よりにもよって全校朝礼の日に寝坊するなんて!
 わたしは教師に見つからないよう玄関に駆け込み、足音を殺しながら誰もいない廊下を駆けた。浅い春の空気は思わず堪能したくなるほどだったけれど、人気のない教室がというのは人の心を逸らせる。廊下の時計を見上げると朝礼開始まであと三分。走れば開始前に体育館に駆けこめる、か? いっそ潔くサボった方が賢い気がしてきた。
 わたしは大慌てで鞄と原付のヘルメットを机に放り、最後の希望にかけて反転しようとした。

 ずるっ

 「わ、わああ!」

 急ぎすぎたのか、足が滑ってバランスを崩した。咄嗟に机に手をつこうとしたけれど、あえなく諸共に倒れて、派手な音と共に床にダイブ。運良く頭は打たなかったが、尻と肘が痛くて泣きそうだ。嘲笑うように時計の針が使命を果たし、流れる薄情なチャイムの音。ああもうサボろう、朝礼なんて知るものか。
 痛む尻をさすりながら、起きたわたしは引き倒してしまった机を起こす。机の主はそこそこ真面目な生徒のようで―――あ、ここ夏目の席だ。納得した―――不真面目な誰かのように置き勉の教科書がぎっしりというわけではなかったため零れた教科書類は少なかった。国語、数学、日本史。そういえば今日歴史のプリント提出だった。皆が戻ってくるまでにやろうかな。
 散らばった教科書やノートを収め、戻ってきたら詫びておこうと思ったわたしはふと、床に落ちている何かに気がついた。

 「なんだろ」

 拾い上げたその紙をひっくり返すと、知らない人たちが映った写真だった。誰だろう? 少し古い写真の中で笑う男の人と女の人。女の人は、一目見て同級生を思い出すほどだったので、ああなるほど夏目のお母さんかと納得する。ということは隣の人はお父さんかな。
 思わずじっと見てしまった夏目の両親。お母さんは、理性的な感じの美人。夏目が女の人だったらこんなだろうなあと思わずにはいられない。あ、でも、夏目の雰囲気はお父さん似だな。柔らかい笑顔は、夏目が時折見せる笑い方に良く似ている。いや夏目が似たのか。ああでもお父さんの方が包容力ありそうな感じだなあ。優しそうなのは似てるけど、これが年の功というやつか。
 しかしそれにしても。

 「夏目も人の子だったんだなあ」

 わたしは自分の机に腰掛けて、窓からの光を写真に当てる。失礼な言い草だとはわかっているが、夏目は時々、なんていうか、地に足がついていないような気がしていた。まるで、誰もが背後に背負っているバックグラウンドを、彼だけは断ち切って生きてきたような。

 「まあ、人のこと言えないけど」

 でも最近は夏目、そんな不安定さもなくなってきたなあ。北本たちの功績だろうか。まさに友情は偉大かな。ざわざわと人の気配が広がり始めた、どうやら朝礼が終わったらしい。結構長く写真を見ていたみたいだ。歴史のプリントできなかったな。いいや、内職しよう。
 わたしは友人の両親をもう一度見つめた。

 「初めまして、夏目のお父さん、お母さん。わたし、って言います。夏目の友人だと自負してます……多分、夏目もそう思ってくれてると思います、多分」

 そうじゃなかったらへこむ。結構仲良いつもりなんだ。男女で友情は成り立たないはずがないと信じている。
 生徒のざわめきが近くなってきた。西村の声が聞こえるので、じきに夏目も戻ってくるだろう。そしたら謝って写真を返して、友達確認をしてみようか。
 帰還者の第一陣が、教室の扉を開いた。





 写真

 「夏目、わたしたちって友達よね?」
 「? ああ。違うのか?」



 110520 J