ダン! と大きな音がして、歓声の中にボールが浮いた。疾駆するという言葉が相応しい勢いでいくつもの足が床を蹴り、中でも伸びた腕がボールを奪う。 一瞬の差で着地した少女の手から、ドリブルに移ろうとしたボールが消えた。スティールを決めた選手はマークを振り切るように体を動かし、その度キュッキュッと軸足の踏んだ床が鳴る。彼女はコートの反対側から走り出した選手にパスをした。トッ、ダンダンダンッ! 激しいドリブル音を歓声が追い、ゴール前で敵チームが守備を展開する。自分を包み込もうとしたディフェンスを睨み上げてパスの動作、は叫んだ。 「牧嶋ァ!」 チーム唯一のバスケ部が、その一言を待つまでもなくゴールポストの下に向かって走り出している。しかし彼女がバスケ部ということは周知の事実、牧嶋には二人の女子が張り付いており、更に彼女にパスをするには正面のディフェンスが邪魔をする。 それでもは軸足に力を込めてボールを振りかぶる、ディフェンスがさせるかと地を蹴った。の口角が悪魔のように吊りあがる。右手から離れかけたボールを激しい音と共に左手が止め、そのままノールックでボールは背後へ。ディフェンスが驚愕する中、ノーマークだった伊織がパスを受け取り、彼女を経由してマークを振り切った牧嶋にパスが通る。 ダンッ!! 華麗な放物線を描いてネットをくぐったボールに、弾けるような歓声が上がった。笛が鳴る。得点ボードの数字がめくられ、勝敗が逆転する。劇的な試合展開に、決定打を放った牧嶋向かってチームメイトが殺到した。牧嶋をもみくちゃにしながら、と伊織は拳をぶつける。 「す、すげー、牧嶋さんもすげーけどさんと斎田さんマジ何者?」 「男子でも中々できねぇな、あんな試合。しかもと斎田、運動部じゃないだろ」 「ああ……は部活してないし、斎田さんは吹奏楽部だ」 「ちょ、マジ何者!」 ネットに区切られた体育館の反対側では、男子がバレーをやっている。本来は男子はマラソンなのだが、雨天のためバレーボールに変更になったのだ。こちらはこちらで白熱した試合が行われているのだが、現在出番ではない夏目たちは女子のバスケをばっちり鑑賞することになった。夏目たちの視線に気付いたが満面の笑みでVサインを決める。やたら爽やかなその笑顔に、ああ女子にモテるの納得だわと西村が呟く。 次のチームがコートに整列し始めたので、暇になったと伊織がネットの方にやってきた。激しい運動で火照っていた頬も、元の色を取り戻しかけている。バスケをするには邪魔なのだろう、はゴムで髪を束ねていて、まるでショートヘアのように見える。 「見てた?」 「勝ったわよ!」 立役者二人は誇らしげに胸を張る。伊織はともかくはあまり胸は無い。一番ナイスバディなのはもう一人の立役者、牧嶋だなと北本は頭の後ろ側で考える。 興奮気味の西村と、西村ほどではないがゲームに圧倒されていた夏目が、水が流れるように感想を喋り出した。 「すげえ、すごかった! お前らバスケ部じゃないのに何で!?」 「吹奏楽部なめんじゃないわよ。トランペットって肺活量バカになんないんだから」 毎朝毎夕走り込みしてんのよ、と語る伊織は自称体育会系文化部だ。中学時代はそれこそバスケをしていたらしい。高校でもバスケを続ける気でいたが、部活紹介でトランペットと運命的な出会いをしたらしい。も、中学では部活に汗を流した人種だ。 そういえば、はどうして高校で部活を続けなかったんだろうと思いながら、夏目はに話しかけた。 「おれ、の真剣な顔初めて見たよ。はいつも笑ってるから」 「え、そう?」 がきょとんとした顔をして、伊織もつられたように口をつぐむ。あれ、と夏目が思った時、ピィィ、と男子の方の笛が鳴った。バレーの試合が終了したらしい。次は夏目たちのチームの番だ。 少し名残惜しい気持ちを感じながら立ちあがる。伊織が「頑張ってねー!」とエールを送り、北本と西村が張りあうように自チームの勝利宣言をぶちあげる。夏目はサーブが上手くできるか心配でそれどころではない。がアタックナンバーワンをふざけた調子で歌いだした。だって、男の子だもん。 試合開始の笛が鳴るのを聞きながら、伊織は視線をコートに向けたまま、に話しかけた。 「びっくりした。夏目くん、意外とあんたのこと見てるのね」 「だねえ。………ねえ、わたし」 「ん?」 「………うー、うーんうまく言えん」 「何よう、気になる。吐け」 伊織は意識して冗談めかした。普段は余裕たっぷりのくせに、自分のことになると途端に照れ屋になるを彼女は良く知っている。 それを不満に思うこともあるが、という少女が自分を心から親友と思っていることはバレンタインに貰った真心のこもった手紙のおかげで知っているし、しばらくは甘やかしてやろうと伊織は思っている。いつかあんたが真剣にならざるを得なくなった時は、あんたが躊躇っても、絶対相談に乗るからね、と決めている。その時、彼女から相談してくれたら嬉しいのだけど。 は、彼女にしてはらしくなくうなり、緊張でガチガチになりながらもなんとか無事にサーブを決めた夏目がコートに戻るのを見ながら、ぽつりと言った。 「わたし、夏目も不安にさせてるのかな?」 「!」 あんたといると、時々、すごく不安になるのよ。それは身に覚えのある言葉だ。 自分の放った言葉が思いのほか深く友人に刺さってしまったことを伊織は一瞬後悔したが、恥ずかしがっているの横顔、むずむずして羞恥を誤魔化そうとしている口を見て、いやこれはもしかしたらと思考を切り替える。なにせ伊織は知っている、全く甘さはないものの、が夏目と親しいことも、彼女がチョコを夏目にあげたことも。 これはひょっとしてひょっとするか? 伊織は夏目をあまり詳しく知らないが、転入してきた頃に比べて印象は随分変わったし、その変化の中で、とは実にいい関係を築いていると思う。ちょっとひ弱な感じもするが、優しそうだし、何よりさっきの指摘はポイントが実に高かった。 ああでも、肝心のはどう思ってるんだろう。トスを受けた北本に「行け北本、西村の頭を狙え!」と物騒なことをわめいているは、まだまだ恋を抱えるには青すぎるような気がしてならない。そういえば夏目との関係も友情万歳で、双方満足してるような気がするなあ。 黙り込んだ伊織に何を思ったのか、は少し怯えた目で彼女を見遣り、ああやっぱりかと頭を抱えた。 「勘忍して下さい伊織さま。わしゃ真面目な顔すると息が詰まります」 「それについてはまたじっくり話し合いましょう、」 ああ駄目だ! と伊織は思った。 「あのね。一番の問題は誠意なのよ。煙に巻かれてばっかじゃ、誠意を感じられない。逆に笑ったまんまでも、ちゃんと答えてくれたら真面目な顔しなくても気持ちは伝わるわ」 「そういう…もん?」 「そういうもんよ」 また唸りながら頭を抱えてしまったの肩をぽんぽんっと叩いて、伊織は夏目を睨みつけた。 夏目貴志、あんたがいい奴かもっていうのはわかるけど、まだあんたにはあげないわ。 柳 |
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110207 J |