塔子の力作と家総出の力作が並んだテーブルは、壮観というに相応しかった。
 食べ盛りの胃袋たちが盛大な主張をしている。藤原夫妻、老夫妻、加えて飛び入りの田沼と多軌を数えても、食料不足問題は懸念さえもされないほどに量も品数も立派であった。ただしジャンルに統一感は全くない。ケーキの隣に南蛮漬け、ロールキャベツの横にエビチリが並ぶという、全くのノンジャンルであった。
 飲み物が回され、期待が高まる中それぞれのコップが掲げられる。
 せーの、

 「Merry Christmas!」

 Qooやファンタが飲み干され、それぞれてんでに目当ての料理に向かって箸が伸びた。
 北本が塔子作の唐揚げに舌鼓を打ち、多軌は家のロールキャベツから離れない。まあ、パエリヤだわと塔子がはしゃぐ横で、夫婦ともどもサンタ服を着たおじいとおばあが蓮根の肉詰めを良い音を響かせて食べている。

 (ニャンコ先生にはどれを…)

 わいわいと騒ぎながらも、夏目には後ろ暗い罪悪感が付きまとう。あれとあれとこれを、と考える彼の箸の進みは遅い。
 それに気付いたのか、が「あれ夏目、好き嫌い?」おじいが「好き嫌いとな?」おばあが「好き嫌いはいかんわね」塔子さんが「駄目よ貴志君、好き嫌いしちゃ」西村が「ぎゃー、お前変! 変態! 普通ケーキはシメだろ!」「好きなもんから食べて何が悪い!」
 否定する暇さえ与えぬ怒涛である。

 「あの、違うんだ」
 「げええ、しかもケーキの後にエビチリ!? おかしい、絶対味覚がおかしい!」
 「おかしかないわい、塔子さんの力作だものおいしいに決まっとるわ!」
 「ちょっと、」
 「あらありがとうちゃん。このパエリヤもおいしいわ」
 「このロールキャベツもおいしいわ」
 「ありがとうございます塔子さん、多軌。でもそのパエリヤの作者は、何を隠そう田沼です!
 「えええ、まじで!?」
 「やるなあ田沼」
 「いや……本の通りにしただけだから…」
 「照れるな照れるな、若人よ」
 「お、おれの話を聞いてくれ!

 弾丸のように飛び交う会話に割り込めなかった夏目は、思わず大声で挙手していた。珍しすぎる夏目の主張に喧騒がぴたりと止む。
 取り戻された静寂に、夏目の頬が染まるのは時間の問題だった。授業参観の小学生のような体勢で、今更恥ずかしさが追い付いてくる。
 しかし、なんでもないですと縮こまろうにも全ての耳が夏目の言葉を待っている。塔子さんに至っては、期待と不安が入り混じった視線までも向けている。恥ずかしい恥ずかしい、穴があったら埋まりたい。でも、でも誤解だけは解いておかねば。好き嫌い云々が喧騒クロニクルの遥か彼方へ押し流されていったことなど、夏目の頭にはモミの葉っぱ一枚分ほどもない。

 「ぜ、全部…おいしいです……!」

 ようやくそれだけを絞り出した。何だこれは、感想か。宣言か。
 言ってしまってから更に穴の奥深くに埋没したいと夏目は思った。テーブルの上には未だに沈黙。夏目は縮こまる。耳まで真っ赤だ。
 探り合いの場か何かのように静寂ばかりが続くかと思われた矢先、塔子がふわりと笑った。

 「ありがとう、どういたしまして」

 それをきっかけに音が溢れた。皆が皆口々にうまいうまいを連発し、ありがとうの応酬がところかまわず交わされる。パエリヤに惚れ込んだ塔子とおばあに弟子入り志願された田沼は思わぬ事態に目を白黒させている。

 「クリスマスパーティーってのはいいねぇ、夏目」
 「…」

 未だ少し紅潮したままの夏目に、餃子をキープしたがしみじみと語る。ちなみに餃子は焼きたてで、ひだがいささか崩れている。滋が出してきたホットプレートで、今まさに餃子が焼かれているのだ。ちなみに餡はメイドイン家で、皮は北本が打ち、包んだのは多軌と西村である。彼らは餃子が上手く焼けたといっては歓声をあげ、皮が破れたといっては悲鳴をあげている。

 (ここにニャンコ先生もいたら)
 そう思ってしまう夏目を知ってか知らずか、は餃子をぱっくり食べてにこにこと笑う。

 「誰かと食べるご飯はそれだけで美味しいけど、皆で騒ぎながら食べるのは格別だね」
 「……ああ……そうだな」

 だがそのために、夏目はニャンコ先生を仲間はずれにしたのだ。
 胸に溜まる澱を感じながら夏目は頷く。はパエリヤに手を出しながら、妙なことを言いだした。

 「知ってる? 宴会はねぇ、いろんなものを繋ぐ場なんだってさ」
 「…? どういう、ことだ?」
 「おじいが言ってたことだけど。袖摺り合うも他生の縁、てやつ? 知り合いも、知らない人も、関係ない人までが一体になれるのが宴会なんだって」

 あらゆる「誰か」が混ざり合う場所。それこそ人も妖も関係なく。
 不思議なことに、夏目にはそんな内容に聞こえた。
 吸いつけられるようにを凝視する。何故そんなことを言うんだ。ひょっとして、は知っている―――?
 パエリヤを全霊で味わっているは、夏目の疑惑に応える素振りなぞ見せなかった。ひたすら箸を動かすことに執心している彼女の真意を読み取るには、夏目の対人スキルは低すぎる。

 「……知らない…わけのわからない人と同席するのは、嫌じゃないのか」
 「袖摺り合うも他生の縁。偶然だろうが必然だろうが、同じ皿の飯をつつくならそれだけのこと。好き嫌いはその後よ」

 恐らくの念頭に妖などあるまいが、微妙に会話がかみ合うのが不思議だった。
 夏目は取り皿に乗った唐揚げをじっと見つめる。人か妖か。それは二つだけの分かれ道だと思っていたのに、草に隠れがちな獣道を発見したようなざわめきを薄らと感じた。
 ひょっとしたら―――…。その先に続く言葉を、夏目はまだ見つけられないが。

 「、ありがとう」
 「その唐揚げを作ったのはわたしじゃないぞ」

 でもまあ、どういたしまして。の返事を聞きながら、夏目はゆっくりと立ち上がった。





 宴会・快食

 Happy Merry Christmas!!



 でも、ニャンコ先生を連れてくることは  夏目にはまだハードルが高いと思う
 091225 J