設定:「夢と現のはざまに」島さん宅で連載中の政宗兄弟夢「兄上と一緒!」シリーズwith鷹の爪! 政宗の異母弟崇将君、お兄ちゃんと一緒に未来の謀略主従の国に行く。 本編は島さん宅にGO! 梅雨明けの空にかもめの長閑な声が散らばっている。遠く水平線上を低空飛行する雲が碧がかった海と空とを分け、船底を洗う波は機嫌の良い音を出している。 凶暴化する直前の太陽光は潮風によって適度な温度に調和され、心地よく肌に季節を伝えた。 長い船旅の準備が完了したのを見て取った政宗は、満足げに頷いて見送りに来ていた小十郎を振り返る。 「OK, it’s time to say good-bye. 留守は任せたぜ」 「心得ました。お戻りの暁には、立派なカボチャとキュウリでお迎えしましょう」 一瞬で絵画的な満足感に浸っていた気分がぶち壊された。 いざ長旅に出ようとする主君に贈る言葉として、いくらなんでもこれはひどい。確かに夏はカボチャやキュウリが旬であるけども、しかしそれにしたって、 「お前の頭には畑のことしかないのか!」 「まさか。政宗様のこともございますぞ」 「その割合は!?」 悲痛な声は潮風のごとくけろりと受け流される。なんだこれ泣きたい。近頃小十郎がとても冷たい。収穫期が近づくととても冷たい。その事実が畑と自分の割合を示しているようで、政宗は思わずうなだれた。忠臣ってなんだっけ。此度の船旅に小十郎は同行せず、城代を務めることになっているが、実は雑草との戦いのために残ったのではないかと疑い始めた政宗である。 「冗談はともかくといたしまして」 「Joke!? にしたって悪質だ! 心折れるぞ!」 「此度の、毛利との通商条約―――まことに、崇将さまをお連れなさるので?」 「Of course! 崇将はオレの弟だ、他国との外交を見ておくのも悪くないだろ?」 「左様ですな。見せたかったのは海だけではないと知って、小十郎、安心いたしました」 ぎくりとした政宗の背後では、旅装に身を包んだ崇将が心なし頬を上気させて船やら海やらを凝視するのに忙しい。兄の近くを片時も離れようとしないのは仲睦まじくて大変結構、しかし兄の方はどうやら甘やかしたくて手ぐすね引いているようである。 小十郎は、主兄弟の様子に仕方が無い、というように軽く溜息を吐き、見送りの言葉に一言だけ注意を添えた。 「毛利は、当主元就だけでなく、一の臣も曲者と聞き及びます。政宗様には、どうぞご注意、ご自重ください」 「OK, OK. I’ve engraved on my heart already.(とっくに肝に銘じてる)」 頷いた政宗は、興味深げに海面を覗きこむ崇将の手をとって船上の人となった。潮風に髪を靡かせ、兄弟は中国へ向けて海路を取る。 劇場型犯罪(未遂)上 航海はおおむね順風だった。思いのほか早く瀬戸内海にさしかかり、通りがかった長曾我部の船に挨拶をしたりして毛利領の港に船を入れる。 大型船が入れるように整備された港には、噂に名高い厳島神社のように桟橋が設けられていた。甲板に出ていた政宗は、そこにひょろりとした人影を見つける。 「おおー! 遠おぉーいところ、よーく、お越しなされたー!」 「Oh! おい見ろ、崇将。あそこに、オレたちをwelcomeしてる奴がいるぜ」 人影はにっこにっこと気の抜けるような微笑で、船上の客人に大きく腕を振っている。珍しいこともあるもんだ、と政宗は思った。話に聞く毛利家家臣は、主に似て堅物かと思っていたが。 水夫たちの働きを眺めていた崇将が毛利家の武士に視線を転じたところ、武士は柔らかい口調で尋ねた。 「奥州はー、伊達陸奥守のー、お船でしょうかのー!」 「Of course! そういうアンタは、毛利家のモンか?」 「申し遅れましたー! わっちはー、と申しまするー! そろそろ喉が痛いので下りてきてくださるとげっほがっほげほ」 「おいおい…」 思いっきりむせるに苦笑いして、政宗は船から飛び降りた。崖から馬ごと飛び降りるトンデモ戦国武将である、この程度の落差なら、栄光のかけ橋と同程度に綺麗な着地を決める。 目を剥いたに自己紹介をしようとし…た瞬間、青ざめたが政宗を押しのけて船に突進した。 何事かと振り返った政宗の目に映ったのは思い切りよく宙空に踏み出した崇将と、 悲鳴をあげて崇将の着地点で踏ん張りを利かせると、 声もなくの上に落下した崇将だった。