政宗と佐助が、幸村の願いを叶えないはずがなかった。



 提灯の淡い光が宵に滲む。
 きらきらと墜ちた星のように光る露の畦道を、二人分の影が、黄泉へと向かうもののように粛々とした足取りで進んでいた。
 草木の蔭が蒼い宵に黒々と描き出され、影絵の世界に紛れこんだようだ。


 彼らは煌めくような夜を渡る。


 やがて沢の風が頬を撫でた。
 爽やかに、ひやりと冷たいそれを肺一杯に満たす。水と草の、青々しい匂いがした。
 蛙の声が耳を打つ。

 「幸村にしちゃあ、風情のある誘いだな」
 「しっかり甘味は要求してくるけどね」

 軽口を交わして沢辺に踏み込む。
 蜉蝣の透明な硝子羽を通したような細い月明かりが、気まぐれに水面を銀色に輝かせていた。



 そうして天地の銀色に挟まれて、無数の蛍火。



 すい、と泳ぐ幾千の黄色い粒に目を細めた。
 穢れなど知らぬばかりの天の川を飛び交う命どもは、例えようもなく切ない。

 『やっと来られましたな。待ち侘びましたぞ』
 「わがまま言うんじゃねぇ、てめぇのrequestのせいだろ」
 「大量に頼んでくれちゃって、もー俺様一日がかりよ?」

 蛍火を纏い、稚気の抜けぬ青年に苦笑いを零す。
 このひとを彩るために蛍は飛ぶかと思われた。



 佐助が手早く冷菓を広げた。
 水羊羹のつやつやとした表面に蛍火が映り込む。
 笹の葉に置かれた半透明の葛饅頭は、さながら大粒の露の雫のようだ。
 沢辺の平らな石に並んだ甘味を覗きこみ、幸村は破顔した。

 『おお、なんと美味そうな。佐助、かたじけない』
 「はいはい、そう思うならちゃんと味わってよね」

 微笑を含んで幸村を見上げる佐助の瞳に、つい、と弧を描いた蛍が映る。


 蛍火だけが、映る。


 しかし佐助には、喜ぶ幸村が見えていた。聞こえていた。
 余人の言葉などいらぬ。
 佐助にとっての真実は、幸村だけで十分だ。


 薄く碧を帯びた光は、籠めるかのように佐助の周りを飛び交った。
 静謐な光の虫籠の中で、佐助は目を細めて、二人だけの閉塞に酔う。
 竹の器に注いだ麦茶に天が映り込む。
 銀河の底で、蛍火がちかちかと、ちかちかと瞬いた。