「誕生日会?」 ああもうそんな季節か。坊はお誘いの和歌まで携えてやってきた政宗に四季の移ろいをしみじみ感じた。いやむしろ過ぎゆく年月の早さを。 威風堂々たる政宗に、地面に寝転がって生命の輝きを一生懸命目で追っていた子供の面影は既に遠い。坊が心配するくらい小食だった梵天丸は、成長期と共にむくむく育ちあっさり坊の身長を抜いた。それは最近再会した弥三郎も同様で、ままごと遊びに夢中だった子供が半裸で海賊を率いるようになっていた。まさに光陰矢の如し。坊は年月の残酷さを涙ながらに実感する。 「Yes. アンタが祝ってくれたあの時みてぇに、感動的なpartyにするぜ」 「いや、あれはちょっと術を使っただけで」 なんと政宗は何年も前の、たった数時間の出来事を覚えてくれていたらしい。しかも感動的とまで。 照れた坊の手をすかさず取り、根暗な子供から劇的ビフォーアフターを遂げた政宗は流れるように手の甲に接吻する。坊が凍った。 「アンタとの思い出を、俺が忘れるわけないだろ?」 「……ッ、お前絶対忘れたもしくは曲解しとる! おれはこんな子供を育てた覚えはない!」 「だが俺を変えたのはアンタだぜ? ―――ちゃんと出席しろよ、じゃねえと……」 「やめろ、そこで言葉を止めるな! じゃないとなんだ、聞きたかないが!」 「んじゃ言わねぇ」 「すまん言ってくれ頼むから!」 「○○で×××で△△△△をピーしてやる」 「すいません出席させていただきます!」 お前の思わせぶりは怖いんだよと思いながら言葉を待った坊は、答えを聞いてそりゃもう盛大に後悔した。育て方どこで間違った。他の子供たちはまともに育ってくれたのにと嘆く彼は、その認識が大間違いであることをまだ知らない。 Thrower いよいよその日がやってきた。術で翼を収納し、普通の着物に着替えた坊は米沢城を見上げてごくりと唾を呑みこんだ。 わかっちゃいたが、政宗は一国のお殿様だ。粗末な庵に起居する坊とは比較すること自体がおかしい。 それにしても天狗なんか招いて本当にいいのかと躊躇したが、肩を押す手に促されて最初の一歩を踏み出した。 「流石独眼竜だな。兵士たち、良い面構えしてやがる」 「フン、知能の低そうな輩ばかりよ」 「二人とも、付いてきてもらっといてなんだが…弥三郎、あまりふらふらするな。迷子になっても知らんからな。松寿丸も、人を貶すんじゃありません」 どこにでもいそうな人間に化けた坊の両側には、着物の前を大きくはだけた元親と、きっちり礼服を纏った元就がいた。 久々に会った際に「梵天丸の誕生祝いの宴にいく」と零したら「じゃあオレらも連れてけ」と強引に押し切られたのだ。特に元親はやたら燃えていた。 そんなに梵天丸に会いたいのか、そういや久しぶりだもんなと坊は納得した。したが、それは誤解というものだ。もっともここで坊が、指をバキバキ鳴らす元親の思惑を理解できるようなら、立派に育ちすぎた子供たちが苦労するはずはない。 鈍感力は平穏無事に生きる上で必須スキルなのかもしれない。 門番に要件を伝えると既に言付けられていたようで、すぐに城内へ案内された。 奥に進むにつれていい匂いが漂いはじめ、笑い声が大きくなっていく。 ついに騒ぎの中心である部屋の前に立ち、坊は我知らず呼吸を整えた。吸って吐いて吸って。 大勢の人間の前に出るのは百年単位で久しぶりだ。カボチャカボチャカボチャの煮付けと呟き、キッと覚悟の眼差しを上げる。 「何をぐずぐずしている。さっさと入れ」 「わあああ心の準備があっ」 怜悧な美青年に成長してくれた元就がやっぱり冷たく襖を開き、容赦なく蹴りいれられる。無様に転んだ坊の前にスッと手が差し出された。 「Welcome, my sweet! 来てくれて嬉しいぜ」 「梵天丸…」 前半の異国語意味わからんと思いつつ、坊は育て子の輝かんばかりの笑顔に涙する。 良かったなあこんな楽しそうな顔できるようになって良かったなあ。もし彼が政宗の異国語を理解できていたらこんな感想抱くまい。しかし残念ながら坊が解するのは日本語と唐言葉だけだ。陰陽師に英語は必要ない。 