設定:「Angelica」遊さん宅で連載・完結した学パロシリーズ番外編!
     政宗×陽君(遊さん宅主人公)inメゾン戦国。なんというカオス。
     年齢が無茶苦茶になってますがお気になさらず…;;




 高校最後の夏休みは蝉の声と共に去った。それ即ち呪文のような古文テキストや数字とは名ばかりのアルファベットてんこ盛り数VC問題集ともおさらばできるということだ。全く高校教師は何を考えているのだろう、脳を蕩かすような夏休みに、手をつけられるはずもない宿題なんかわざわざ放り込んで何の意味があるというんだ。自慢じゃないが陽はラジオ体操さえ出たことがない。そんな人間が、まじめに毎日机に向かうものだろうかいや反語。
 もっとも陽は宿題を全て放り出すような度胸も無いし怠惰でもなかったので、適度に手を抜いてぽつぽつ終わらせたが。せせこましいとか言うなこれが最新高校生事情、学期明けの実力テストの結果が出るのはどうせ1,2ヶ月先なのだ。
 そういうわけで、日焼けしていたり視力を落としていたりと色々様変わりしたクラスメイトたちにも慣れた9月も中頃、帰宅した陽は通学鞄を放り出し、ベッドにふらーとダイブした。夏には金色の日光が暑苦しいほど差し込んでいた午後6時の窓際も、秋の一日は釣瓶落とし、青く暮れなずんで室内は小学生の青タンのごとき色に染まっている。そういや蝉を取ろうとして木から落ちた嘆かわしくも高校二年の政宗は、尻の蒙古斑消えただろうか。

 と、その時である。
 何の前触れも無く、空が割れて光ががっしゃーんときらきら舞った。

 「は、はあああああああ!?」

 飛び起きた陽は、涼しい風が吹き込んできた窓からずるると遠ざかる。なんだ一体何が起きた。床に散らばる窓ガラスは気紛れに鋭い先端を輝かせ、平面は床の木目を映して凸レンズのようになっている。そして少し離れたところに鎮座する、石。石?

 (いたずら小僧かヤンキーか!)

 カッと頭に血が上り、陽はガラスを踏まないよう気をつけてベッドから窓辺に近寄る。覗き見るような格好になったのは、ヤンキーだったら面倒だからだ。喧嘩はしてもいいが痛いのは嫌だ。微妙な具合に腰抜けである。
 果たして覗き込んだアパート下には、見た目高校生程度の若者が二人。

 「アホかてめぇ、石なんか投げたら窓割れるに決まってんだろ! 陽が怪我したらどうする!」
 「えええだってメゾン戦国の窓は石程度じゃ割れねぇじゃん! ジャッポーネの窓って強度すごいんじゃねぇの!?」
 「ありゃ特別だ、朝の武田目覚ましのために特注してんだよ!」
 「Incredibile!(信じられない!)」
 「……お前ら、何やってんの?」

 そして俺んちの窓割ったの
 いらっとした陽が声をかけると、「あ、ヨー!」とが悪気ゼロの笑顔で手を振った。今日も今日とて女顔。隣の政宗は申し訳無さそうな雰囲気ではあるが、顔を出した陽にどことなく嬉しそうである。いらっとした。

 「すごい、キセキだ! ヨーが出てくるような気がしたんだ!」
 「そら出てくるわ!」
 窓割っといて何を言うか!

 叫んだ陽には素知らぬ顔で、がにこにこと手招きする。こいつ基本的に反省はしないタイプだ。
 窓を割るような奴の招きには応じてやらんと部屋の中に引っ込めば、間髪入れずケータイが振動する。メール画面にちかちか明滅する「政宗」の文字。舌打ち交じりに開くと「話があるから降りてきてくれ」。誰がいくかとクリアボタンを押す前に今度は着信、から。ああもうわかったようるせぇなあ!
 しぶしぶ降りてきた陽を、がにっこにこと、政宗がうっきうきと迎えた。ちくしょうこいつら殴りたい。

