「鮮やかな指先」 現代カイリ、政宗。元親友情出演


 大切にオレンジの薔薇を持つ指先が、濡れたばかりのように光っていた。
 快活な花色と引き立て合う、ペパーミント・グリーン。丁寧にグラデーションが施された爪は、根本に行くほど碧さを増した。深みを湛えたシー・グリーン。

 「なんてモンしてんだアンタ」

 政宗は呆れ果てて呟いた。鼻歌まで歌って上機嫌だったカイリは、ん? 首を傾げて彼の視線を追い、自身の指先に辿りつく。「あー」なんて気の抜けた声を出し、にかっと笑って見せつけるように手をひらひらと動かした。

 「うらやましいだろ」
 「うらやましくねぇ」

 カイリが自らの性別を忘れ去ったような装いをするのは今更だ。今更すぎて溜息さえも出てこない。
 とことこ近づいてきたカイリは、政宗の感想などお構いなしに「似合う?」なんて聞いてきた。なんと答えろというのだ、似合うと言えばいいのか仮にも多分恐らく男に。
 曰く言い難い渋面をした政宗の鼻先を薔薇の芳香が掠める。瑞々しいオレンジ色。

 「花には似合ってんな」
 「だろだろー」

 しまったこれで正解か。アンタには不似合いだと皮肉をきかせたつもりであったけれども(実際はよく似合っていたのだが)、カイリは嬉しそうに顔をほころばせる。
 ひょっとしたら、彼は自分が褒められようが貶されようが、政宗の感想さえ引き出せれば満足だったのかもしれない。
 皮肉が空振りした政宗に構うことなく、カイリは話を進める。

 「モトチカのカゲだね」
 「Ah? 裸族がどうかしたか」
 「バラ貰って、マニキュアしてもらったんだ」

 裸族に関して否定すべき要素も理由もないらしい。どこか遠くで鬼の泣き声が聞こえる、ぐすんぐすん。

 「モトチカって凄く器用だね。庭なんて本から飛び出したみたいなイングリッシュ・ガーデンそのものだったし、ネイルグッズもいっぱいあったよ。ネイルアートしてもらおうかと思ったくらい」
 「Ah-ha? 姫若子は健在らしいな」

 ちなみに元親の私室には編み物縫物レース編み用具一式が揃っている。人はそうそう変われない。
 元親が巨体を丸めてちまちま手芸に精を出しているのを想像して、政宗はクッと笑った。実際起こりうる光景なあたり救えない。

 「凄いなあ。俺、こんな綺麗なグラデーションできないよ。ほら、見ろよ」
 「I watched already.(もう見た) 男の指なんざ見たって楽しくねえよ」

 カイリはぷっと膨れる。「そりゃ俺だってそうだけど、」

 「でもこのネイルはゲージツだよ。モトチカ、すっげー一生懸命やってたんだぜ。あの太い指で小さなマニキュア、持って、さ」

 声が震えたのは笑いのためだ。やっぱり相当おかしな光景だったのだろう、思い出し笑いでカイリの顔が妙なことになっている。
 しかし、笑えるはずのその光景を思い浮かべた政宗は、なぜだかちっとも面白いとは思えなかった。
 むしろ腹立たしい。
 だって考えてもみろ、図体のでかいついでに態度もでかい(でも中身は繊細)海の男が、その大きな手にカイリの小さな手をしっかと握ってその指を一本一本丁寧に、ゆっくりじっくり視線を注ぎながらまるで舐めるように、しかもよりにもよって自分の目と同じ色を、

 「似合わねえ」

 呟いた声は、予想外にふてくされていた。忍び笑いしていたカイリが目を丸くする。
 その何も考えてなさそうな顔の横にはオレンジの薔薇が揺れていて、それを持つ爪は丁寧に塗られた緑色で、その明るい色はカイリの雰囲気によく似合っていたのだけれども。

 (似合って、たまるか)

