人は群れる生き物だ。
 家族というのはその最少の単位であり、親族以外の群れは友人というカテゴリだったり恋人だったりライバルだったり宿敵だったりするわけだけども、だからつまり何が言いたいかって、人間誰しも色んな関係を持っているということだ。

 (そう、アリストテレスさんも言ってただろう! 群れたら噛み殺すよ間違えた、人間とは社会的動物だと!)

 例えば、大して長くもないがそれなりに佐助と友情を育んできた陽も知らなかった、佐助をオカン化―――あっやめてこっち見ないでごめんなさい!―――佐助をモゴモゴ化させる親類というのが存在していたり、
 セーラー服で政宗に首根っこを掴まれた少年がいたり。


 「離せ離せはーなーせー!」
 「Shut up! 誰が離すか、このコスプレ野郎!」
 「コスプレじゃない現役だもん俺17歳!」
 「年齢さえ合えば許されると思うなよ?!」

 ああやっぱり男なの? 陽はちょびっとばかりがっかりした。
 いやまあセーラーから覗いた腰が女の子にしては平べったかったから期待はしてなかったけれども。
 しかしそれにしたって、政宗の知り合いらしい少年はなんというかまあ可愛かった。女顔とはああいうのを言うのだろう、体も線が細めで華奢という言葉の似合いそうな、

 「ちょぇーい!」
 「ぐっ」
 「げっ」

 気合一発、黒のハイソックスと茶色のローファーがアイタタタな箇所に勢いよくヒットした。うわあアレは痛い。傍観者になっていた陽が同情と共に見守る中で、襲撃を受けた政宗がくぐもった悲鳴と共にうずくまる。真っ青だ。直前まで元気だっただけに一層憐れだ。
 沈んだ政宗の隣に着地したセーラー少年は笑顔だった。

 「エース・オー・エス! 乙女のピンチにゃ月に代わってお仕置きよ!」
 「えーっと」

 この場合乙女って俺ですか? 陽は思わず呟いた。どっちかっていうと自分よりセーラー少年の方が乙女チックだと思う。断固思う。そうであってくれぜひとも!

 「そんな色っぽい格好で主張しても説得力無いよー」
 「色っぽいって……うお?!」

 まるで心を読んだかのような忠告をしてくださったセーラー少年に従って見下ろせば、思い切り衣服をはだけた自分の姿が目に入る。
 ちょ、うわそういえばそうだった! 陽は真っ赤になって制服をかきあわせる。頬が熱い。

 (伊達の大馬鹿野郎!)

 要するにまたまたひん剥かれていた陽である。心中で嵐のごとく罵詈雑言を吐きまくり、いまだ台所のイニシャルGのような痙攣を続ける政宗から距離をとる。同情なんて撤回、いい気味だ。

 「こ、これはその!」
 「Stai bene,(大丈夫、)落ち着いて。言わなくても全部わかってるよ、発信機と盗聴機と盗撮カメラつけてたから!」
 「何してんだアンタ――――?!」

 イイ笑顔で言い切ったセーラー少年に陽は思わず絶叫する。

 「消せ、データ消去しろ! そんなもん録ってどうする気だよ?!」
 「いやまあそこはいろいろと」
 「いろいろって何!!」
 「………聞きたい?」
 「誰が聞くか!」

 なんてこった、セーラー少年はとんだアンチヒーローだった。害獣撃退手段からして外道だが。
 真っ赤になりながら怒鳴った陽に、セーラー少年は堪えかねたように笑った。










 一悶着のあと、落ち着きを取り戻した三人は車座に座っている。セーラー少年はスカートであるにもかかわらず豪快に胡坐をかき、それが彼の性別を声高に叫んでいるようで陽は思わず遠い目になる。どうして女の子じゃないのアンタ。細い足にときめきそうになったのは秘密だ。
 どでかいたんこぶを作ったセーラー少年はと名乗った。

 「非常に不本意ながら同じ団地の隣人だ」
 「Piacere!(はじめまして!)です。さっきはお邪魔しちゃってごめんね?」
 「全くだ」
 「黙れ伊達! えーとはじめまして紫波陽です」
 「敬語なんざいらねえよ、こいつアンタよか年下だ」
 「そりゃあ見ればわかる」

 なんせは言行挙動共に幼い。何がどう間違っても年上ではないだろう。むしろこれで三十路とか言われたらUMA発見である。
 は口を尖らせた。その仕草がなんともガキっぽい。

 「年下で悪かったな! でも、人生経験なら間違いなく上だもん」
 「ほー」
 「そうなのか?」
 「信じてねぇなマサムネ…! だって俺、もう働いてるし童貞だってとっくにもががっ」
 「その顔で変なこと言うんじゃねえよ!」

 物凄い勢いで、政宗がの口を押さえる。
 男同士だしオトシゴロというやつだしそんな気遣い無用だと陽は思ったが、政宗はそうではないらしい。耳が少し赤くなっている。
 案外純情だ。普段がアレだけにかなり意外である。

 (年相応のとこもあるじゃねえか)

 陽はそう思いながら、酸素を求めてじたばた暴れるとそれを押さえる政宗という構図を見ていたが、その親密な(と陽には見えた)構図を見ているうちに何故だかむかむかしてきた。
 え、俺ってばなんでむかついたりしてんの。
 そう思わないでもないが感情というやつは猛獣もいいところで、ご主人さまの言う事なんざちっとも聞いてくれない。

 (何だよ伊達、相手にならそんな顔すんのかよ)

