わたしはシャープペンを握りしめたまま、彼の長い睫毛が陽の光を浴びてきらきらと光るのを見ていた。ススキの穂のような秋の日差しは早々と夕暮れの気配を孕み黄金色。生成りのカーテンの網目がワックスのはげかけた床に綾を描いている。そういえばそろそろ月一の大掃除があるはずだ。教室当番になれればいいけど。ワックス係なら最高だ。クラスメイトの発散する熱が散った教室は、木枯らしを間近に控えた校庭や廊下よりずっとずっと暖かい。
 うう、と微かなうめき声が聞こえた。わたしがただ見守る中、発生源が身じろぎする。またかと、怒りよりも呆れを浮かべた老教師がペンギンのように体を左右に揺らし、緩慢な動作で彼の脇へと忍びよる。周囲を固める彼の友人は苦笑いし、あるものは読みかけの漫画を隠しあるものは彼の背をつつく。それは全くの無駄なのだけども、いわゆる美しい友情というやつなのだろう。なんとも穏やかな午後の情景。タイトルをつけるなら

 「やめろ…やめろ、ニャンコ先生!」

 お前勇者だ。
 午後の紅茶な気分も吹っ飛んで、わたしはぽてりとシャープペンを落とした。かつーんからから。静まり返った教室になんとも間抜けな落下音が響く。
 優雅な午睡からお起きになった彼は寝ぼけ眼のまま何やら安堵しているが、一つ忠告しといてやろういいかねよく聞きたまえ。

 「夏目、夏目」
 「ん……なんだ、?」
 「涎拭いてから右向けぇ」
 「よっ…!?」

 ばっと口元を抑え、バツが悪そうに眉をしかめた夏目は柔らかそうな髪を揺らして右を向く。素直でよろしい。
 視線を向けた先には驚きと苦笑いが微妙にブレンドされたクラスメイトの笑顔があって、わたしからは見えないけれども怪訝な顔をしているに違いない彼のためにナビをしてやる。ポイントは軽い口調と声音、こみあげてくる笑いの渦に身を投げたら負けだ。

 「そのまま下―」
 「下?………ッ!?」

 随分寝苦しそうだったから怖い夢でも見ていたのかもしれないが、それよりよほど怖い現実がそこに這いつくばっている。実に見事な右ストレートを食らった数学教師。ちなみに直前まで彼が話していたのは新しい公式であり、それは既に黒板から姿を消している。代わりにチョークの軌跡が描くのは、彼が冗談半分に紹介した大学入試問題で。

 「せ、せ、せんせ…!」

 蒼褪めた夏目が慄いた声で半端な言葉を紡いでいる。しかしわたしたちは忘れない、夏目は彼を起こそうとした数学教師の手を暴言と共に振り払い、彼の脇腹に拳を埋めたのである。いやあ大した勇者だはっはっは。
 あ、駄目だ腹筋限界、ぶふぅと吹き出す音に被さるように、自業自得の解答指名と夏目の悲鳴が響き渡った。





 午睡

 「しかし見事な右ストレートだったね。趣味はボクシング?」「言わないでくれ…」


 ほんのりラブで行こうか迷って結局ニヤニヤ学園になった(何それ
 081107