! と聞きなれた声が風に紛れて飛んできたから、私は素早く頭を半個分ずらして、元の位置に右手を出した。過たずぱしりと軽い衝撃が掌に収まる。一気に揺れた三つ編みの先で、飾りの円盤たちが澄んだ音を上げた。こんな挨拶をする人間は一人しかいない。 「……ジョ〜ル〜ク〜…!」 「よう、久しぶり」 「久しぶりじゃないわよ! パン落としたらどうしてくれんの!」 親戚の嫁いだ家に行くとかで、しばらく顔を見なかった幼馴染が相変わらずの軽い仕草で片手を上げる。まだ髭を生やさない若い口許に果物の欠片がついていて、彼が私に投げてよこした杏と同じものを食べていたことを知った。旅装のままのジョルクの馬が、なんか微妙に膨らんだ鞍袋を提げているのが見えるけど、まさかあれ杏か。杏なのか。一体どれだけの杏をどこで採ってきたんだろう。 ジョルクは馬から下りて私に歩み寄ると、焼いたパンをつつんだ布に鼻面を押しつけた。 「へえ、いい匂いじゃないか。焦がさないようになったのか」 「失礼な!」 杏を握り込んだ手で旅塵のついた彼のターバンを追いやったが、ジョルクはこともなげに私の拳を捕えて見せた。皮膚の厚い手が手首に回り、引き寄せられる。峻厳な顔立ちの多いハルガルの一族なのに、ジョルクの顔立ちはどこか女性的で端整だった。女友達が騒ぐのも頷けると頭のどこか、冷静な部分が納得した。唇に杏の皮をつけたままの彼を知ったら彼女らは落胆するだろうか。しないだろうな。 「なあ。俺、遠く行った帰りですげえ腹減ってんの」 「知らん、家に帰れば。家で何か食べなさい」 「そんな冷たいこと言うなよ! 俺、の飯が食べたいんだって!」 何なら兎でも獲ってくる、と空腹と疲労を訴えていたはずのジョルクは言う。ターバンから零れた細い三つ編みが、長い睫毛と相まって簾のように彼の顔に陰影を齎した。ジョルクは時々、夏のオアシスの木蔭みたいだ。女友達はこういう綺麗な顔が好きなんだろう。ハルガルは有力な一族だし、ジョルクはその中でも親しみやすい見た目と態度だから余計。あの一族のご多分にもれず腕っ節も強い。多分ジョルクは、嫁選びには苦労しないんだろうなあ。 まあ、これは彼の父が決めることだけど。 「……今度、鹿を狩るの手伝って。うち男手少ないから」 「任せとけ。あ、も行こうぜ。弓の腕、鈍ってないだろうな?」 「どこかの杏泥棒対策に、練習は欠かしてません」 「怖っ」 家に帰れば豪勢な食事にありつけるだろうに、羊肉もそうそうでないうちの粗食の何が良いのか、ジョルクは頻繁に私の家を訪れる。女友達からは嫉妬されたり噂されたりするけれど、言い切れる、これは幼馴染の延長だ。もしくはうちに杏があるせいだ。彼女らが言うように好かれているわけでは、多分、ない。(だってうちは貧乏だもの)(それに私は同い年だ)(ジョルクはきっと、良い家の、若い妻を娶るだろう) ジョルクは嬉しそうに杏をかじりながらついてくる。私は憎まれ口を叩きながら、彼と束の間の家路を辿った。 私たちの距離は、きっと今が最短だ。 私たちのサイタン |
最短・最端 初の幼馴染 110128 J |