 「……何か用」
 「用! ヨー、ちょっと身柄をコーソクさせてもらうぜ」
 「は? っ、テメェ伊達何しやがる!」
 「I’m sorry, 悪ィが今晩は付き合ってもらうぜ」
 「ハァ!?」

 米俵のように軽々と抱き上げられ、陽は反射的に足をばたつかせる。しかしそこは伊達政宗、伊達に陽の抵抗の数々(との妨害の数々)を潜り抜けてきてはいない。びくともしない拘束に、陽の男としてのプライドが傷つけられる。
 悔しさで紅潮する陽の隣をうろちょろしながら、別の意味で男としてのプライドをかなぐり捨てていそうなが小さな口でのたまった。

 「悪いようにはしないよーぐへへ」
 「Stop, 。気色悪ィ笑い方は止めな」










 「あ、竜の旦那、の旦那―。こっちの準備は万端だよ…って」

 誘拐されてきた先は、機械の放置された工場跡でも違法なホニャララの積み込まれた外国船でもなく、見慣れた集合住宅の真ん中だった。これぞ噂のメゾン戦国。
 地味な外見とは裏腹に、テポドンが落下しても耐え抜きそうな強化ガラスを嵌めこんだ鉄壁の防御の中心に下ろされ、陽はすかさず政宗の向こう脛を蹴飛ばす。殺気の篭った一撃を避け損ね、政宗は「Oh…!」とかなんとかアメリカンな悲鳴を上げて蹲った。ウィナー・イズ・陽くん。黒幕は流石の逃げ足で半径10メートルから一気に去った。
 あちゃーと言わんばかりの佐助に視線を向ければ、無言のうちにも言いたいことを察したのか、困り顔で背後を指差す。
 そちらを見遣れば、ブルーシートの上にススキの山と団子の山、その周りで跳ねる知った顔。更にその周りには、知った顔やら知らない顔やらが跳梁跋扈間違えた群雄割拠しているわけで。(いや普通にうろうろしてると言えばいいのかもしれないが、やたら気合は入りまくったおっさんたちを表現するにはこの言葉しかない!)(だってあの魔王っぽいおっさん、なんかフシューっていってる効果音フシュー! 色っぽいねーさんが隣にいるのに何故フシュー!)

 「これは一体何事だ」
 「その気持ちはすっごいわかる」

 まあ団地に住めば3日で慣れるけど。さらりと続いた佐助の言葉に、陽はそんな物件絶対嫌だと心の中で絶叫する。町内で異文化交流にも匹敵するミステリーゾーンを発見した陽は、ひょっとしたら誘拐よりもたちの悪い事態に巻き込まれたのかも知れない。

 「月が出たぞー!」

 その時である。お台場の実物大ガンダム約十分の一スケールの漆黒ガンダム像の上によじ登った少年が、空の一点を指して雄叫びを上げた。そりゃ出るだろう夜なんだから、と冷めた意見は許されそうもない鋭い視線が一気に夜空に集中し、いくつもの目が一斉に月を見上げた。なんだこの緊張感。
 わけがわからない陽をそっちのけに、地震の前兆もしくは少年漫画の効果音のような幻聴が高まっていき、

 「よっしゃあああ機は満ちた! 時は今っ、はい次みっちー!」
 「ふふふふふ…雨がしたし」
 「季節外れ! 削除!」

 団地は寺でもなく神社でもないので、喧嘩は余所でやれとばかりに遮ったが急ごしらえの高台の上で音頭をとる。

 「さて改めて、お」
 「月見の開始だぜ野郎どもぉぉ!」
 「It’s show time! Partyの始まりだ!」

 因果は巡るもので、テンションの上がった兄貴どもに台詞を奪われは引き攣る。あ、なんかいい気味と陽は思った。いつまでも黒幕にばっかり良い思いをさせてたまるものか。
 おおおおっ、と湧いた団地住民の一人になみなみと注いだ紹興酒を渡される。ちょ、俺未成年。
 それにしても団地の皆様はテンション高い。政宗やら佐助やらやらが住んでいるのだから当然か。月見といえば陽はしっとり静かな日本の風情を連想するが、月の兎にまで届けといわんばかりの酒宴である。どうやら団地住民総出らしく、やたらおおげさな大騒ぎにも通報の心配はなさそうだ。

