夜空を、青く澄んだ音楽が渡る。 沢から吹いた風が、繁茂する草を順繰りに撫でていった。 己に残された一つきりの視線を遠く遣れば、月明かりの下、銀色の波とさざめく稲が見える。 世界が蒼い。 はだけた肌を風が過ぎた。 火照った体に涼風が心地良い。 事後のけだるさをまとった視線を下げると、熟れた唇が荒い息を吐いていた。 草の褥に横たえられた体は上気し、あられもない裸身を外気にさらしている。 陰影に沿って指を這わせばびくりと揺れた。 その振動で、体内から引き抜かれないままの楔を感じたのか、幸村は一声高く啼いた。 熱に浮かれた眦から涙が一筋、零れる。 こめかみを伝う雫を舐めとった。 甘露のように甘かった。 『まさ、ね、どの』 話すのもままならない快感に震える幸村を抱き籠め、首筋に歯を立てた。 しなやかな皮を隔てて、躍動する血潮の巡りを聞く。 ふと、視界の端を光が掠めた。 同時に幸村も気付いたようで、意識が逸れる。 蛍だった。 どこからか幾百の蛍が、地から湧きたつように飛び交っていた。 ちっぽけで、幻のような光。 魂が還るように、さんざめく銀河の底へと昇っていく。 息を呑んだ。美しい光景だった。 圧倒的な、寂しさを覚えた。 『なんと、美しい…』 幸村が呆然と呟く。 抱き合った熱も生々しさも覆い尽くして、小さな光の乱舞は透明だった。 蛍火の隙間を縫うようにして、蜉蝣が薄い羽を泳がせている。 幻想的と片付けるには、漠然とした寂寥を感じた。 「………余所見してんじゃねぇよ」 かり、胸のしこりを弄ぶと、幸村の口から嬌声が零れた。 『まさ、まさむねどのっ』 慌てた唇を己のそれで塞ぐ。 合わせた唇から一つに溶けてしまえばいい。深く、侵食するように深く、舌を絡めて唾液を混ぜて、呼吸すら奪いながら二人、熱を追いかけた。 長い口付けだった。飽くことは無いかと思われた。 そっと唇を離せば、幸村が荒い息を吐く。どれだけ口付けを交わしても、彼は呼吸が下手だった。 互いの唾液の生暖かさすら感じる距離で、唇を掠めながら囁いた。 「あんたはオレのものだ」 「あんたの生も、死も、オレのものだ」 何処かへゆくなんて、許さねぇよ。 蛍が星の底へ昇ってゆく。蜉蝣が夜に溶けてゆく。 政宗は、去ってゆくそれらに抗するように幸村を抱き籠めた。 誰もいない空白を、必死でその手に抱いていた。 |
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