誕生日なのだと聞いた。 それは人伝の人伝で、当の本人はそんなこと言わなかったし素振りも見せなかった。 もし小十郎からそれを聞いたまつが教えてくれなかったら、何も知らないままその日を通りすぎていただろう。 そんなのってあるか? あるか。 は政宗の家族ではないし彼氏彼女なウフフアハハでもない。第一同性。多分友達だとは思うけれども、誕生日を祝うほど親しいのかはよくわからない。 こっちとしては親しいつもりでいるし、向こうも友達とは思ってくれてると思うのだけど。……多分。 慶次が聞けば顎が外れそうな醜態をさらすだろう鬱思考を真剣に考える。いかんいかん、鬱になるなんて俺らしくない。頭を振って我を取り戻したは、とりあえず財布をひっつかむ。 「待ってろマサムネ。オトシマエはつけてもらうぜ」 誰かを祝うにしては物騒だった。 「おかしい」 台所に仁王立ちしたは、目の前の物体とクリップで止めた本のページを見比べて呟いた。 窓を開け放っても甘い匂いに満ち満ちたそこには、出来立てのバースデーケーキが鎮座している。 意地でも祝ってやる、そんな妙な気概に従って作り上げた一品だ。製菓用具から買い集めたにしてはなかなかの出来栄えである。 色、という一点を除いては。 どんな角度から眺めても、生クリームに覆われたそれは紫色だ。紅芋なんか混ぜてないのに、見事なバイオレットである。バイオレットケーキとして陳列したら売れそうだ。材料が何かは不明だが、 本に忠実に従ったのに、何がどうして紫色。写真にはクリームが眩しい真っ白ケーキが映っている。 「味は問題ないけど」 余ったクリームをつまみ食いして評価する。別にうにょうにょ動いてないし手も生えてなければ口も無い、叫びださないいたって普通のクリームだ。普通のクリームは動かないし叫ばないのはさておいて。 というか、動こうが叫ぼうが色がおかしかろうが、食べられるならには全く問題はない。 しかし政宗は気にするので、の基準なら合格点のこのケーキは不合格。あ、なんかむかっ腹立ってきた。食えるならいいじゃないか政宗の奴。 わがまま言うんじゃねぇよと、政宗が聞いたら怒り狂いそうなことを呟き、はバイオレットケーキを冷蔵庫にお蔵入りさせる。あとで自分で食べよう。 折角祝うのだ、どうせなら遺憾なく喜んでもらいたい。その為に目指せ、白ケーキ。 は再び材料を並べ、一から作り直していく。今度こそうまくできますように。Happy Birthday Masamuneと書いた板チョコを載せられますように。 そんな小さな祈りは、しかし神様には届かなかったらしい。 再挑戦したケーキは燃えるような赤色で、再々挑戦したケーキは見事なまでの緑色だった。最後はクリームが足りなくなってチョコケーキにしたのに緑色。何故、ほんとに何故。 動かないのがせめてもの救い、しかし政宗が食べないならば意味はない。だってこれはバースデーケーキだ。 (もういいじゃん、もともと政宗は誕生日教えてくれなかったんだし、……それに、家族でもないのに手作りケーキなんか重いよ。俺ってば何期待してんの) ここまでくると何もかも嫌になってきて、は真っ赤なケーキをつついてみる。食紅なんていれてないのにお前なんで赤いのさ。幸村か、幸村に食わせれば万事解決ということか。 政宗なんかもう知らんと決めた時、玄関のチャイムが鳴った。 「はい?」 『Good evening, 。小十郎が飯食わねえかって』 「い、いらないっ」 政宗だ。政宗だ。 うわあどうしよう、は玄関ドアにへばりついた。 お前どうしてそんな誘い持ってくるんだ、だってそれ誕生日祝いだろ。どうして俺なんか誘うんだよ。俺何もできないのに。ケーキだって色とりどりすぎるのに。 の様子を不審に思ったのか、政宗は食い下がった。 『Why? いつもならタッパー持参で来るじゃねえか』 「もう昼飯作っちゃったもん。今度行くよ」 『Pardon? Lunchっつったか? もう5時だぜ?』 「え、うそっ」 だってケーキ作り始めたの10時だったはず。驚いて時計を見ればたしかに短針は5を指して、窓を見れば空は淡く夕暮れに染まっていた。 知覚した瞬間腹が鳴る。どんだけ集中してたんだとは頭を抱えた。 『……おい』 「………何さ」 この期に及んで未だドア越しの政宗を恨めしげに睨みつける。全部お前のせいだこの野郎。 奴はしばらくあーだのうーだのためらっていたが、やがておずおずとその言葉を、言った。 『ケーキ、つーのは…』 「………ッ、ちょ、ちょっと気分転換に! こないだ見た雑誌で美味しそうなのがあったから!」 何でお前が知ってるの! 数秒前にまさかの失言をかましたとは思いもよらず、は裏返りかけた声で弁明する。 これじゃ白状しているようなものだ。ああもうどうして、とはギリギリ歯噛みした。どうしてこの程度の嘘がつけない。