梅雨の細かな水滴を載せた草々は、濃い緑の匂いを漂わせる。
 薄闇にちらちらと瞬く露は、満天の星が地上に墜ちたかのようで、さんざめく輝きは天地の境を失わせた。

 天も地も、境も無い。
 脚は星を踏んだ。


 ――――政宗殿。

 喜ばしげな声が聞こえる。
 幾つ星を踏み越えれば、その背中に届くだろう。
 星を掴もうと伸ばした手に、触れることができるだろう。

 踏み出した袴が露に濡れる。旺盛な命の芳香を放ちながら、星月夜は静謐だった。
 溌溂と伸びやかな夏草の向こうに影を見る。
 夏の宵には命があった。
 貪欲なまでに強烈な、命があった。

 「お前はsummerが好きだったな」
 『その通り。白熱する太陽の光の下、森羅万象が活発に動きまする。拙者はその命の輝きが、好きでござる』

 爽快な語り口で拳を握った。単に晴天で槍を振るうのが好きなだけだろうとからかえば、修練は素晴らしいとくそ真面目に返された。



 幸村、相手をしてやるよ。お前に会えるなら、どこにでもゆく。



 目前を蜉蝣が舞った。
 まやかすような動きで漂い、その弱々しい透明な羽が流れるように弧を描く。

 ――――政宗殿。

 蜉蝣のたおやかな羽にかき混ぜられるように、あちらこちら反響した声が聞こえた。
 せせらぎのように密やかに、瑠璃の虚像ように繊細に漂うそれを掴もうと手を伸ばす。

 指先が愛おしいものに触れた。
 露草の花に触れたような清涼感が肌に残る。


 「I’ve been waiting.」
 この時をずっとずっと待っていた。


 気の遠くなるような寂寥と幸福をないまぜにして、政宗は、宙空に結んだ虚像の唇を貪った。