幸村へ

 今、お前にとても会いたい。




 紅葉狩へゆく、と告げた時小十郎は顔を強張らせた。
 理由は明らかだ。忠実な右目は、たった一つ残された左目の捉えるものを大層気にかけていた。
 彼が何かを言い出そうとするのを制す。
 夢見る時間が過ぎたことくらい、もうわかる。

 「あいつの死を確かめにいく」
 だから止めるな。


 口に出せば随分とあっけない。真田幸村の死。乾いた唇は、いとも簡単にその言葉を綴る。
 もっと、動揺するかと思ったが。
 存外に己の心は平静だった。嫌になるくらい。

 本当はわかっていたのだろう。死者は蘇らない。
 花闇の逢瀬も、光の底で抱き合ったのも、全て己の願望だ。


 ――――政宗殿。


 それでもその瞬間の、なんと甘美だったことか。
 死すら越えて、彼の全てを手にしたと確信した瞬間の、目も眩むような幸福感は心を毒しても構わないと思うほどだった。
 なあ、幸村、お前に会いたい。
 幽霊だろうが幻だろうが構わなかった。共に季節を愛でる、そんなささやかなひと時が例えようもなく嬉しかった。
 お前の手紙は、オレの願望でもあった。
 あんたと季節を過ごしたかった。



 道場に向かい、木刀を手に取る。
 格子から差し込む細長い光条に霞むようにして赤い衣。

 ――――独眼竜政宗殿とお見受けいたす!

 初めて顔を合わせたのは、戦場だった。
 なんとも似合いだな。吹きだすと懐かしい幻影が消える。



 鮮やかな斜陽の中、庭の縁石を踏む。
 長く伸びた柱の影から空を差した指。

 ――――ご覧くだされ、鱗雲でござる。佐助、今宵の飯は秋刀魚だ!

 彼の頭には戦いか食い物しかなかった。
 思い出すのもその無邪気な言葉ばかりだ。
 見上げた空に雲は無い。



 幸村、お前は本当に死んだのか。
 今もお前がそこにいるような気がするのに。
 会いたい。


 誰よりも、お前に会いたい。