危ないので真似をしてはいけません。 帰国後、政宗は毛利家並の家訓を作ることを心に決める。その一、飛べない人はただの人だが、飛ぶのは時と場合による。 幸いなことに、崇将にもにも怪我はなく、政宗は突然の非礼を詫びると共に改めて自己紹介を行った。 「御主君の稽古に付き合うことを思ったら、大したことはありんせん」と別の意味で不安を誘う言葉を吐いたは、腰を軽くさすりつつ毛利の居城に伊達兄弟を案内し、外交が行われる間の宿舎をあてがった。 政宗一行が人心地付くのを見計らったように茶菓子が出る。行き届いた心配りに感心しながら、政宗はとぼけた笑顔のを戯れにつついてみる。 「Perfectなもてなし、感謝するぜ。毛利はもっととっつきにくいかと思ってたところだ。こちらの嗜好まで抑えていてくれるたァ、認識を改めなきゃならねぇな」 つい、と横目で示したのは、菓子を頬張る崇将だ。菓子は崇将好みの味だったので、政宗は己の分を半分弟に与えている。 崇将はつい最近まで非公式な存在であったにも関わらず、この接待役は茶菓子の数から嗜好、人間関係まで見事に取りそろえてあった。茶は政宗好みの濃さで、暑さを考慮した飲みやすい温度。菓子は、政宗が弟に分け与えることを予測してか崇将好みの味である。 さりげなくかけたカマには「お口に合うたようでほっといたしました」とそらとぼける。偶然でここまで好みに合致するものか。なるほど喰えねぇ野郎だぜ、政宗は小十郎の忠告を脳裏に蘇らせた。 「長旅でお疲れでしょう。話し合いは明日として、今日はゆるりとお休みくだされ。夜には宴も設けましょう」 「Don’t worry about us so!(そう気を遣うんじゃねぇよ!)のんびりしてんのは性にあわねぇんだ。早速だが元就サンに会わせちゃくれねぇか」 旅塵を落とし、疲れを癒して会見に臨むのが正道だが、政宗には、少しばかりこの男を困らせてみたいという悪戯心がわいていた。元就に会える会えないはどうでもいい。今夜か明日にはどうせ顔を合わすのだ。 それよりも、風呂でも沸かして受け入れ態勢は万全だったのだろうが、わがままを言いだした賓客にどう接するかが見たかった。 は少しばかり困ったように首を傾げ、とんでもないことを言いだした。 「やれ困りましたのう。それでは、元就様を捕獲するまで、お見苦しいもんを見せねばなりませぬ」 「………capture?」 「今は自由時間でございますからのう」 まるで動物のような言い草と、氷の智将という前評判が真っ向から対立する。捕獲ってなんだ捕獲って。まるで幸村や己の日常ではないか。 数々の捕獲された記憶を辿る政宗の目に、のにやにや笑いが映る。 からかわれた。 「市中見物ならば、案内いたしますぞえ」 「アンタ……嫌な性格だと言われたことはないか」 「おかげさまで、御主君とも同僚ともうまくやっておりますわい」 氷の智将が動物なわけがない。 からかいついでに、遥か遠く奥州まで及ぶ毛利の諜報力を匂わされた気がして、政宗は今は遠い小十郎に呼びかけた。 なるほど、名高き毛利の謀臣は、一筋縄ではいかない。 はうまい具合に誤解した政宗を見てほくそ笑む。 諜報した事実は本当だが、野生動物云々も本当である。やっぱり人の外面って大事だなあと改めて感心せざるを得ない。人は見た目が九割だ。 弟君も参られますかえと尋ねれば、後々兄弟水入らずで見物に行く、と政宗に断られた。 どうやら、弟に聞かせたくない話をするらしい。眼光を見るに、を毛利の片翼と認めたようだ。 土産を買ってきてやるから休んでおけ、と崇将の頭を撫でて、政宗は身軽く立ちあがった。見送りのつもりか、崇将も無表情ながら部屋の入り口まで出てくる。 「悪ぃな」 「構いませんえ。仲の宜しい兄弟ですな。羨ましい」 「アンタ、兄弟は?」 「おりませぬ。良いですのう、欲しくなる」 「やらねえぞ。が、良いもんだっていうのは本当だな。兄弟が無理ならガキでもこさえたらどうだ?」 「あいにく、妻より子より手のかかることがありますゆえ」 「なんだそりゃ?」 「御主君ですわい」 政宗が未だ独身の己の傅役を思い出したのは致し方ない。 どこの国でもどの主君でも、一の臣は苦労をするらしい。 |
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