 元親が与えたものなんて。
 そう思った政宗が、自分の思考が嫉妬とか独占欲とか呼ばれるものであることに気づいて大慌てするまで、あと五秒。





 「ピアス」 現代政宗とカイリ


 ワックスで決めた髪の隙間から、硬質な光が覗いていた。

 「マサムネ、それどしたの?」
 「Ah? ああ、これか」

 ピアスだ、とどこかしら得意げに髪をかきあげ、政宗は少々ごつめの装飾が施された銀色を見せつける。ちかりと光を弾いたピアスは、まるで元からそこにあったかのようにしっくりと馴染んでいた。政宗は小洒落たものが似合う美形である。

 「へー、いつか着けるだろうとは思ってたけどやっぱり着けたのか」
 「なんか引っ掛かる言い方だな…。俺からしたら、アンタが着けてない方が不思議だ」

 言いつつカイリの耳元の髪を払う。そこには特に福耳というわけでもなく尖ってもいない耳があるばかりで、装飾品はまったくない。この道化師のことだから、ピアスの一つ二つは着けていそうなものだし、似合いそうなものなのに。
 カイリは唇を尖らせた。

 「だって穴開けるんだろ。痛いじゃんか」 
 「Ha! 何だ、そんなもんが怖いのか? 案外chickenだなアンタ」

 実際激痛というわけでもない。医者にしろピアッサーにしろ。
 しかしカイリは何と言われようと開けるつもりはないようである。彼が開けようが開けまいが別段困るわけでもないが、ほんの少し、爪切りで切った小指の爪の破片くらい、いやいや逆剥けした指の皮くらい、いやいやいやピアスの針の先くらいだけ残念な思いが胸を掠める。本当に針の先くらいだから! お揃いのピアスとか、一組を分けあったりとか、本当にそんなこと考えたりしてないから!!

 政宗は完璧な挑発悪人面の裏で、乙女チック妄想を葬った。

 「トリ肉だろうが牛肉だろうが別にいいだろ!」
 「いや意味通じてねえぞその発言」
 「ハッ、帰国子女ナメんな。悔しかったら言葉遊び解いてみやがれ」
 「ンだと?!」

 一気にヒートアップした政宗にべーっと舌を出し、カイリはステップを踏んで振り上げられた拳を避ける。拳で語り合うのは武田家だけで十分だ。
 派手に動く分ばさばさ揺れる政宗の髪の隙間から、真新しいピアスがちかちか見える。
 たかがピアスで人間変わったりしないのに、何故だか政宗が一歩先行く大人になってしまったようで、カイリは少しばかり心を針でつつかれた。いや、別に羨む必要なんて全くないから。自分の体傷つけてまでおしゃれするつもりなんてないから! そんなの針の先ほども考えちゃいないから!!

 政宗の手が届かないところまで逃げて、カイリはそっと耳たぶを触ってみる。柔らかい肉の感触。
 ちょっとだけ開けてみようかなー塞がるっていうしなーと零した顔が存外真剣だったのは、断じて政宗のせいじゃない。ないってば。ないったらないんだ!


 Chicken : 臆病者
 Cow : 臆病者





 「ゲットだぜ!」 現代政宗とカイリ


 DSの画面を覗きこんだカイリがうわっと嫌そうな顔をした。

 「うわたァ何だうわとは」
 「だってお前、その顔でそのパーティーは引くわ」

 画面に表示されているのは皆大好き黄色の毛並みにピンと立った兎耳な電気ネズミ。
 ネズミの分際でありながら女性に拒否されないのはその愛くるしい外面によるものと思われる。
 だって考えてもみろ、奴は草むらから飛び出してくる野生動物である。ということはハムスターのような愛玩動物ではなくて、下水道やら屋根裏やらに生息するネズミの同類であるはずだ。本来、女性の心に10万ボルトをくらわすにはダーティな生き物ではあるまいか。

 けれどもカイリが引いたのはそんな理由からではない。なぜなら、あれだけ貶しておいてカイリもピカピーなそのキャラクターが大好きだ。だって可愛い。真実など目を背ければ済むことだ。
 カイリが顔を引きつらせたのは、こういうわけだ。

