不幸中の幸いというべきか、不法入国は心配しなくて良かった。
 剃られないよう頭を庇いつつ観察したところ、コスプレ住民たちが使っているのは日本語だったからだ。
 体を張ったサービスを提供している彼らを刺激しないように、はそぅっと集落に踏み込んだ。
 気配を消すのは得意な方であったのだけど、やはりというか洋服前髪付きは目立った。
 注目を集め出しているのを感じての心はびくぶる状態だ。今なら未来のドン・ボンゴレなんて目じゃない。


 やっぱり剃らなきゃいけませんか?


 は故郷で直面したカルチャーショックに泣きそうだった。










 1/2のクラウン! Due : よってらっしゃい見てらっしゃい









 「Buongiorno, avvenente signorine e bello signori! (こんにちは、愛らしいお嬢さん!男前のお兄さん!)Benvenuto, signore e signore! (いらっしゃい皆さん!)お集まりの皆々様、よってらっしゃい見てらっしゃい!」


 何がどうアクロバットしたのか、はイタリア語で口上を叫んでいた。
 浮かんでいる表情は笑顔だが、どこか必死さが漂う。

 (気張れ俺! ここが頭皮の別れ道だ!)

 十代にして頭皮の心配をしなければならなくなった悲しい理由は、ひとえに故郷・日本の変貌にある。
 幼い記憶に残る故郷では茶髪長髪がたくさんいたはずだが、5年の間に、男子においては自虐的ですらある髪型が主流となったようだった。
 あんまりな変貌に絶望したが、落ち込んでばかりはいられない。
 己の髪も刈られるかもしれないのだ………!


 皆一緒に平均値が好きな日本人の特性を、同じ日本人であるは理解していた。
 まるで何かの規則に従っているかのような見事なハゲは、もしかしたら本当に何かの法律にでも定められているのかもしれない。
 仮にも民主政治が何故そんな絶望的な法案を通したのか疑問だ。
 旅は道連れ地獄行というやつか。
 毛根の死滅を認められなかった高齢者が、若者を巻き込んでヅラの必要ない社会を目指したのか。
 高齢社会ではありうることなのかもしれない。が。

 いっそ凄惨だ。
 そんなところで平均を見出さないでほしい。

 心底恐れを抱いたは、自身の毛髪を守るべく、また今日の食費を稼ぐべく、一計を案じた。
 芸人として、パフォーマンスをするのである。


 それのどこが計略なのか。
 芸人=普通でない格好をしてもおかしくない人、これを利用したのである。
 つまり、芸人と認識されれば髪を剃らなくてもいいかもしれない………!
 はこの時ほど、自身の職業に感謝したことはなかった。

 そして冒頭へ戻るのである。





 英語の浸透した現代社会でも、あまり使われないイタリア語は注目を集めるのに一役買った。
 まして、着物の群の中で洋服前髪付きである。目立つと言ったらない。


 はその場所が、(涙がちょちょ切れそうではあるが)現代日本と信じていた。


 十分なギャラリーが集まったと判断し、はとても楽しそうな笑顔を浮かべる。
 クラウンモードスイッチオンだ。
 もともと男にしては華やかな顔が、更に性別不詳な雰囲気を帯びる。
 …………余談だが、これに色を載せるだけでストーカー防止条例違反者を大量に発生させることができる。

 数年前団長からかっぱらったジャグナイフを装備する。
 柄に綺麗な装飾がされた本物のナイフだ。刀身が硬質な光を反射した。


 さあ、ステージの開幕だ。


 音楽も道具も仲間もいない一人っきりのサーカスだが、サーカスであることに変わりはない。










 その日、真田源次郎幸村当年とって17歳は機嫌が悪かった。


 まず、朝起きて外に出た途端鳥に糞をひっかけられた。
 非常に落ち込んだがウンがついたのだと慰めて水垢離をした。暑さを増してきた近頃、浴びた井戸水は非常に気持ちが良かったのでこれはまあいい。

 次に、朝餉をとる前に一汗流そうと道場に向かったら、入り口で下駄の紐が切れて頭から石段にぶつかった。
 非常に痛かったが割れたのは石段の方だったので痛みわけだ。佐助は呆れていたがとりあえず当初の目的である修行はできたのでこれもまあいい。

 三つ目に、朝餉で取れたての豆の塩茹でを食べていたら、さやの中で丸々と太った芋虫が茹で上がっていた。
 非常に気持ち悪かったが食べられないこともなかった。新しい発見になったのでこれもまあ……あまりよくないがいいことにする。

 四つ目に、暫く泊まっていた躑躅ヶ崎館から所領に帰還しなければならないので、信玄との最後の修行を申し出たが、残念なことに叶わなかった。
 非常に心残りだが拙者のわがままにお館様を付き合わせるわけにはいかんと納得させる。これはこれでいいことにしなければならない。

 五つ目に、名残に買いに行った贔屓の団子屋が、今日に限って休みだった。親父がぎっくり腰を起こしたそうだ。
 非常に残念だが親父のぎっくり腰は気の毒なことなのでわがままは言えない。養生しろと言って薬を渡した。これはしょうがないことだ。

 六つ目に、所領への途中で昼食を摂ったのだが、気がついたら足元でわけのわからない虫が死んでいた。
 非常に衝撃的だったが状況的に自分が蕎麦を食べつつ踏み殺してしまったのは明白なので丁重に弔ってやる。申し訳ないことをした。

