本を読んでいたが、突如盛大に噴き出した。ぶっはーとそりゃもう勢いよく。政宗は跳ねた肩を誤魔化して、胡乱な顔で横を見る。とりあえず双方何も飲んでなくて良かった、飲んでいたら間違いなくカフェのガラスが申し訳ないことになっていた。 笑いが収まらないのかは肩を震わせたままだ。客や店員からの視線は、痛さまでは感じないもののちらちら纏いついている、しかしはそれに気を配る余裕も無いようだ。 「E chiamato a ragione giustamente “fantasista”…!!」(伊達男たあ言い得て妙だ……!!) 苦しい息の下で零した言葉はイタリア語。は咄嗟の時にイタリア語を使う癖がある。幼い頃に渡伊して以来どっぷりあちらの言語に浸かっていたのだから、それは当然のことなのだけど、政宗はそれが少しばかり面白くない。何せわからないのだから面白くない。今度iPodにイタリア語初級のCDを入れようと心に決める。テキストは既に入手済みで、夜な夜なこっそり机に向かう政宗は間違いなく努力家だ。 「Hey, 。わかる言葉で話せ」 「Mi scusi, mi scusi tanto……ぶっは!」 まだ駄目だ。は堪え切れずカウンターに突っ伏して、その拍子に零しそうになったラテを慌てて避難させる。どこぞのチェーンのように紙カップだったら蓋も付いていようが、豆の匂いを嗅ぎつけたに手を引かれて飛び込んだ店の主は、綺麗な磁器のカップにラテを淹れた。コーヒーには一家言あるが歓声をあげるほどのラテアートが施されていた表面は、既に形を崩して半分まで減っている。 何がそんなにおかしいんだ、と政宗はの読んでいた本をちらりと見遣る。文庫本ほどの大きさのその本は、レンガとでも評したくなるギリギリの厚さで、ひぃひぃ腹を抱えたが辛うじて指を挟んでいるページには色とりどりの写真が掲載されていた。 つまり、花の辞典である。政宗は完全に呆れた。 「おいおい、flower dictionaryで爆笑する人間なんざ見たことねぇぞ」 つか、なんでアンタそんなもん読んでるんだ。普通に読書の友とするには面白みも興味をそそるものとも思えない。辞典なんぞで読書をするのは、授業に飽きた学生がえっろい単語を気まぐれに入力する時くらいだろう。それですら国語辞典やら百科事典やらだろうに、何がどうしてこの男は花の辞典なんぞ持ち歩き、あまつ読書の相手にまでしているのか。 爆笑の謎以前の疑問に、は男のたしなみだよと苦しい息の下で答えた。政宗は、それはどちらかというと女のたしなみのような気がする。 ともかくこれ見てみろよと促され、の差し出したページを眺める。そこには、やたらシャープな花が映っていた。鮮やかなオレンジの花弁が五枚、紫色の花弁が二枚。普通の花のように円を描くのではなく、それぞれ鳥の鶏冠のようにてんでばらばらな方向を向いている。 「coolな花じゃねぇか」 「お前なら、そう言うと思ったよ!」 日本語を取り戻したがついにげらげら笑い始めた。声量自体は落としているが、おかげで随分と苦しそうだ。眦には涙まで滲んでいる。 流石に機嫌が悪くなってきた政宗は、花と同じくばらばらな方向に髪を散らす頭に拳骨を落とした。ぎゃっと短く悲鳴が上がる。 「Explain it.(解説しろ)」 「いってーなあ……ここだよ、ここ」 不満そうな表情を貼りつけ(それでも目は笑っているし口角は上がっている、実に器用だ)はストレチアという花の名前の下を指さした。和名極楽鳥花、英名bird of Paradise、花言葉恋に落ちた伊達男。 「What!?」 「あっはっは伊達男だってよダテマサムネ! 漢字も意味もぴったりじゃんか!」 目を剥いた政宗に、は堪え切れず笑い出す。今度お前にこの花束やるよ、と調子に乗った口は抓っておいたが、それにしても無礼な花言葉である。いや花は綺麗だと思うのだけど。ついでに花言葉が無礼だなんてそれこそ無粋だと思うけれど。 しかしどうにも、ストレチアに己が重なるのが面白くない。何が面白くないかは上手く言葉にできないが、多分、『恋に落ちた』なんて形容詞が問題なのだ。だっていかにも、右往左往してそうな言葉じゃないか。 政宗はぶすくれてページを繰った。俺は恋になんか落ちてねえ、右往左往なんかしていねえ! 「おい、ストレチアは1月13日の誕生花だろ? だったら俺じゃねえ」 「でもぴったりじゃん」 「俺の誕生日は9月5日…」 「ケイトウ、花言葉は気取り屋。アアピッタリダナー」 「Shit!!」 政宗の手元を覗きこんだはにやにやしながら花言葉を読み上げて、非常に気に食わない表情で政宗を見上げてくる。口許の筋肉がぴくぴくしていて、笑いを堪えているのが如実に知れた。 どうにか巻き返そうと試みた政宗はの誕生日を聞き出そうとするが、とっくに予想済みだったのだろう、はあっさり「このページー」と辞典を奪い、黄色の花が零れるように咲いている写真を見せつけた。 「3月17日、レンギョウ。花言葉は希望。色といい意味といい、俺にぴったりだろ?」 「なんでてめぇばっかり!」 「へっへーん。おかあさんいい日に生んでくれてありがとう!」 政宗は今度こそ臍を噛み、対しては世は盛りとばかりに胸を張った。ひとしきり自慢したあと、は幸村やら慶次やらの誕生花を調べにかかる。憮然としてブレンドをすすりながら、政宗はそれにいちいちツッコミを入れていった。 余談だが、3月17日、レンギョウの花束を贈った政宗に、は真っ赤になりながらストレチアを叩きつけた。 伊達者の恋 |
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