畦道の真ん中で、ツリーもどきが仁王立ちしている。
 気まぐれな寒風に揺れる、毛先の先っぽにひっかかった低級霊を辿って頭頂部に目を遣ると、そこには場違いに可愛らしいクリスマス仕様な飾りつきシュシュがある。
 そのまま頬に沿う髪を辿って視線を下げると、金やら銀やらのもさもさが西日を弾いて輝いていた。さながらマフラーのようだったがちくちくして痛そうだ。その証拠にツリーもどきはタートルネックで首回りをばっちり保護している。しかしそのタートルネックが黒なものだから、デコレーションオーナメントが目立つといったらなかった。更に言えば肩に担いだゴミ袋から覗く諸々のクリスマスグッズのせいで、火事場ならぬクリスマスにかこつけた泥棒に見えなくもない。夏目はうっかりおまわりさんと叫びそうになった。実際西村は「おまわ」まで叫びかけ、察したツリーもどきから盗品入りゴミ袋の直撃をくらった。とんだサンタもいたものである。

 「失礼な。誰が泥棒か!」
 「…………」

 相変わらず、何をしてるんだお前。
 の行動は常に唐突かつ意味不明だ。ひょっとして妖の同類かと最近真剣に考える。ニャンコ先生に話したら愉快な顔で猛烈に怒られた。あんなわけのわからん頭は人間以外にあるまいと。腹が立ったので剥いていたみかんは一人で食べることにした。

 「なんだ、か。何やってるんだお前」
 「なんだとはなんだ北本。おじいが老人クラブではっちゃけた私物を引き取ってきたのよ。今時こんな良い子がわたし以外にいるかね」
 「あ、おれさんのおじいさんがどういう人か一瞬で想像できた」
 「奇遇だな西村、おれもだ」
 「二人とも、一応さんは普通のおじいさんだぞ…多分」

 不穏な妄想をする友人たちに、夏目は一応のフォローをする。しかし脳裏に無駄に迫力のある顔を思い描いた途端、語尾が頼りなくなるのは避けられなかった。どんぐりクッキーに釣られて宅に遊びに行った日、どういうわけかゴッドファーザー愛のテーマをBGMに顔を覗きこまれた時は新手の妖かと思った。ちょびとは違う方向で恐怖の顔だ。ついでにゴッドファーザー愛のテーマは背後での祖母が掲げたラジカセから流れていた。実にシュールである。

 「それにしても、もうクリスマス目前なんだな」
 「言うな北本! 独り身に現実を教えるな! 聖夜なんか滅んでしまえ!」
 「はは…皆は、何か予定があるのか?」

 田園風景のど真ん中で聖夜を呪う西村はそっとしておくことにして、夏目は北本とに問いかけた。彼本人の予定はいわずもがな無い。それどころか、クリスマスにかこつけて『犬の会』が酒盛りを始めるのではないかと戦々恐々だ。
 男らしい見た目に反して女っ気のない北本は短く無計画の旨を告げ、そしてそれはも右に同じだった。和菓子屋でバイトをしているには、西洋行事はかきいれ時ではないらしい。

 「皆予定無いのねー、寂しいことよ」
 「クリスマスなんて! クリスマスなんて!」
 「だな……なあ、皆暇なら、おれたちでクリスマスパーティーでもしないか?」
 「え、パーティー?」

 北本の提案に、夏目は思わず面食らった声をあげた。それに含まれる不思議そうな音を聞き分けたのか、北本は「だめか?」と夏目を見遣る。夏目は慌てて首を振った。

 「いや、今までそういうのって、……あまり、したことなかったから」
 「マジで? じゃあやろうぜ、クリスマスパーティー! ケンタッキーをかじって心の叫びをマイクにぶつけるんだ!」

 恥じらう乙女のような夏目の肩を途端に復活した西村が抱き、エアマイクを振り回して気勢をあげる。彼の心は既にカラオケにあるようだ。冬休みに突入したばかりであるので、それも致し方ないことだろう。
 何やら思うところがあったのか感じ入る北本の隣で、西村と同じくお祭り大好き属性なが鋭く待ったをかけた。首から下げたもさもさをがっしり握り込み、瞳にその輝きが映り込んでいる。というかむしろ燃えている。

 「夏目、北本、西村、あんたらに、むしろあんたらの胃袋に問う! あんたらの胃袋はカーネギーおじさんの鳥の足で満足できるほど軟弱か!」
 「!?」
 「いや足りない」
 「足りるかー! でも金がないー!」

