 「……てめえ、もう許さねぇ!」 「わああああMi scusi(ごめん)マサムネェエエ!」 「わからねーな!」 完全にキレた政宗は六爪を装備し、料理対決など忘れ去って走り出した。 「わざとじゃないよ! ごめんってばああああ!」 「ごめんで済むかああああ!」 |
史実の政宗は料理上手らしいです 伊達家はセリフが多くなる罠 080223 J |
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