武田を利用した北条の画策を見破ったところで、防げなければ意味はない。
 申し開きをしようにも証拠はないのだ。
 それに、と政宗は考える。
 あの信玄のことだから、民を殺された報復というのが一番の理由であることは間違いない。しかしそこに、奥州に覇を唱える伊達を併呑せんという野心が無いことはあるまい。
 時代は戦国乱世。力で他国を切り取ることが、自国の防衛の手段でもあるのだ。

 (さて、どうするか)

 まともに武田とやりあっては、北条に付け入られる。
 武田とは何度か戦ったが決着はつかず。つまり力は互角。連戦しなければならない可能性を考えると、使える手は少なくなる。
 何しろ武田は剽悍な軍だ。
 信玄、幸村、騎馬隊と、金看板が三つもある。

 (真田幸村、)

 自他ともに認める好敵手だ。
 政宗は武田との戦のたび、彼と戦うのを楽しみにしている。
 だが今回は、それを楽しみにするわけにはいかなかった。
 彼の若い肩には、奥州の浮沈がかかっているのである。自分の感情に国を巻き込むわけにはいかない。

 「政宗様…どうなさるのです」
 「Ah−ha……」

 戦場となるであろう国境付近の地図を睨みつけ、政宗はその一点を指差した。

 「武田との戦場はおそらくここだ。この辺りは平原だからな、騎馬隊自慢の武田は馬が活かせる場所に陣をしきたがる」

 対して北条はと視線を巡らせる。
 武田と北条は領地を接しているので、戦場となるであろう場所も近い。

 「あのジイさんは忍自慢のくせして正々堂々が好きだからな。この辺りの平地だろう」
 「武田と近うございますな」
 「Ha! モグラみてぇに、出てこねぇだろうよ」
 「んー、殿、でもこれじゃヤバくない? 武田に勝ったって、めちゃくちゃ疲れてるだろうし。こんなに近かったら、休む間もないよ」
 「ああ。だが、疲れずに勝ったらどうだ?」
 「……何ですと?」
 「見栄はやめときなよー。根性入れたって、無理なもんは無理だぜ」
 「成実、てめぇは黙れ。政宗様、何か策がおありで?」

 政宗はにやりと笑った。

 「武田騎馬隊を叩く。武将どもや大将の首はいらねぇ、虎の手足をもぐ」

 伊達にとって、これは防衛戦だ。わざわざ攻め入って信玄の首級を挙げる必要はない。
 被害が甚大になれば、武田は報復戦どころではなくなって兵を引くだろう。
 要は、負けなければいいのだ。

 武田にとって、騎馬隊は折れない誇りのようなものだ。
 騎馬武者は勇猛果敢、武田軍が彼らに寄せる信頼は絶大なもの。
 だがそれは、逆に弱点になりうると政宗は見ていた。

 「騎馬武者は強力だが、育てるのに時間がかかる。いいか、武田兵は騎馬隊っていう柱は折れないと思ってる。それが崩されちまったら士気はガタ落ちだ。簡単に替えが利かねぇから、戦力自体もしばらく落ち込むだろう。そうなったら武田は織田や豊臣の食い物になっちまう。信玄坊主もアホじゃねぇ。決定的に甲斐を奴らのdinnerにする前に、撤収するだろうよ」

 政宗は悪役バリバリの笑みを浮かべた。

 「big partyだ。一気に奥州を広げるぞ」










 1 / 2 のクラウン! Diciotto : 奥州筆頭伊達政宗









 政宗はまず、軍を大きく四つにわけた。
 第一大隊は政宗率いる対武田隊、第二大隊は小十郎率いる対北条隊、第三大隊は補給部隊、第四大隊は成実率いる遊撃隊だ。
 各隊の兵力は均等ではない。
 比率にすると、三:二:三:二。そのうち第一大隊は鉄砲兵・弓兵を中心に組織し、第二大隊、第三大隊は忍を多く配置した。

 この戦は、いかに対武田戦で消耗せずに、武田軍を撤退させるかにかかっている。
 伊達軍は、勝とうが負けようが連戦しなくてはならないのだ。
 そのために、政宗は姑息ともとれる手段を採った。