もっと重大な嘘も隠しごとも山ほどしているくせに。 『そうか…』 声音に少しだけ落胆の色を見つけて更には戸惑った。食べてみる? その一言が喉まで出かかっているけれど、食わせられるかあんなビックリカラフルケーキ。 ていうか政宗、そんなにスイーツ好きだったっけ。どちらかといえば苦手だった記憶がなきにしもあらず。 そんな相手にケーキを贈るパラドックスは無視だ無視。 「で、でもあんまり出来良くないからさあ。もったいないから食べようと思うんだけど、あ、でもユキムラにでもあげようかなあ。あいつなら甘けりゃなんでも食うだろうし」 一体どんな認識だ。うっかり佐助に聞かれようものならにっこり笑顔で詰め寄られそうだが、彼の認識はあながち間違ってはいない。 しかし、幸村の名を聞いて違う意味でいきりたつ男がここに一人。 『Don’t give it to him! 寄越せ、俺が食う!』 「えぅえ?!」 『Shit! さっさと鍵あけろ!』 がっちゃがちゃとノブが揺れ、その激しさに恐怖を覚えたは半ば無意識のうちに靴箱の奥を探り、取り出したそれのスイッチを入れて金属製のノブに押しあてた。ドアの向こうで脳天を揺さぶられたような悲鳴が上がる。 スタンガンを下ろしたは、そうっとドアの向こうに耳を澄ませてみた。多分死んではいないと思うけど。 案の定、かなり床に近い位置から何かぶっちぎってしまった低い笑い声が届く。はぞっとした。 『OK, OK, 楽しいpartyの始まりというわけか…』 「あ、あのマサムネ? ごめん、悪かったけどちょっと怖くて、おい聞いてる? おーい」 『Let’s show time!』 「ちょ、待てよごめんってば!」 しかし制止の声も虚しく、獣と化した政宗は派手な音と共に何かを破壊した。隣室の佐助の悲鳴が壁越しに聞こえてくる。「わああ竜の旦那何すんの?!」「うるせえ猿、黙ってろ!」「ちょそれってひど、わああ土足! ていうかドア! 弁償して」「キャッシュで払う、文句はねえな!」―――やばい。殺られる。 慄いたはすぐさま踵を返して走り出す。政宗の意図は読めている、ベランダから室内に侵入するつもりだ。 そうはさせるかと窓の鍵に手をかけた瞬間、無駄にいい運動神経を遺憾なく発揮して政宗が踊り込んできた。そうなればあとは腕力がものをいい、必死の抵抗も虚しく政宗の侵入を阻む術はない。 「ナメた真似してくれんじゃねぇか、Ah?」 静電気をぱりぱり纏いつつ、アフロになった政宗はを見下ろして悪どく唇を釣り上げた。は体中に警戒をみなぎらせてじりじり下がる。もう嫌だ。泣きたいほどの不満が心を満たして溢れる。 政宗のために焼いたケーキは大失敗、昼食は食いっぱぐれるし挙句の果てにこの喧嘩。ただ祝いたかっただけなのに、やることなすこと裏目に出ている。 じわじわ狭まる距離が憎らしい。明日にでも荷物を纏めてイタリアに帰ろうと考え始めた時、政宗の足が止まった。 訝しく思って目線を辿ると、 「あ…! 違う、それ違っ」 制止するより政宗の方が早かった。無言で台所に歩み寄り、色鮮やかすぎるケーキを凝視して、その近くに置かれた板チョコへと手を伸ばす。自身の記念日を祝う言葉が書かれた小さなチョコを、政宗は何も言わず凝視する。 見られた。はもう泣きそうだった。いたたまれなくて視線を足元に落とし、断罪を待つ被告人のようにうなだれる。 だから食器が触れあう音がした時、それが何だかわからなかった。 恐る恐る顔を上げたの目に映ったのは、フォークで赤いケーキを切り崩す政宗だった。 何かに取り憑かれたような勢いで黙々とケーキを口に運ぶ政宗に一瞬呆気にとられ、すぐに我に返って「マサムネ!?」と叫ぶ。振り返った政宗は、口にクリームをつけていた。 「お、お前何してんの」 むしろ何で食ってんの、そんなもの。 普段からとかくの料理に落第評価をつける政宗だ、その彼が真っ赤なケーキを食うなど信じられない。 政宗はの視線を避けるようにあっちこっちに視線を飛ばし、最終的にはケーキを睨みつけてこう言った。 「作ってくれたんだろ」 親の敵を見るように仏頂面で、ぼそぼそ呟かれた言葉に、しかしは先ほどとは別の意味で泣きそうになった。 確実に緩んできている涙腺をなんとか押し留めているうちに政宗は赤いケーキを完食し、緑のチョコレートケーキに目標を定める。 休む間もなく食べ切ろうとする政宗を、笑みを抑えきれないまま止めた。 「やめとけ。小十郎の飯が入んなくなる」 「俺はこれが食いてぇんだよ」 「あとで食え。明日に回したって良い」 あんまり食うと胸やけ起こすぞと忠告し、は溢れる喜びを言葉にする。 「Happy birthday, マサムネ」 Hide in cake |
やっぱ王道ネタもしようかなーと(これ王道か? 最近糖度が増してきたと思うのは気のせいですか もっと糖度下げねば…うぬぅ 080909 J |