 「パーティー全部ピカチュウとはどういう理屈だ?!」
 「ピカチュウだけじゃねぇヒトカゲもいる!」
 「Lv.90のヒトカゲってどういう了見?! せめてリザードに進化させてやれよ!」
 「この可愛さを手放せるか! 見ろ、おめめパッチリだぞ?!」
 「可愛さ基準が似合う顔と思ってんのか?! 100歩譲って許すとしても、おめめとか言うな気持ち悪ぃ!」

 殿堂入りを果たした政宗のパーティーは、5匹までがピカチュウだった。どんだけ好きなんだ。
 てっきりギャラドスとかミュウツーとか、そういうかっこいい系が好きだと思っていただけにダメージは大きい。
 だってそうだろう、可愛さ基準なんてそんな元親みたいなこと、

 「元親の野郎のはプリンやピッピで埋め尽くされてるぜ」
 「モトチカ……」

 そうだお前はそういう奴だったよ。がっくり肩を落としたカイリはピッピ人形を買い集めていそうな友人の性癖を心配した。元親に彼女ができる日は限りなく遠いことだろう。
 カイリの心配など露知らず、「図鑑用にギャラドスなんかも育てたぜ」と政宗はDSを操作する。しかしふと指を止め、そういやと切り出した。

 「アンタのpartyはどうなんだ?」
 「ないよ」
 「Ah?」
 「だから、俺持ってないんだってば」

 DS自体持ってないもん、とゲームより体を動かす遊びの方が好きな健康優良児はひらひらと両手を振った。
 ポケモンそれ自体、子供にやたらウケがいいという理由で覚えたのだ。プレイしたことは一度もない。

 「だってポケモンって誘拐と拉致監禁と代理戦争で埋め尽くされた殺人未遂ゲームでしょ?」
 「Wait wait wait! 待て、間違っちゃいないがちょっと待て。その表現は語弊がありすぎる! クラウンが子供の夢壊すんじゃねぇよ!」
 「最近の子供って過激だね!」
 「子供はいつだって無邪気に残酷なんだよ!」

 真理を叫んだ政宗は、引き出しを漁ってゲームボーイアドバンスとカートリッジを押し付けた。

 「とりあえずこれ貸してやる。Enjoy and change your mind!(楽しんで、改心しやがれ!)」
 「そんなの俺の勝手だ!」

 そう言いつつも、カイリはしっかりゲームをキープしている。だって面白そうじゃないか。
 ゲームなんてしたことなかったカイリは、内心わくわくしながらカートリッジを差し込んだ。



 後日。
 「マサムネ! マサムネ! 対戦しよう、俺パーティー作ったからさ!」
 「Ah? しっかりハマったみてぇだな。Come on! 俺を楽しませろよ?」
 「ふふふふふ、そんなこと言ってられんのも今のうちだ。行け、マリアンヌ!」
 「……What?! イワークのどこがマリアンヌだ?! 不似合いにもほどがあるぞ?!」  「だってメスだろ問題ないよ!」
 「そういう問題じゃ……ってLv.100だと?! てめぇカイリ、裏ワザ使いやがったな?!」
 「それがどうした! ほらほら電撃はイワークには効かないよ?」
 「ブリーダーの風上にも置けねぇ奴め…!」
 「あのねぇ、裏ワザなんて使うためにあるんでしょ。俺悪いことしてないよ」
 「あっても使わねえのがプレイの醍醐味なんだよ!」





 「夏」 政宗とカイリ


 夏もちーかづく、男とも女とも言い難い声が能天気なリズムで日本晴れの空に吸い込まれていく。
 新茶の季節も過ぎようとしているのに、季節感を無視した歌を声高く歌う主には激しく心当たりがあった。
 案の定、割り当てられた部屋の縁側で寝ころんだカイリが器用に7つのお手玉を操っている。寝転びながらお手玉とはなかなかの匠の技である。

 「暇なことしてんなぁアンタ」
 「おーだって暇だもーん」

 こう暑いと客足も鈍いしさぁ、と言ってお手玉を終わらせたカイリのゆるみきった袷から、汗ばんだ白い腹が見えている。
 折角涼感のある紫陽花色の単衣なのに、ここまで明確に暑さを訴えられては涼感なんぞ蜃気楼みたいなもんである。