坊は差し出された手を取ろうとしたが、横から伸びてきた太い腕が彼の体を抱き上げた。政宗が不快さを露わにする。 「なんでここに鬼がいんだ? テメェなんぞ誘っちゃいねぇ」 「悪いが、欲しいものは奪うのが海賊の流儀でね。勝手に手ェ出すんじゃねぇよ」 坊の頭の上で火花が散る。弥三郎も梵天丸を祝いたいんだなーと思いこんでいた坊としては理解不能の事態である。 「え、あれ、あれ? お前らどうしたの、ねえちょっと」 「竜だかなんだか知らねえが、人のモンを横取りしようとするんじゃねぇよ」 「Ha! と俺の間にゃ深―い絆があンだよ。テメェこそを自分のモンみたいな言い方しやがって」 「おいおいおい、おれいつの間に誰かのものになったの」 「オレのが坊との付き合いは長いぜ? 何もかも知りつくした仲だ」 「時間の長さなんか理由にならねぇな。大切なのは深さだろ?」 「知りつくしたって何、てこら梵天丸引っ張んな、痛い痛い離せやめて離して」 「離せって言ってるぜ? 坊のため思うなら離せよ、ガキじゃあるまいし」 「ガキでいいさ、俺は欲しいものは手に入れる」 「あ、痛い痛い弥三郎そこ握るのやめて首絞まるぐぇ」 「これだから田舎モンはよぉ。ちっとは他人を思いやったらどうだ? 誕生日会とやらにしたって、自分で祝ってちゃ世話ねぇな」 「アンタにだけは言われたくねぇな、この歩く破廉恥野郎が。目が腐るんだよ、他人の目を思いやれ」 「く、ぐるじい…た、助け、松寿丸助け、」 「断る」 「こじゅうろ…」 「政宗様、ご存分に」 四面楚歌とはこのことか。ちくしょう人なんて信じられない! 坊は絶望した。政宗と元親はお互い睨みあったまま坊を見もしない。やばい、このままじゃ裂ける。 彼は何もしていないのに、一体なんの拷問だ。誰か大岡奉行を連れてきてくれ、大岡裁きをしてください! 「真田みてぇなこと言ってんじゃねえよ。見ろ、この腹筋! 胸筋! 上腕二頭筋! これが男の魅力ってもんだ、テメェの貧相な体じゃ坊を満足させることはできねぇな!」 諸肌脱いだ元親が声高らかに宣言する。顕如が聞けば喜んで入門届を差し出すところだ。 満足って一体何だと問いたいが、坊にはもはや声を出す余裕も無い。 「Ha! 男の魅力は見た目じゃねえ、男はHeartで勝負だ!」 言いつつ政宗も諸肌脱いだ。真白い体だが適度に鍛えられている。どばーんと胸を示しながらキメた政宗に周囲から喝采の嵐が起こった。 はぁとと言うのが何かはわからないが、それが心という意味なら今すぐこの争いをやめてくれ。坊は切実にそう希望する。 実に下らない争いを観戦しつつ杯を干していた元就は、そろそろ坊の顔色がやばそうなことに気がついた。 いくら人間でないとはいえ窒息するのはまずいだろう、そう考えたとても優しい元就様は、嫌々ながら野蛮人どもに声をかける。 「そんなに勝負がしたいなら、戦いでも飲み比べでもするがよかろう」 効果は実に劇的だった。二人はすぐさま手近な酒瓶をひっつかむと、一息のもとに飲み干しにかかる。ようやっと解放された坊は政宗の部下によって雛壇に運ばれ、まるで戦利品の扱いだ。 車座で囃し立てる部下たちは、ひたすら酒瓶の山を築く二人の阿呆に釘付けである。 元就はその中を悠然と歩み、弱弱しい自発呼吸を行う天狗の近くに腰かけた。 「天狗とは思えんな」 「奴らがおかしいんだ…。やっぱり育て方、間違えた……」 さめざめと泣く坊に、元就はさもあらんと鼻を鳴らした。しかし一方でこう思う。馬鹿は死なねば治らない。ならば奴らは生まれる前から馬鹿だったのだ、坊が嘆く必要はあるまいと。 「あ、松寿丸」 「なんだ」 「ありがとう、な。助かった」 虚を突かれた元就の頭を、坊の手が優しく撫でる。 時が経ち、自分たちは大きくなって、けれど坊は変わらない。その手は小さい頃のように大きいとは感じられなくなったが、髪を梳くその手付きに込められた温かさは昔のままだ。 元就は小さく微笑んだ。 「礼には及ばん」 結局元就も、坊に甘い馬鹿の一人に違いなかった。 |
そして翌日、酔って転がるマグロどもの世話をする 政宗の誕生日祝なのに…あれー? 080908 J |