個性を消し去る道化師の化粧を歪めて彼は笑った。政宗の常識からしたら異形以外の何物でもない青く塗られた唇が芸の終わりを宣言し、湧き起こった拍手が酒臭い夜気を震わせる。
 道化師はそのまま周囲に合流し、城主の誕生祝いを口実としたどんちゃん騒ぎに加わった。水のように酒を飲み、ひょこひょこと政宗の方へ寄ってくる。

 「Happy birthday,マサムネ。お前の新しい一年に幸あれ」
 「Thanks.だが、まるで正月みたいな言葉だな」
 「お正月はアケマシテオメデトウでしょ? ライネンモヨロシクだったっけ?」
 「そりゃ歳末だ。正月に来年のこと言ってどうする」

 喉で笑って政宗は杯を干した。外国育ちのは時折大真面目に妙なことを口走る。
 その時、べろべろに酔っぱらった成実が腹踊りの格好のまま、倒れこむように現れた。

 「ぼん〜! おめれたいなあ、飲んでる〜?」
 「コルァ成実! 申し訳ございません政宗様、すぐに沈めます」
 「ぅひゃっはっはっは、みろよ、小十郎に胸があるぜー! すげえ鬼嫁〜!」
 「寝 惚 け や が っ て …!!」

 一体彼の目には何が見えているのか、腹を抱えて笑う成実の髻をひきずって鬼神は席を辞した。数秒の沈黙ののち、閉められた襖の向こうから鶏の首を絞めるような悲鳴が響いてくる。
 視線を余所にやりながら、蒼褪めたが「シゲザネ…地獄逝きを祈るよ…」「そりゃ冥福だ…」同じく蒼褪めた政宗が訂正する。従弟を地獄に送るのは忍びない。
 気を取り直して酒を煽りつつ、政宗はナスの天麩羅をつまむに話しかけた。

 「お前の国でも、誕生日を祝うのか?」
 「うん、料理とプレゼントとケーキと宴会でドンチャン騒ぎ」
 「Ha-m…ここと変わんねぇな」
 「変わるわけないよ。お前が真似したんだろ、日本じゃ誕生日祝う風習は無かったって小十郎に聞いたよ」
 「Yes.だが、面白ぇことはやるべきだろ?」

 それに、奥州筆頭である政宗が自身の誕生日を祝うなら、そこには政治的な意味も発生する。
 地方領主たちに暗黙のうちに贈り物を要求することで、彼らの忠誠を量れるのだ。もっとも過分な要求は民を苦しめる結果につながるだけなので、その斟酌を見ればどの地方領主が使えて誰が無能かもよくわかる。
 また、国主主催の祝ごとは民にとっての娯楽である。今頃城下では祭りが行われているだろうし、統治下の村にも祝いの酒が届いているだろう。こうして民の感情を慰撫していれば、一揆などの防止にもつながる。

 政宗はそうと言わなかったが、にだってそのくらいは分かった。
 しかしそれ以上に、もっと別の理由があるんじゃないのと心のうちで呟いてみる。

 (祝ってほしいんだろ。他でもない、お前の母親に)

 政治的な意図を汲むなら、反対派さえ、いや反対派だからこそ祝いの品を献上しなければならない。
 それが建前だとわかっていても、政宗は母に己を祝ってほしいのだろう。己を見棄てた母親に、価値を認識してほしいのだろう。
 彼女に祝ってもらうためならどんな口実だっていい。その目が己を見てくれるなら。
 一見君主としての判断の裏に、目的と手段を入れ替えた本音が潜んでいる。

 (まあ、俺には関係ないことだ)

 この仕組みはうまく作用しているようだ。政宗が満足しているかどうかはさておいて。
 政宗と彼の母との間に何があったのかは知らないが、平穏に過ごせるならにはどうでもいい。
 むしろ、これだけの家臣が祝ってくれて、建前でも贈り物が届くならいいじゃないかと思う。の両親は既にこの世にはないし、の母が彼を祝ったのは七歳の時が最後である。八歳になった時も母はケーキを買ってはきたが、それは七歳のに対するものだった。成長してしまったを祝ったものではない。

 (それでも俺はあいされていたけどね)

 だが、政宗だってちゃんと愛されているではないか。家臣たちから、民衆から。

 (でも、マサムネはお母さんからあいして欲しいんだろうね)

 愛情ばかりは量より質だ。愛してほしい人がいるなら、その他からの愛情は天秤にはかからない。政宗はそういう性質で、もまたそうだった。
 愛情の種類にも問題があるだろう。そのことは他ならぬが一番よく知っている。

 家臣たちと一緒になってドンチャン騒ぎをしている政宗に、は声には出さず問いかける。

 『ねえマサムネ、お前、今しあわせ?』





 Regalo

 誕生日祝いらしからぬorz
 早く和解できたらいいのにね
 Regalo=贈り物、嬉しいこと
 080907 J