 「つーか、それ季節が違う上にお手玉唄じゃねぇよ。茶摘唄だぜ、you see?」
 「知っとるわーい! でも仕方ねぇじゃん、市女笠も赤いタスキもドンと来いだけど摘むモノがないもん。それかマサムネの髪の毛でも摘もうか?」
 「HELL DRAGON!
 「ギャヒィィ暴力反対! 放火魔注意!」
 「自業自得だこの雌雄同体め! それから俺は放火魔じゃねぇ!」
 「だって放電したら火がつくでしょ! 放火魔じゃないんだったらお前なんか電気ウナギだ土用の丑の日にかば焼きされてしまえ!」
 「Ha, やれるもんならやってみろ! てめぇなんかにオロされるほど俺は安くないぜ!」
 「………ウナギってのは認めんの?」
 「誰が認めるか!」

 特大の拳骨を落とそうとすると、カイリはこの時期台所を飛び交う女の敵のように世にも素早い動きで逃走した。虚しく宙を切った拳が放り出されたお手玉を叩く。小豆の擦れる音がした。

 「逃げんな!」
 「逃げるなと言われて逃げねぇ奴なんかいねぇよ!」

 べーっと舌を出したカイリ目がけてお手玉を投げつける。小さな剛速球に慌てて首を竦めたカイリの背後で、壁にお手玉がめり込んだ。
 恐る恐る振り返った一対の目に、ヒビの入った壁が映る。

 「しっ…んじらんねぇ、どこのメジャーだよ?! お前さては涙の数だけ束ねたブーケを貰っただろう!」
 「Oh,泣かせた女なら数知れねぇな」
 「嘘をつくな俺は知ってるぞ、お前この間こけし相手にキスの練習してただろ?!」
 「てめぇどっから覗いてやがった!」

 真っ赤になっていきり立つ。畜生誰もいないと思っていたのにいつの間に!

 「待てこの野郎、記憶飛ぶまでタコ殴りしてやる!」
 「誰が待つかチェリーボーイめ!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら炎天下の中に飛び出していった二人の頭上に、入道雲が湧いていた。
 季節は、夏である。





 「枇杷の雨」 政宗とカイリ


 橙色の皮をつまんだ指は細かった。
 人差し指と親指で抓まれたオレンジ色はあっけなく果肉から離れ、代わりに女のように小さな唇が瑞々しいそれへと触れ歯を立てる。
 皮と種を残して綺麗に枇杷を平らげたカイリは、仕上げとばかりに果汁に濡れた指を猫のような仕草で舐める。その光景はどこかしら官能的ですらあった。
 枇杷を堪能した彼は、目下の最優先課題であるおやつが無くなったためやっとこちらへ目を向ける。呆けたようにカイリが枇杷を貪る姿を眺めていた政宗へ。

 「さっきから、何? 視姦プレイなら金か法廷かさあどっち」
 「せめてそういうセリフは夜に言え。それ以前に金次第でOKなのかアンタ!」
 「けけけ、地獄の沙汰も金次第よ」
 「守銭奴め…!」

 カイリは臆面もなくこんな放言をする奴だ。そんなことはよく知っている。
 枇杷を食べたばかりの潤った唇に一瞬でもぞくりとしたなんて、認めることさえ屈辱的だそんなこと。
 にやにやしながら伸ばされた手を邪険に追い払う。しかし素早さには定評のあるカイリだ、一瞬の隙をついて少し体温の低い手が政宗の太い手首を捕える。
 ぎくりとした。自身と比べてあまりにも小さな面積に。

 「この手が」

 思わず身を引いた政宗を逃がすまいとするように、カイリは小柄な身を乗り出す。この顔は嫌いだ。どこもかしこも小柄で、女のような造作のくせに捕食者の顔をしている。そのくせ瞳の奥に見え隠れする、臆病な光。
 気付いてしまえば離せなくなるのに、手を出せなくなる。