 「ヨー、ふぁのふぃんへふ?」
 「何言ってんのかさっぱりわかんねぇよ、。口の中のモン飲み込んでから喋れ」
 「マサムネみてーなこと言うなあ」
 「ここは母親みたいな、って言うべきじゃねぇ?」

 普段のこのコンビの様子がありありと浮かぶ。
 ちらりと視線をやった先では、件の人物が若者達と騒いでいる。団子を肴に一升瓶をラッパ飲みする細身の緑色青年、その横で飲み比べの手も止めて呆然としている銀髪の大男と政宗、ハムスターの頬袋のようになっている幸村。
 そういや俺ここの人ほとんど知らねぇなあと陽が思っていると、両手両腕頭の上に皿を載せたが美女二人を連れてきた。クラウン的なイタリア男全開である。

 「お、料理とってきてくれたのか。サンキュ」
 「ドーイタメマシテ! ヨー、この綺麗な人たちはノーヒメとマツねーちゃんだよ。団地のregina(女王)たち」
 「初めまして、濃よ。陽くんでいいかしら?」
 「お初お目にかかりまする。まつでございまする」
 「えーと、初めまして。紫波陽です」
 「残念なことに二人ともヒトヅマなんだ。萌えんのはいいけど奪うなよ」
 「っも!? お前いっつも発言そんなギリギリラインなわけっ!?」

 ぎょっとした陽は顔を真っ赤にして食ってかかるがはどこ吹く風で月餅なんぞ食べている。「この月餅おいしいよー」お前の耳は馬の耳か!
 ちらりと窺った濃とまつも、慣れているのか動じる気配はない。恥ずかしいの俺だけか? 妙な敗北感を覚える。正気に戻れ紫波陽18歳、正常なのは君だけだ。
 年上のお姉様二人を前にした爆弾発言に恥じ入る陽とは逆に、濃とまつは恥ずかしげも無くじっと陽を注視する。

 (濃姫さま、これは一体どういうことでしょうか)
 (さあ…でも、ますます目が離せないことは確かね)
 (左様でござりまするね)

 メゾン戦国、奥様方の楽しみは昼ドラでもママ会でもなく団地内カップル観察日記である。
 どうやら永遠の恋のテーゼ、三角関係のフラグが立った。お姉様たちの目が光る。他人の恋愛模様はいつだって見るものにとって最上の娯楽だ。

 観察されているとは知らない陽が月餅を食べてご満悦なにそろいの月餅を突っ込まれていると、にわかに高台のあたりが騒がしくなった。
 月餅をくわえたまま振り返る。次の瞬間顎が落ちて、月餅は無残にもブルーシートの上を転がった。

 「え、ちょ、うわあ…」
 「感嘆符だけー? 他に感想はねぇのー?」
 「無茶ぶりすんな、俺に何を言えってんだ!」

 不満げなに陽は叫んだ。あの光景に好意的な感想でも述べろってか。なんという理不尽! 高台の上には、満月をバックにしたおっさんがおっさんを引きずって仁王立ちしている。やたら威圧感のあるおっさんと、かなりげんなりした様子のおっさんだ。目元に光るものが見えるのは気のせいではあるまい。陽はちょっとばかり、げんなりしたおっさんに同情する。それ以上に「うわぁ」という感想の方が大きかったのだけれども。

