あのひとの訃報を聞く前から死ぬつもりだった。
 戦忍は戦場で働いたればこそ。
 それが叶わぬならば、戦忍の価値など無い。


 佐助、そなたはこの戦に来るな。


 それがどれだけ酷い言葉か、あのひとはわかっていたのだろうか。

 生かすことが優しさだなんて、嘘だ。
 佐助は幸村と一緒に死にたかった。
 その身を守って死ねたら、幸せのうちに死ねただろう。


 あのひとは戦うために戦って死んだ。
 忠義を捧げた武田の柱は崩れ去ってしまったから、あのひとは戦場の中に自分の死に場所を求めた。

 あんたはいいね。
 一人で、勝手に、満足して死んだ。


 あのひとにとって生きることが戦いだったというのなら、佐助にとって生きることはあのひとを守ることだった。
 それさえ禁じられて、何を生きていると呼ぶのだろう。



 訃報を聞いた時のことは、よく覚えていない。


 厳命があったにも関わらず、あの手この手で戦場に向かおうとする己を、残りの真田十勇士が総がかりで止めていた。
 薬でも嗅がされていたのだったか、力の入らない体を無様に縛られ、クナイも手裏剣も使えなかったから、舌を噛もうとしたような気がする。

 気付けば猿轡を噛まされていた。
 鼻腔を夏の匂いがくすぐる。あれは、あのひとの死から何日目の記憶だろう。

 貴方に手紙、と、宛名の無い手紙を渡された。

 あのひとの最期の命令だった。




 あのひとは、優しくて、とても残酷だ。




 いつの間にそんな鋭さを備えたのか、手紙には佐助を嫌でも生かす術がかけてあった。
 あのひとの命令を佐助が反故にすることはない。


 ――――いくつか頼みごとがあるのだ。お主にしか頼めぬ。

 ――――手紙を貰ったら、隠し場所から宛名の無い手紙を探しておくれ。

 ――――そしてそれを、政宗殿に渡しておくれ。


 あんたはいつだって、優しくて、とても残酷だった。
 佐助は命令を果たすまで死ねなくなった。

 手紙は複数あるという。それは氏も育ちもばらばらな誰かが預かっていて、時期が来たら佐助に渡す。
 その手紙には幸村の言葉が並んでいて、次の頼みごとが書いてある。


 ――――宛名の無い手紙を、政宗殿に渡しておくれ。


 中継ぎの佐助は、勝手に死ねない。
 これが幸村の術だった。



 ねえ、旦那、あんたはやっぱり我儘だね。



 佐助の命すら、自由にしてくれない。
 不自由の快感を何と言い表わしたら良いだろう。
 幸村は死してなお、佐助の主でいてくれる。
 そして佐助は、ずっと幸村の家来でいられるのだ。



 例え幸村の心が、佐助に向いていなくとも。