六花と見紛うほどに、風に浚われた花弁は渦を巻いて天に昇った。
 木にあれば淡く色づいているというのに、離れた一片の白さといったらどうだ。

 艶やかに華やかに咲き誇り、されど散り際こそが胸を打つ。
 まるでお前のようだ。



 なあ、幸村、どこにいる。



 花弁が夜に溶けていく。
 いつか、彼が死んだ宵の浅さには及ばずとも、花の闇にとごる甘さは幽鬼の好むそれに思えた。
 幸村、さあ、出てきてくれ。

 篝火は消し、小十郎も下げさせた。
 ここにいるのはオレと、どこかの花影に佐助だけ。
 なあ、約束しただろう? オレは約束を守ったぜ?

 吉野の茶会には及びはせぬが、緋毛氈の周りに植わるは目の色変えて集めた名木ばかり。
 白々と朧月に浮かびあがる花は今を盛りと咲き誇る。
 甘く、むせかえるような闇はすべすべと生暖かで、まるでいつかのお前の肌のようだ。


 睦んだひと時を覚えているか。
 ここには、あの時の甘さがある。


 桜の花弁が、全ての迷妄を隠すだろう。
 恋人たちの囁きも、幽冥界の境さえも虚ろにほどき、花影のうちに秘密をそっと抱えてくれる。
 だから早く、この腕の中に来てほしい。



 ――――政宗殿。
 「幸村」



 朧にたわみ、波紋のような囁きを、政宗は満面の笑みで迎えた。
 やっと来てくれた。

 政宗は大きく腕を広げる。崩れた闇の境から、桜花の道を辿り、もう一度この腕に抱かれてくれ。
 甘い夜だ。不安が胸を掻きたてるほど甘い、夜の風が吹く。
 これはお前の腕だろうか。


 ――――政宗殿。
 「ああ、やっと来たな」

 政宗は淡い風を抱く。真田幸村は死んだのだ。死して、そしてこの腕の中にいる。
 空虚など知らぬ。幸村はここにいるのだ。

 花影がお前の道行きを助けたか。朧月がお前の道を照らしたか。
 陶酔と見つめた先に、青白く愛おしい姿が浮かぶ。根の国へと去った人。この手に戻ってきた、人。


 甘美な逢瀬だった。
 雪の降るが如く散る桜に囲まれて、政宗は伏せられた眼差しに口付けを贈る。
 唇が触れた。虚空だった。

 「I love you, my dear.」

 それでも幸村は、政宗の腕の中にいた。






     二通目