 まず、第一、第二、第四大隊は目星をつけた戦場に急行し、泥まみれになって数多の罠をしかけた。
 その指揮を執ったのは小十郎だ。
 彼は当日の風向きまで考慮して、やたらえげつない罠を張った。
 思わず言いだしっぺの政宗まで引いたほどである。
 小十郎は忍の多い北条に仕掛ける罠はもっとおぞましいものを用意したらしいが、あんまり怖いので内容は聞いていない。
 北条殲滅壊滅撃滅と呪詛のように唱える背中には悪魔の羽が見えた。



 次に政宗はありったけの鉄砲と弓を集めた。
 元々先進性に富んだ彼は、多くの鉄砲を所持している。
 奥州では良質の玉鋼が取れ、関鍛冶も多いので、南蛮や堺から購入するだけでなく自家製することもできるのだ。
 もちろんそれを可能にしたのは、鉄砲の生産を奨励する政策を布いたからである。

 政宗は鉄砲の三分の一を一旦第三大隊――補給部隊に回した。
 荷車に大量の銃と弾薬、弓矢を積んで、補給部隊は続々と灌木に紛れていく。
 補給部隊の護衛には第四大隊をつけた。
 これは成実率いる血気盛んな隊で、主に足軽で構成されている。
 成実は最初補給部隊の護衛と聞いて口を尖らせたが、詳しく説明するうち真剣な表情になった。


 この戦の命綱は、補給部隊なのである。


 今回の戦で、肝要なことは二つ。
 一つは、自軍の消耗を最小限に抑えて武田と和睦すること。
 もう一つは、手ぐすね引いている北条の虚をつくことだ。


 武田に完勝することは難しい。必ず少なからぬ損害が出る。
 だから政宗は、「戦わずして勝つ」ことを選んだ。
 それが和睦である。
 戦うことを封じた以上、完全な勝利をこの手にもぎ取ることはできない。
 ならばできるだけ有利な条件で、事実上の勝利を手に入れるしかないのだ。
 そのためには、優勢に戦を進めた上でこちらから歩み寄ってやらねばならない。
 和睦である以上多少の譲歩はしなければならないが、それも計算のうちだ。


 政宗は、武田にとってこの戦が報復戦であることを利用した。
 限りなく侵攻に近い報復のためには、信玄は甲斐を出てこざるをえない。
 つまり敵地に赴くのである。
 それは信玄を縛る枷にもなる。政宗にはそれがよくわかっていた。
 信玄も政宗も、一国の主なのである。
 国を守り、豊かにする義務がある。
 そのために他国を侵略することもあろうが、その時彼らが考えなければならないことは一つだ。

 自分の国を守ること。

 他国の領土にあってさえ、国主は国を守らなければならない。
 彼らの双肩には、彼らの国に住む民の命がかかっている。
 国主は、戦に負けても死ぬわけにはいかない。
 死ねば、誰が民を守るというのか。

 (一国の主が何としても守らなければならないのは国)

 それがために、信玄の歩みは遅くなるだろう。
 勝手のわからない土地で、討ち死にするわけにはいかない。それはつまり、信玄が幸村のように最前線に出てくる可能性が低いということだ。

 そこで政宗が狙うのは、信玄の手足ともいうべき武田騎馬隊だ。

 他国にあっても自分の国を心配しなければならない国主が撤退を決める理由は、自国に危険が迫っているか、著しい戦力の低下。
 前者はいうに及ばず、後者では大きく二つの理由が発生する。どちらも国に関わることだ。

 まず一つは、敵に打ち破られる可能性が増す。死ぬわけにはいかない国主にとって、これはなんとしても避けなければならない。

 そして二つ目。将来的な問題。
 失う戦力が大きければ大きいほど、帰還後の自国の危険が増す。
 自国を守るための力が損なわれれば、侵攻を受けるのは必定。それを退ける力を最低限維持しなくては早晩国は滅びる。

 政宗が騎馬隊に狙いを定めたのはこういうわけだ。
 育てるのに時間のかかる強力な部隊の壊滅は甲斐それ自体の戦力低下を意味する。
 織田に領地を接する武田は困窮するだろう。
 その時武田がどうでるか。政宗の頭にはそこまで未来が描かれている。
 騎馬隊を滅ぼせば、甲斐それ自体が揺らぐだろう。