 上から夏目、北本、西村である。実に個性が反映された返答だ。
 意味を測りかねる夏目がの意図を尋ねると、彼女は「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」とまるで悪役のような笑い方をした。悪のマッドサイエンテイストだ。思考の斜め具合からネジの散乱具合まで見事なまでにマッチしている。どうして彼女は一組ではなかったのだろうと北本は思った。彼女なら文化祭で演じた劇の悪役がさぞかしはまり役だっただろうに。

 「皆で食べ物持ち寄って食い倒れパーティーしよう。お歳暮で食べ物が溢れてるんだ、ガンガン消費しようじゃないか」

 クリスマスの飾りもこれこの通り、とはゴミ袋を掲げた。半透明の膜を透かして、サンタの衣装やらなまはげの面やらが詰め込まれている。一体どんな老人クラブで、一体どんな惨劇が起こったのだろうと夏目はそこはかとない不安を感じた。なまはげの面をつけたサンタなんて怖すぎる。
 一方、食べ物に釣られた西村は歓声をあげ、北本は冷静な所見を述べた。

 「食う食う! おれ食いだめするよ!」
 「それだと、大分広い座敷がいるな。おれんちや、西村んちじゃ狭い」
 「あたしんちならそこそこ広いけど、今正月準備でえらいこっちゃよ」
 「あの家なら、そうだろうな」

 夏目はの家を思い出す。色んなモノが色んな形でわんさかといる半妖怪屋敷だ。庭に神社があるのにはたまげたものだ。あの家ならやることも多かろうと、夏目は大掃除という歳末イベントを斜め上に解釈した心配をする。

 「だとすると…」

 三人の目が夏目に注がれる。夏目は思わず後ずさりした。皆、夏目の事情はよく知っているし、嫌なら断ってもという雰囲気ではあるのだが、いかんせん若い胃袋たちは瞳から期待のオーラを発射する。

 「夏目、頼めるか?」
 「ぅ、えと…」
 「無理はしなくていいけど……」

 塔子さんたちも喜ぶんじゃないかな、とは西村の言である。普段おちゃらけている西村であるが、彼は藤原夫妻が夏目に実子のように接したがっていることをなんとはなしに感じているし、それだけに遠慮がちな夏目が歯がゆくてしかたない。意外と心の動きに敏感なのだ。そして北本も、同じように夏目を心配しているし、ここらで少しずつ遠慮をとっぱらっていった方がいいんじゃないかと思ってもいる。夏目にはいい加減、藤原夫妻にも自分たちにも垣根を越えて接してほしいのだ。
 夏目は彼らの声なき声を聞くには聞いた。しかし、長年のたらいまわしで抱え込んでしまった遠慮とか、そしてそれ以上に自分の特殊な力によってもたらされる迷惑を考えてしまい、どうしても臆病心を捨て去ることができずにいる。聞こえてくる声に応えたいのに、迷惑じゃないかとか、そんなことばかり考えてしまって。

 「あーあー、夏目、そんな顔はしなさんな」

 よほどひどい顔をしていたのだろうか、が泣き虫をあやすように言った。少しだけつま先立ちをして手を伸ばし、それこそ保母か何かのように頭を撫でる。
 はニッと笑った。妙に印象の強い表情だった。
 飄々とした彼女に相応しく何も考えてないようで、夏目を勇気づけているようで、無理はしなくていいと逃げを認めているようで。けれども夏目はふと、彼女の唇がこう囁いているような気がしたのだ。「ここは岐路だ」と。
 ほんのささいな事柄で、逃げ道もあることを示しながら、しかしこれは小さな岐路なのだと雄弁に語っているのだった。
 は教えるだけで唆しはしない。甘やかしもしない。夏目が勝手にそれを感じ取っているのだから当然だ。はただ岐路を示すだけ示して、選択は夏目の手の中にある。

 「……おれ、言ってみるよ」
 「本当か!」
 「でかした!」
 「なぜわし!?」

 北本と西村が沸き、の手が離れる。夏目は宿題を背負い込んだというのに、不思議と温かい気持ちで笑った。





 宴会・計画

 「あの、塔子さん」
 「なあに? 貴志くん」
 「……実は、友人たちとクリスマスパーティー、を、したいんですけど……」
 「………」
 「…あのっ、無理なら、……駄目なら、別に」
 「素敵っ!」



 (一歩、踏み出せる場所にいる。そんな風に思ったんだ)
 091223 J