太陽が白さを増すにつれ、陰は蒼さを増していく。 清涼な蒼は、水の底とも宵の底とも錯覚を生んだ。 底に沈んだ城の北側、暑気からも光からも遠い蒼の一室で笑い声が弾ける。 「………たら、共に………eautiful……」 「……じゃないよ、全く…は……」 「Oh! ………だぜ……」 こそこそと取り交わされる囁きは、川遊びを企む少年たちのように朗らかで清々しい。 しかし、耳をくすぐる二人分の楽しげな会話は、聞くものの背筋を寒くした。 二人の会話には、不自然な間がある。 彼らは二人で話しているのではない。 彼らは三人で、話しているのだ。 顔をこわばらせた小十郎は、あえて三人の二人の会話に割り込んだ。 廊下に膝をついた小十郎が部屋の中を窺うと、きょとんとした政宗と怪訝な佐助が目に入る。 彼らの間には一人分の空白があった。 ――――そこがお前の居場所か。 小十郎はわからないよう唇を噛んだ。 死霊に囚われた二人は、誰もいない幸村の居場所に話し掛け、声を聞き、談笑していたのだろう。 「What’s the matter? 今日の仕事は終わったはずだぜ」 このひと時を邪魔される謂れは無いと、政宗が問いかける。 目には明らかな理性が宿っていた。それだけみれば、誰もこのひとが狂気に堕ちたとは思うまい。 「仕事ではありません」 政宗は、きちんと仕事を終えている。 不測の事態が発生したときも対処する。仕事に狂気を持ち出さない。 しかしそれだけでは駄目だ。 「政宗様、目を覚まして下さい」 (真田は死んだのです) 政宗は存在そのものが公人だ。 その姿は常に力強くあらねばならない。 敗将の幽霊などに囚われていてはならないのだ。 政宗はきちんと仕事をする。 大名としての自分を捨て去らない。 だが、それはただの惰性だ。 それが彼の義務だから、淡々とこなしているだけなのだ。 彼の目は最早蒼い世界に向いている。 「おかしなことを言うな、小十郎」 オレはいつも正気だぜ。 小十郎の願いも虚しく、政宗の意識は彼岸にあった。 政宗は朗らかに笑う。 小十郎は拳を握り籠めた。そんな純真な顔、以前の貴方はなさらなかった。 何もかもを洗い流されたような無垢に、背筋を氷が滑り落ちていく。 ふと、畳に散る緑に気付いた。 「ああ、片倉さん、それを取らないで」 天の川に沈んでしまう。 視線で問いかけると、忍だった男は心底はしゃいだ声を上げた。 「星巡りをね、しているんだ」 「旦那たちと一緒に、笹舟浮かべて乗って」 「こんなに蒼くて、綺麗なんだもの」 天も地もなく、ただ星があたりに浮んでいる。 まるで風が煌めくように星が煌めき、三人笹舟に乗ってその流れを泳ぐ。 ねえ、俺様、船の舵取りしてるんだよ。 ぞっとした。 彼らはこの部屋で、一体何を見ているのだろう。 蒼と星の中に浮かんでいるという瞳から、小十郎は目を逸らした。 ――――頼む、真田よ、政宗様を連れてゆくな。 例え本人が、それを望んでいたのだとしても。 |
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