 「あえて聞こう。あれ、なんだ」
 「ノブナガサマ・オン・ステージ」

 はさらっと答えた。兎の方がノブナガサマで、鈴虫の方がマツナガさんだよーとまで教えてくれた。
 その辺で古事記みたいな貫頭衣を着て遊んでいる銀髪少女が着たら可愛いであろうもこもこ兎衣装も、ジョジョ的効果音のよく似合う魔王が着ているのでとてもメルヘンとは呼べない。むしろ悪夢だ悪夢。全身タイツの鈴虫松永がぶつぶつこれは夢だ悪夢だと呟いている。
 あまりにも痛々しい光景に陽は思わず目を逸らす。団地住民は、一部が石化し一部が悲鳴、更に一部はビデオカメラとデジタルカメラの両刀使いで忙しい。ちなみには黄色い悲鳴を上げてカメラを回し、政宗は声もなく悲鳴をあげている。悲鳴にも色々種類があるのがよくわかる図だ。
 もこもこの兎手袋をはめた不協和音の塊がマイクを握る。それを合図にしたように、どこからか音楽が流れてきて、

 「鳴かぬゥなァらァァ〜ラララララ〜♪」
 「まさかのカラオケ!?」

 しかもポップス。演歌でも不穏な歌詞なのに、流れる音楽は日曜アニメのEDにでも使われそうな軽快なメロディーだ。鈴虫松永が心底嫌そうにホトゥラララとコーラスする。鈴虫のくせにリーリーリーとは鳴かないらしい。
 取り乱す陽の背後で、濃姫が潤んだ瞳でステージ上の夫を見ている。素敵です上総介様。陽は必殺聞かないふりを発動した!

 見ざる言わざる聞かざるを実行する陽の手首に、ふと、冷たい体温が触れる。はっとしてあげた視線は、のにんまりした視線とぶつかった。危険危険危険、第一級警戒警報。
 悪い予感にじりじり後ずさりながら、陽は勇気を出して問いかけた。

 「な、なんだよ」
 「ヨーの衣装も用意してあるんだ」

 何が何でいつの間に。
 何から叫ぶべきか躊躇、むしろ思考停止した一瞬をついては陽を誘拐する。冗談じゃないと抵抗を始めようにも他人のペースを崩すことに長けたはあれよあれよという間に陽を剥き、お代官様と叫び出す前にそりゃそりゃそりゃと着せていく。何をどうやったのか器用にウィッグをかぶせ、あっという間に化粧を施し、口紅を塗ってさあ完成、

 「見ろヨー、ジョーガ様の完成だ!」
 「お婿に行けない!」

 陽がわっと泣き出すくらい、鏡の中にいたのは美少女だった。誰だこれ一体誰だ俺じゃない。むしろ俺だと信じたくない。中国風の衣装を着せられ、陽はがっくり膝をついた。まさしくorzの形であった。

 「気に入らなかった?」
 「そういう問題じゃねぇ…!」

 尋ねるもてっとり早く着替えている。ギリシア神話みたいな色んな意味でスレスレ衣装。カラースプレーで髪を金髪に染めながら、「俺はルナだよ。ローマ神話の」そんなの知るか。こいつは多分間違いなく女装が趣味なんだと思う。

 「ていうか、月見なのに何で仮装しなきゃならねーんだよ…」
 「なんとなく?」
 「もうこの団地わけがわからん! そりゃ伊達みてーな人間も生まれるわけだ!」
 「マサムネが生まれた家はここじゃねぇよ?」
 「朱に交われば朱くなるんだ!」
 「や、アイツはどっちかってーと青色」
 「シャラップ!」

 それに安心しなよ俺たちだけじゃないからさ、と、全くもって救いにも慰めにもならないセリフとともに、は陽をブルーシートのもとへと引きずりだす。こんな姿を見られてたまるかと抵抗した陽であったが、結果としてそれは全くの杞憂に終わった。
 何故ならば、ブルーシートの上には、陽ごとき目にもくれないカオスが広がっていたからで。

 トトロな元親、キツネな元就、月読命のいつきと狼男の蘭丸。この辺は微笑ましいのでよしとして、視覚が悲鳴をあげているのは何と言っても信長兎と松永(タイツ)鈴虫を筆頭としたイロモノ成人男性の面々だ。特に顕如やザビーなど、自主的モザイクが精神衛生を健全に保つのに不可欠だ。セーラームーンな政宗や、魔女っ娘小十郎はモザイク判断の分かれるところだ。脛毛を剃ってまでミニスカを履いているあたりに匠のこだわりを感じる。お月様も目を覆って逃げ出しそうだ。

