天気予報は絶好のお出かけ日和ですと太鼓判を押した。恋人たちには残念なことに、ホワイトクリスマスとはいかなかったようである。
 もっとも夏目にしろ今日この日を鼻息荒く迎えた友人たちにしろ、色気より食い気を全力で企画した人間たちであったので、日本晴れは望むところだ。むしろ食べ物の輸送に手間がかからず諸手を挙げて歓迎したい。

 「納得がいかん! 納得がいかんぞ! 何故私が出席してはいかんのだ!」

 ばたばたと座敷の掃除に追われながら、夏目は憤慨するニャンコ先生に何度目とも知れぬ説得を繰り返した。

 「仕方ないだろ。には先生が見えないんだ」
 「おのれ、鈍感にぶちん人間め!」

 この私が見えんとはっ! 丸い体をぽよんぽよん怒らせる先生に、夏目は部屋に料理を持って行ってやるからと慰める。
 夏目にとっては迷惑なほど溢れかえる「力」は、普通の人間でもある程度はあるらしい。ので、北本やら西村でも本来は妖であるニャンコ先生を見ることができる。これはニャンコ先生が招き猫の実体に取りついて、いやむしろ同化しているからでもあるのだが、困ったことにその手の力を徹底的に持たない人間には実体持ちのニャンコ先生ですらさっぱり見えない。そしてその徹底的に鈍感な人間こそがだった。

 そこにいるはずの存在を見ることができないと言う。

 は、夏目とは正反対の、十円玉の裏表のような人間だった。
 北本たちが見えるニャンコ先生を、が見えないと言ったらどうなるか。
 クリスマスパーティーに、わざわざトラブルの種を混ぜ込むことはあるまい。そう思った夏目は、ニャンコ先生に「部屋で大人しくしててくれ」と頼み込んだのである。

 「私よりも鈍感女を取るとは色ボケめ……そんなに人の子の間で平穏を守りたいか」
 「………」

 ニャンコ先生を除外したら避けられるもの。皆からの疑惑。
 ニャンコ先生を除外したら守れるもの。の平穏。それから、―――自分の平穏。
 夏目は、臭いものに蓋をしてパーティーを楽しもうとしているのだ。
 三日月形の目をしたニャンコ先生は、そのエゴを鋭く突いた。

 押し黙った夏目は、弁解する言葉を持たない。結局自分も人間で、自分の都合で邪魔な人(ニャンコ先生の場合は妖だが)を遠ざけようとしている。
 人か、妖か。
 ふと、そんな岐路が頭をかすめる。唇を噛んだ。

 「ごめんくださーい」
 「おーい、夏目〜」

 その時である。玄関から、楽しげな北本たちの声が飛び込んできた。
 夏目ははっと顔をあげる。どうやら輸送部隊第一陣が到着したらしい。

 「あ、ああ、あがってくれ。座敷にいる!」

 ニャンコ先生から意識を離しがたいのだろう、焦ったような声音で返し、夏目は再びニャンコ先生に視線を戻す。

 「ニャンコ先生、」
 「時間切れだろう。私は部屋で飲むとする。料理を忘れるなよ」

 取り繕いはいらん。答えはゆっくり見つけろ。数百年の時を生きた妖は、丸い背中を返して座敷を出て行った。
 夏目は一人取り残される。ひどい罪悪感だった。

 「お、いたいた。な〜つめ、ファンタ買ってきたぞ。人生ゲームもある」
 「? おい、何かあったのか」
 「…あ、…いや、大丈夫だ」
 「そうか?」
 「パーティーにしけた顔は禁止だぞ〜」

 何か問題があったのなら遠慮なく言え。二人の目はそう語っていたが、こればっかりは口外にするわけにはいかない。
 夏目は心に刺さった棘を自覚しながらも、気を取り直して顔をあげた。もうすぐパーティーは始まってしまうのだ。

 「二人とも、机を運ぶのを手伝ってくれないか。塔子さんが張りきって料理を作ってくれているから、机が一つじゃ足りないんだ」
 「おおおっ! 喜んで!」

 男子高校生が三人もいると力仕事は簡単に進む。騒ぎながらテーブルクロスを広げたりしていると、「ごめんください〜」が到着したらしい。
 迎えに行ってくる、と言い置いて夏目は玄関に向かった。そんなに人の子の間で平穏を守りたいか。ニャンコ先生の言葉がふとよぎる。がいなければ、ニャンコ先生もパーティーに参加していただろう。人か、妖か。の出席は妖の混入を許さない。人と妖が杯を交わす曖昧な宴会は、夏目にとってはひどく近しいものではあるが、の存在によって異質さが浮き上がる。唐突に思い知った。自分の立ち位置の曖昧さを。
 (楽しめる、だろうか)
 今日のパーティーを。いや、それよりも―――楽しんで、いいのだろうか。
 そんな不安を覚えながら、夏目は訪問客を出迎える。訪問客はサンタだった。

 落ちつけ。落ちつけ自分。
 きっとさんから借りたんだ。おじいのだと言って、はサンタの衣装をゴミ袋に詰めていたではないか。

 敢えて笑顔を作った夏目は、業務用に違いないどでかいラックを抱えたサンタの後ろ姿に近寄り、声をかける。
 もやしとはいえ、力仕事ならよりも夏目の方が向いている。

 「大丈夫か、代わるから、……ッ!」

 どアップだった。
 どアップの、おじいだった。

 その瞬間の驚きを察してほしい。魚のようなぎょろ目と至近距離で対面した夏目の気道は一瞬でひっくりかえり、詰めた息が妙な具合に心臓の鼓動を早めた。尻もちをつかなかっただけ拍手である。おじいのどアップは可愛くない地蔵が動くくらい心臓に悪い。
 驚きでつっかえて上手く話せない夏目が意味のない音を発するのを気にも留めず、おじいサンタは無駄のない動きで情け容赦なく業務用ラックを夏目に持たせた。一気に指に荷重がかかり、夏目はうっかり爪先にラックを落としそうになった。

 「すまんのう、おかげで助かったわい。ぎっくり腰の気配が忍び寄っとったもんで」
 「は、はあ」

 それはよかった…と、夏目はひきつりながらラックを玄関のたたきに上げた。ふわり、と良い匂いがする。
 ………よもやまさか、これ全部食べ物か。
 ありがたい、ありがたいのだが、夏目はにわかにテーブルのスペースが心配になった。

 「おじい、男手はあるんだから無理は…あ、やほーい夏目ぇ」

 元気よく肩を解しながらどれ第二弾をと意気込むおじいを追いかけて、業務用ラックその二を抱えたが顔を出した。その背後に、どういうわけかプラスチック製のモミの木がうごめいている。根元を持っていたのは見知った顔だった。

 「田沼…」
 「ああ、夏目…」
 「途中で会ったの。こんだけ食べ物あるなら、一人二人増えても無問題っしょ?」

 ちなみに多軌もいるよー。促されてみれば、モミの木の後にオーナメントの袋詰めを持った多軌が困り気味な顔で立ち尽くしていた。
 夏目友人一同、勢ぞろいである。





 宴会・集合

 「どっこらせ。お邪魔しとります、藤原さん」
 「あらあらさん、お忙しいところすみません」
 「おお、美味そうですなあ。さすが藤原さん」
 「ついつい、張りきってしまったんです」
 「それはいい。藤原さんも着ますか?」
 「まあ、よろしいんですか?」
 「やめてください、お願いします……」



 どこにでもある岐路
 気付いてたかい?
 091225 J