 しかし、騎馬隊は最強の異名をとるだけあって簡単には滅びまい。
 攻め込んで信玄の首を取るよりは難易度は低い。だが、それは簡単ということとは違う。

 (騎馬隊さえ壊滅すれば、信玄は牙を失った虎だ。武将が全員残っていようと、撤退する)

 なんとしてもそのように持ち込みたい。
 そこで使うのが、鉄砲だ。

 武田は奥州まで行軍しなければならない。
 その道中で、できうるかぎり兵の数を減らす。
 奇襲をかけるのだ。

 とは言っても、セオリー通り足軽をふんだんに使った奇襲はできない。
 対北条に、兵力を温存しなければならないのだ。
 そこで使うのが、補給部隊と第四大隊である。

 「いいか成実。まずテメェらは、細い糸みてぇに途切れ途切れに進む第三大隊を護衛しろ。この戦の決め手は鉄砲だ。絶対に奪われるな。さもなくば滅びる」
 「了解」
 「第三大隊の荷車は、一台か二台でところどころに止まる。武田の通り道だ。部下を十数人残し、そいつらに鉄砲を持たせろ。奇襲だ」
 「わかった。……でも、奇襲するにしては、割り当ての人数少なくない?」
 「誰が普通の奇襲をすると言った? 攻撃は鉄砲と矢だけだ。慌てふためく武田軍を、三段撃ちでもしてできる限り減らせ。突撃はしなくていい。鉄砲は貴重だからな、ある程度減らしたら忍に預けて弓矢に変えろ。忍は回収したら、第一大隊まで銃を届ける。数を減らした武田は小十郎の罠と鉛玉でまた出迎えられるわけだ。第四大隊はそのまま遊撃隊に移行。第一大隊は飛び道具が主だからな。攻め込まれても防げるように有力武将は配置するし俺も出るが―――今回は守りだ、突撃はしねぇから睨むのをやめろ小十郎―――、万一のために戦場を窺ってろ。武田が終わったら北条まで走るから体力は温存しとけ」
 「なるほど……わかった。………あのさ、でも殿、一ついい?」
 「何だ」
 「これ、すっげ卑怯」

 政宗は、隠れたところから飛び道具で奇襲をかけると言っているのだ。そこに武士道はない。

 「やかましい、状況わかってんのかてめぇ?!」
 「ぎゃっ。小十郎!」
 「まともに戦りあえる場合じゃねぇんだぞ!」
 「わかってるわかってるぅ! ごめん殿!」

 成実だってわかっているのだ。今回はまともな戦をすれば負けるということが。
 それでも言ってしまったのは、相手があの武田軍だからで。
 武将の成実は戦場に出れば血が滾る。強い相手と戦いたい。武田軍なら願ってもない相手なのだ。
 それは政宗も同じはずだ。
 武田には真田幸村がいる。もしかしなくとも成実より政宗の方が、まともに戦りあいたいだろう。
 こんな、刃を合わせるのを避けるような戦法でなく。
 成実の言いたいことを察したかのように、政宗は居心地悪く頭を掻いた。

 「気遣いはいらねぇよ。確かに真田と戦いてぇってのはあるが、真田との私闘より奥州の方が大事だからな」

 全てはそこに帰結する。
 姑息ともとれる戦の展開を決めたのも、卑怯者の誹りを甘んじて受けるのも、全て奥州を守るためだ。
 この戦、負けるわけにはいかないのだ。

 「殿……」
 「政宗様……」
 「ァんだよ辛気臭ェなぁ。おい小十郎、泣くんじゃねぇ」
 「うぅ…あんなやんちゃ坊主が、もうどうしようもないアホタレだった政宗様がここまで立派に……」
 「Shut up! テメェ戦から外すぞ!」
 「わーん殿〜! 殿がオレの殿で良かったー! もういくらでも死ねるよー」
 「ぐふっ! 成実離れやがれ! てめぇ図体を考えろ、マジ息がとまったぞ!」
 「わーん」
 「うぅ…」
 「あーくそ、さっさと鼻かめ、まだ話は残ってんだ!」

 男泣き二名によって緊張感が逃げ去ったのを感じて、政宗は溜息をついた。

 「殿、ほっぺた赤い」
 「Shut up!」


さんざん伊達の作戦を悩んで悩みぬき、
結局歴史をごちゃまぜにすることにしました
……半兵衛の脳みそがほしい
080205 J

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