 カイリは政宗の掌と自身の掌を重ねる。硬い皮膚と柔らかい皮膚。太い指と細い指。
 それなのに、カイリの掌は女のそれのように美しいわけではなく、いくつもの消えない傷や刀傷で荒れていた。それは全部が全部、政宗の手を飾る傷のように戦いの中でついたものというわけではなく、むしろサーカスの技の練習中についたものが大半であったが、死線の結果として残ったものもあるにはあった。
 それはまるで、彼は汚れていないわけではないということを証明するもののようだ。

 「俺の肌を伝っても、俺の首を絞めても」

 弧を描いた唇が光を弾いていた。雨に濡れた刀のように鋭い。
 瞳の裏側に怯えた子供を閉じ込めたままカイリは言う。指を絡ませるように手を握った。低い体温。縋られているような気がするのは、きっとカイリの意図したところにはない真実だ。

 「俺は全然構わない。何でかわかる?」
 「……I don’t know」

 あくまで軽くカイリは言う。まるで何でもないことであるかのように。
 それはね、と続けた。

 「俺は、お前が思うほど綺麗な生き物じゃないからだよ」

 けれども、政宗は気付いている。彼の心の奥深くに、傷ついた子供がいることくらい。こうやって小さな手を絡めて、自分は汚れているのだと嘯くこと自体が、彼の悲鳴であることくらい。
 言う事は済んだとばかりに解かれた手を捕まえる。小さな手。荒れた、カイリの手。

 「But you’re alive.(それでも、アンタは生きてる)」

 美しいと思った。けれどそれを言えばカイリは傷つく。
 カイリは自分が汚れてしまったことを知っているから、美しいなんて単語には反発するだろう。
 だから、政宗は言葉を変える。
 政宗がカイリの中に見た美しさは、あさましさも汚さもひっくるめて生きる強さであったから。



 真意なんて伝わらなくていいと思った。
 けれども思いがけず言葉は心に届いたらしく、珍しくも泣きそうな顔をしたカイリは小さく「Grazie」と呟いた。





 「彼シャツ」 政宗とカイリと慶次


 つくづく自分という男は間が悪い。名前にかけてKYKY連呼された時にはなんて失礼なことをと憤ったが、今にして思えば実に的を射たあだ名と言える。なんてことだ。実に不名誉かつ気付きたくなかった真実だ。いやいっそもう真実でいい。認める。認めるから、誰か俺を助けてくれ!
 慶次は心の中で絶叫する。声にはでない。出そうもんならどなったものかわかったもんじゃないからだ。
 慶次の唇は笑顔の形に引き結んだまま動かない。挨拶しようとした名残だが、もはやひきつって挨拶どころの話ではない。右手はインターホンを押そうと伸ばした形のままで、左手にはみやげのアイスボックスがぶら下がっている。この気温ではそろそろやばいかもしれない。
 慶次の千円札が今まさに溶けだそうとしているが、今の彼には関係ない。いやむしろ千円と言わず二千円くらい払うから、今すぐこの場から逃げ去りたい心情だ。
 こんな思いをしたのはいつ以来だ。伯父夫婦のやりとりに挟まれるのはいつものことだ、そうかあれだ、秀吉にバナナを持って行ったらピンクのフリフリエプロンをした半兵衛が当たり前のように出てきた時以来か。いやむしろ、秀吉宅の冷蔵庫を開けたらスッポンドリンクが大量に格納されていた時以来か。ちらりと見えたのがバで始まりラで終わる最終兵器だったなんて考えたくも無い。
 「折角色々買いそろえたのに、秀吉ときたら何を飲んでも平然としてるんだ。ねえ慶次君、君はどうしたら良いと思う?」そんなこと知るか! 最近友情について悩みのつきない慶次である。

 「おい、風来坊…そこをどきやがれ」

 現実逃避していた慶次に、非常に凶悪な視線がびしばし突き刺さる。言われなくても退きたい。慶次には友情について考えてみたパート2な友人たちを邪魔する気などこれっぽっちもないわけだ。ただちょっと意識が飛んでいただけだ。だからそんな敵意なんて向けないでくれ。お邪魔虫はさっさと切実に退散するから。