 七つ目に、うっかり馬上でうたた寝をしてしまったら、その隙に蜜蜂が鼻の穴に飛び込んだ。
 非常に驚いたが鼻の中を刺されるという大惨事になる前に佐助がくれた鼻紙で事なきをえた。しかしその鼻紙はなんと春本(エロ本)の切れ端で、露骨にしまったという顔をした佐助やら、そんなもので鼻をかんでしまった己やら、描かれた女の真ん中辺りで、鼻水だらけで動き回る蜜蜂やら………。



 そんなわけで、大好きなお館様の躑躅ヶ崎館から離れなければならないだけでしょんぼりしていた幸村は、これ以上ないほどにしょんぼりしていた。
 肩を落とした背中は、真っ赤な着物を着ているはずなのに煤けて見える。
 原因の一端を担った佐助は一応申し訳なさそうにしていたが、その実面白がっているのがこの男だ。
 微妙に嫌なことがこれでもかと続いた己が主に、同情しつつも捩れる腹を我慢できない。

 がしかし、さすがに放置は可哀相だった。
 そろそろ慰めてやろうかねと考えた矢先、佐助の優れた聴覚が賑やかな歓声を捉えた。
 同時に幸村も気付いたらしく、しっぽ髪を跳ねさせて顔をあげる。
 二対の瞳が向かった先に、黒山の人だかりができていた。

 「佐助、あれはなんであろうか?」
 「んんー…旅芸人か何かかな?」

 興味を示した幸村に、ちょっと寄ってみますかと提案する。
 すっくすく育った見た目に反し、年齢にそぐわぬ幼さを持った彼はすぐさま頷いた。
 その横顔は新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。
 全くこのお人は、と佐助は内心苦笑い。これで虎だの鬼だの物騒な通り名を持つのだから人は見かけによらない。

 立ち直りの早いお子様とその保護者は、部下に馬を任せると足早に野次馬の群に加わった。
 そしてそこで唖然とした。





 男とも女ともつかない、奇妙な着物を着た若者が、人間には到底無理と思われる角度に体を曲げている。
 佐助の頭に新手の拷問かと物騒な思考が浮かぶ。
 ところが拷問被害者は満面の笑みで、奇妙奇天烈な姿勢のまま、足で小刀を弄び始めた。
 小刀の輝きは名刀のそれで、ちょっとでも失敗したら若者の足の指が落ちてしまうことは確実だ。
 そんなことは意に介した風もなく、若者は足で器用に小刀のお手玉をやってみせた。
 やがて小刀をぽーんと高く蹴り上げ、その隙にバネをつかって跳ね起きる。
 優雅に微笑んだと思ったら、細い体に沿うように落下してきた小刀に飛び上がった。その仕草はやけに滑稽で笑いを誘う。
 

 若者は今度はうって変わって、恐る恐る小刀に触れた。
 地面に刀身半ばまで突き刺さった小刀の柄を指先だけでつつき、不思議そうに首を傾げる。
 反対側の小刀にも同じ仕草で触れた若者に一体どうしたのかと注目すれば、若者は、小刀と小刀の間の何もない空間に弾き飛ばされたように尻餅をついた。
 ぎょっとした観客たちに助けを求めるように、若者は憐れっぽく腰をさすり、その何もない空間を叩き始める。
 少しの間必死で叩き、やがて悲しそうに顔を伏せた。
 まるで見えない壁が存在するかのようだ。

 「しっ、しばしお待ちを! 今すぐ拙者がお助けいたす!」
 「の?! ちょ、ちょっと旦那?!」

 突然叫んだ幸村に佐助はぎょっとして振り向いたが(なんてことだ、忍が芸に夢中になるなんて!)時既に遅く、本当に若者が閉じ込められていると思ったらしい幸村がバネ仕掛けよろしく飛び出した。
 体格の良い若武者が勢いよく若者に向かっていく。
 若者を閉じ込める壁などあろうはずもないのだから、ああ旦那ったらなんてことを! と佐助はすぐさま謝罪の言葉を考えた。
 純粋といってもここまでとは。
 過ぎたるは及ばざるが如し、いやむしろ及ばない方がどれだけいいだろうとちらりと思う。

 ところが佐助の予想に反し、何もない壁にぶつかる気まんまんの猪を若者はさらりと避けた。
 まさに最小限の動き。
 途端に佐助は警戒した。幸村ほどの武士の突撃を避けられるとは、ただの芸人ではない。
 しかし若者はあくまで芸を続ける気らしく、予想していた壁に当たることなく引っくり返った幸村の横で、声にするなら「あらマア壁が破れたわ!」とでも言わんばかりの無言劇を晴れやかな表情で演じている。
 目を白黒させて起き上がった幸村に、若者はしなやかに跪き。

 流れるように、頬に唇を寄せる。


 「………へ?」

 若者は佐助の間の抜けた声もびしりと固まった幸村も気にせず再びしなやかに立ち上がり、

 「Grazie mille!(ありがとうございました!)」
 耳慣れない言葉と共にようやく声帯を震わせて、やたら大仰なお辞儀を一つ。


 我に返った観衆の拍手と、同じく我に返った茹でた海老のように真っ赤な幸村の悲鳴が響き渡ったのは同時だった。

 「は、破廉恥でござるうううううううぅぅぅぅう――――――――――――――――!!!!」
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!


 白状すると、佐助も拍手要員その1だった。


演技がちゃちいとかはナシの方向で…!
080123 J

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