頭上には見事に紅葉した木々、足元には西洋織物のように複雑な模様を描く落葉。
 山は折しも秋たけなわ、絢爛豪華な色どりは目に眩しいほどで、濃密に漂う甘やかな芳香は爛熟した恋のようだった。
 潤いを失いつつある秋草を韓紅やら金色をした落ち葉が覆い、竜胆や桔梗が淑やかにすっと佇んでいる。

 途中で見つけた柘榴を食みながら、政宗は佐助が弁当を広げる様をぼんやりと見ていた。
 紅葉を透かした陽光は艶やかに煌めき、夢中で食膳を整える佐助の鬼気迫った微笑を際立てる。
 蔦と烏瓜の絡んだ老木を見上げた佐助が、余人には意味の通らぬ囁きを呟き始めるまで時間はかからなかった。

 そこに幸村がいるのだろう。政宗にはもうわからない。

 佐助は嬉しそうにおかずを取り分け、誰もいない空間に差し出しては皿ごと地面に落としてしまう。
 次から次へと給仕する佐助の膝頭は、丹念に作られた料理のなれの果てで斑に汚れた。

 政宗は、赤に取り囲まれた、あまりにも陰鬱な光差す場所に背を向けた。佐助の笑い声が追いかけてくる。旦那は本当によく食うね。
 逃げるように紅葉の道を辿る。遠く百舌の鳴く声がする。

 ――――政宗殿。
 「………幸村…」

 聞こえた声に足を止めた。
 振り返る視線の先に、古木の紅葉を見上げては無邪気な歓声をあげる幸村がいた。

 ――――政宗殿、政宗殿。

 ――――美しゅうございますなぁ。

 落ちてきた団栗がそのまま口に入りそうなほど間抜けな大口を開けて、幸村は満面を綻ばせる。
 頭上に紅葉、足下に落葉、目に映るは絢爛豪華な綾錦。
 圧倒的な美景の洪水の只中において、ただその微笑みに目を奪われた。
 紅葉は血より赤くも透明に煌めき、幻惑されたように頭が回る。
 金木犀の香はさながら媚薬だ。

 「幸―――」

 手を伸ばした、その指の先が触れる前に、鬼女が歪めた幽界の門は閉じた。
 死者の名残か、あでやかな紅葉が一枚、はらりと指先を掠める。


 未練がましく求める形に広げた指を閉じた。
 額を押さえ、小さく上を向く。くつくつと笑いがこみあげて、その虚しい笑い声が赤い世界に淡々と舞い落ちる。

 「……ダッセェ……」



 なあ、幸村、あんた本当に死んだんだな。
 あんたはもう、どこにもいない。






     四通目