 「よう、アンタらも着替え終わったのか」
 「おうマサムネ、要望通り腕によりをかけたよ」
 「Good! ……だが、お前本当にイカサマなんざしてねぇだろうな?」
 「シンガイな! 衣装を決めたのはくじだろ?」
 「つーか、伊達はあっさり女装受け入れすぎだ…!」
 「あっさりも受け入れもしてねぇ!」

 団地の毒に侵されたか、とドン引く陽に対し、政宗は噛みつかんばかりに反応する。あんまり動くなムキムキの足の上でミニスカートが揺れるから。何があっても近寄りたくない人間だ。陽はさりげなく距離をとる。

 「俺がどんな思いでこんな痴態に耐えてると…! Shit,これじゃ割りにあわねぇ。アンタの衣装一枚一枚剥いてく楽しみくらい欲しいぜ」
 「俺の半径25メートル近寄るな!」
 「マサムネサマってばひどいっ」

 不穏な発言に身の危険を感じた陽であったが、突如わりこんだバリトンボイスに怖気が走る。恐る恐る発生源に向けられた陽と政宗の視線を受け止めて、カメラを構えた魔女っ娘小十郎は涙を浮かべてのたまった。ついでにちょっと鼻血も出ていた。

 「マサムネサマのばかっ! もう知らない!」

 ぐっは!
 えええーちょっとやめてくれ、と言うのは二人とも叶わなかった。筋肉ムキムキ、ヤクザ顔の魔女っ娘コスでも目のやり場に困るのに、バリトンボイスのそのセリフは破壊力がありすぎた。政宗が泡を吹いて倒れる。小十郎とは縁が深い分、衝撃に耐えられなかったのだろう。風紀委員が眉を吊り上げそうなミニスカがふわりと風に揺れ、チラリと除いた白パンを陽は全力で見ないふりをする。やたらと精神力が鍛えられるお月見だ。
 気が遠くなりかけた陽だったが、小十郎が「政宗様あああ!」と異常な速度で正常な反応を示したためなんとか踏みとどまった。やたらと広い魔女っ娘の背中がしゃがみ、後ろから破廉恥彫像もとい金髪が現れる。

 「やー、まさかこの程度で倒れるなんて。マサムネの心臓はガラス製だねー」
 「どの口が言うかっ!」

 あれは誰でも倒れるわ。フラッシュバックした悪夢に一気に鳥肌が立つ。
 件の小十郎はといえば、を一発殴ったあと白目を剥いた政宗を一通り撮影して去って行った。「タイトルは『政宗様19の秋、セクシー月見編』だな」とか呟いているのがうっかり聞こえた。聞かざるスキル発動せよ。

 「あ、マサムネの奴化粧してない。折角のセーラームーンが台無しじゃん」

 陽の努力も虚しく、マイペースに憤ったは白眼を剥いた政宗にファンデーションを塗り始める。七つ道具をちゃっちゃか駆使して作品を作り上げる様はメイクのお手本番組のようだが、いかんせん政宗の意識が無いため「彼ったら無理矢理…」な感が拭えない。陽は気持ち悪い思考を頭を振って追い出した。
 何か別の話題、話題と考えて、フェイスシャドウを操るに問いかける。

 「なあ、この団地っていっつもこんなことしてんの?」
 「コージツ…じゃない、イベントがあれば大体ねー」

 今こいつ口実といった。間違いなく言った。絶句した陽を気にもせず、は政宗をいじる手を緩めない。

 「今回はお月見パーティーしようって、マサムネが言いだしたんだ」
 「自業自得かよ…」
 「まあその後色々企画したのは俺と女性陣だけど」
 (伊達、哀れな!)
 「よし、complemente!(完成!)じゃあヨー、俺向こうに行くから、殴るなり蹴るなりして起こしてあげなよ」