 「やだっ! ケージ、行っちゃやだ! お願いだ、俺を助けて!」

 慶次の背後から高い声が懇願する。くぐもって聞こえるのは涙声だからか、慶次に抱きついているからか。どちらにせよ目の前で怒れる竜が般若に進化する。ただの般若と侮るなかれ、今の政宗なら閻魔大王だって余裕で足蹴にするに違いない。慶次は心の中で絶叫する。馬に蹴られるならまだしも踏み殺されるなんて絶対嫌だ。しかも慶次はただ間が悪かっただけなのだ。遊びに来ただけで地獄にご招待なんて理不尽すぎる。手土産だって持ってきたのに!

 「え、えーっと、まずは落ち着こう。独眼竜も、カイリも、」
 「Don’t look at him!(見るんじゃねぇ!)」

 コアラよろしく抱きついてくるカイリを落ち着かせようと首を巡らせようとして、その瞬間慶次は胸倉を掴み上げられた。ただでさえ目つきの悪い三白眼が今は雷光でも発しそうなくらい物騒な光を湛えている。辛うじて悲鳴は飲みこんだが盛大に引き攣る慶次を威嚇するように、犬歯を剥きだしにした政宗が危険極まりない脅しをかける。

 「振り向いてみろ。消し炭にしてやる」
 「………ッ!」

 まつ姉ちゃん助けて! 男の意地も何もない。内心滂沱と涙を流しながら、慶次は今度こそ声にならない悲鳴を上げた。

 「何だよマサムネ、お前がこれ着ろって渡したくせに! そんなに俺は目の毒か!」
 「Shut up! いいからテメーはジャージ着ろ!」
 「嫌だよ、マサムネのジャージサイズ違うし長袖長ズボンじゃんか! サイズ合ってんだからこれでいいだろ?!」
 「But…っ」
 「何で駄目なんだよ、皺になるから?! だったらクリーニング真っ青なピンピンにして返すよ、ジャージ着ないなら出てけなんて、そこまで言う事ないだろ?!」

 いや言うことあると思いますよ。自分を挟んで繰り広げられる馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩に慶次は思わず突っ込んだ。
 顔を真赤にして口をぱくぱくさせ、言葉未満の曖昧な言い訳をもごもご言ったり視線をきょろきょろさせたりしている政宗に、掴み上げられた状態でありがなら慶次は心底同情する。うんわかるよ独眼竜、同じ男としてあれは確かに目の毒だよな。
 慶次に縋りついているカイリの細腕は、今は真っ白な布に覆われている。サイズが合っていないのだろう、掌さえも覆った袖がぶらぶら揺れている。抱きつかれる直前走り出てきた足はカモシカみたいに綺麗な形で、カイリが半ズボンやら短パンやらも平然と履くことは知っているが、それにしたってかなり際どい位置までしか白は無く。

 「いいじゃんかっ! マサムネのワイシャツって大きくて触り心地良いし、なんかいい匂いもするんだからっ」

 あああああまたそんなことを…!
 カイリが叫んだ言い訳は必死で目を背けていた事実を更にいたたまれなくさせる。もう俺帰りたい。見猿聞か猿言わ猿貫くから、いやむしろ忘れ猿から帰してほしい。
 遠い目をする慶次の目の前で、真っ直ぐ叫ばれた政宗はなんかもう凄いことになっていた。
 ぴしっと見事に石化して、顔と言わず首と言わず皮膚が透過されたように真っ赤っかに茹であがる。きっと体温計を突っ込んだら40度超えするに違いない。夏風邪はバカがひくとはよく言ったものだ。

 「ああ…恋の季節だねぇ……」

 もはやそう呟くしか、手は残ってないようだった。


 (カイリはタラシですが、帰国子女のため感覚が少し違います。ので、彼シャツのロマンはわかりません)


 カイリと政宗ばっかですねw
 長いこと拍手にしてました
 081011 J