 気を利かせたつもりかはにこりと笑って、慶次や真田家の方を指さす。

 は言わない。
 政宗がお月見パーティーを言いだしたのが、のためであることを。
 ご近所さんから月餅をお裾分けしてもらったときに聞いた豆知識、「中国では、中秋には家族揃って月餅を食べるそうですよ」。と共に偶然それを聞いた政宗は、そうなんだーと笑う天涯孤独ののために、団地中にお月見パーティーのチラシを配った。突然のその行動を、「Partyがしたくなっただけだ」と政宗は誤魔化したが、そんなもんの前では見え透いた嘘もいいところである。

 (お前の家族はここにあるのだと)

 は言わない。
 ありがとうも、余計なお世話も。お前の気持ちが向いているのは陽だけだろうと、そんなみっともない悲鳴もあげない。ただ少しばかりの意地を張って、無理矢理陽を参加させた。政宗が反対しないのを見越して。
 それでいいのだと思う。
 政宗がのために動いてくれた、それだけでには十分だ。
 ただ、そのことは誰にも言わない。陽になんてもってのほかだ。
 こればっかりは、だけの大事な宝石なのである。だからは何も言わない。

 そうしてその場を去ろうとしただが、「待てよ」と一言陽の声。続いて「ごっふぅ!」え、何そのカエルが潰れたような声。
 振り返ったの目に、自分へ伸びる陽の手と、胃の辺りに陽の足をめりこませた政宗の姿が映る。これは感動する場面だろうか。一瞬反応に迷う。

 「、お前ひょっとして俺のこと嫌い?」
 「そんなことないけど」
 むしろ一生懸命なとことか素直じゃないとことか含めて好きだ。
 「じゃあなんで、そんなそそくさと退場しようとしてんだよ」

 陽の手がの手首をぱしりと掴む。目に気圧されて動けない。意識を取り戻しかけた政宗の腹に前かがみになった陽の足が更にめり込み、早速魂が抜けかける。

 「パーティーって、皆で楽しむもんだろ? お前が嫌なら仕方ないけど、俺はお前ともっと話したいのに」
 「陽…」
 「ぐ、ぐぅっふ…!」

 まさかの嫦娥×ルナの東西月の女神カプにきらきら月光が降り注ぐ。その足元で、あんまり美しくない物体がロープロープと地面を叩く。まさに月とスッポンな光景だ。
 ユリの花びらが散る前に、はふっと肩の力を抜いた。

 「敵わないなあ」

 だから俺はお前が好きで嫌いだよ。は言葉に出さず小さく笑って、実は嫌われてるんじゃないかと心臓ばっくばくな陽の頬にすいっと唇を寄せる。
 ちゅっと音を立てて、親愛の口づけ。
 金髪のイタリア育ちは、これで手打ちとばかりにニコリと、今度こそ本当に笑う。

 「、」
 てめぇ…!!」

 なんとなく和解の雰囲気を感じ取った陽が何か言う前に、足元からおどろおどろしい絶叫があがる。月夜の晩は呪詛の宵たらんや。
 藁人形こそないものの、丑の刻に徘徊するもののように目を光らせた政宗がすばらしき腹筋でゾンビのように起き上がる。やべーとばかりに後ずさるに、政宗がじりじり距離をつめた。

 「覚悟は出来てんだろうなあ…!」
 「……マ、マサムネごときに殺られてたまるかっ!」
 「待て伊達、は悪くねぇぞ! 今のは親愛のキスだ!」
 「だったら俺にもヤらせろ陽!」
 「絶対ぇお前ヤるの意味が違うだろ!」
 「ヨー、逃げろ!」

 に手をとられ、陽は慌てて走り出す。その後を政宗がすかさず追った。酒瓶や重箱を器用に避けてブルーシートを蹴り、和洋折衷のコスプレ住民たちの間をすり抜ける。

 「Wait! 待ちやがれ陽、!」
 「「誰が待つか!」」

 月の女神たちと戦士の追いかけっこは、もうしばらく続きそうである。





 お月様が見てる

 「Angelica」遊さんへ献上。
 一年くらい前の作品です…
 100712 J