 すっかり心を許した親密な二人(と陽には見える)にそんなドロドロした不満まで出てくる始末である。
 不満なんて覚える必要ない、伊達が誰と仲良くしようが関係ない、ていうか誰かと仲良くしててくれた方が俺的にはありがたい、そう言い聞かせてもわけのわからない不満は溢れるばかりだ。
 まるで自分ではないかのようなその感覚を押しのけてしまいたくて、陽は二人から目を逸らしつつ立ち上がる。
 目ざとくそれに気付いた政宗が「おい」と呼びとめた。は紫色になっている。

 「Where will you go?」
 「どこって、教室に決まってんだろ。授業始まるからな」
 「おい、陽」
 「いい加減離してやれよ。死ぬぞ」

 それと同時にが呪縛から逃れて大きく息を吸った。彼の動作は一々喜劇じみていたが、今はそれを笑う気にもならない。
 強張った顔を一度も二人に向けないまま、陽は屋上を出ていった。










 (最悪だ。わけわかんねぇ)

 陽は席で息を吐く。溜息は数学の教科書が受け止めた。視線はS字型の関数にかすりもしない。
 黒板一杯に数式を書く教師を無視して、陽はぼんやり外を見る。いい天気だ。昼寝日和だと思う。
 屋上で寝れたらどんなに気持ちいいだろう。寝転んだ陽がうとうとしかけた頃に錆びたドアの音と共に誰かがサボりにやってくる、彼は確かめるようにゆっくり陽に歩み寄ると、やたら流暢な発音でこう言うのだ、

 『Ciao―!』
 「ぎぇっ?!」

 目があった。
 心臓が止まるかと思うほど驚いて、陽は思わず奇声をあげる。おまけとばかりにバランスを崩して、彼はガッターン! と派手な音を立ててひっくり返った。クラス中の注目が集まる。

 「紫波、どうした?」
 「いっ…窓、ひっ……!」

 教師の問いかけに、陽は呂律の回らない答えを返す。震える指で窓を差した、けれどそこにはトンビでも飛んでいそうな日本晴れが広がるばかりで、逆さまにぶら下がった少年もめくれあがってスパッツを披露するセーラー服もない。
 怪訝そうな目で窓を見た教師は、「何もないじゃないか」と言い、ひきつった陽に「気持ちいいのはわかるが、寝るんじゃないぞ。練習13解いてみろ」と悪魔の如き仕打ちをする。練習13なんぞ知るものか!

 くすくす笑いと同情の視線の中「すいませんわかりません」と答えて着席した陽は、忍び笑いを隠しきれてない佐助に話しかけられる。

 『笑うな』
 『いやー笑うしかないでしょこれは。何、陽ってばどうしての旦那に絡まれてるの』
 『絡……知らねえよそんなの』

 と聞くや、先ほどの苛立ちがむくむく復活してくる。
 憮然と呟いた陽に、佐助は釣り目をまたたかせる。あれひょっとして、

 『伊達ちゃん関係?』
 「ばっ」
 『陽、声落として。そっかー、の旦那伊達ちゃんと仲いいもんね。へー、なるほどねー』
 『んなわけねぇだろ?! 伊達が誰と何しようが俺には関係ない!』
 『ふーんそうなのー』
 『お前絶対聞き流してるだろ…!』

 誠意ゼロの相槌に陽はいらいらと舌打ちする。

 『ていうか、お前ものこと知ってんの?』
 『ああ、だって同じ団地だからさ。ちょっと前に引っ越してきたんだ』
 『ふーん』

 じゃあ知らなかったのは俺だけか。小さな針が胸を刺す。伊達の奴そんなの一言も、

 (ってちっがーう! 俺と伊達は無関係! 情報の共有必要なし!)

 陽は頭を抱えて突っ伏した。見ていると中々面白い。
 陽の百面相を楽しく鑑賞していた佐助であったが、ふと愉快な友人に忠告を与える。

 『陽、仮病でも使って教室出た方がいいよ』
 『何で』
 『の旦那が来てるんでしょ? だったら早く教室出ないと、』
 『出ないと?』
 『隣に来ちゃうかも』
 『そうそう』
 『まさか。授業中の教室だぜ』
 『俺にかかればちょろいもんさー』
 『信じがたいことにその通りなんだよね……っておる?!』

   思わず佐助はのけぞった。陽もぎょっとして身を引いた。
 二人の間には、いつの間にやらがしゃがみこんでいる。

 『お、おまっ…どうやって!』
 『ふふふ、君には魔法のステッキがあるのさ! 古今東西まっがーれ!』
 『そのネタやばいから! わかんない人もいるから黙りなよの旦那!』

 壮絶な表情でひそひそ話が展開されているが、授業は滞りなく進んでいる。運がいいのか悪いのか。

 『大体なんなのその格好。そういう趣味でもあったわけ?』
 『No! 俺ね、一度高校の授業って受けてみたかったんだ。この格好は、その辺歩いてたおっさんにもらった』
 『おいおいおいおいおい?!』
 『大丈夫、おっさんは亀甲縛りして放置したから!』

 何が大丈夫なものか、陽は盛大に突っ込んだ。安全大国日本はもはや伝説の中にしかないようだ。
 は教科書を覗きこみ、うへえと顔をしかめたものの陽の隣で謹聴体勢をとる。
 けれども、彼と入れ替わるように陽は席を立った。

 (だめだ、なんかむかむかする。………こいつのせいなんかじゃないのに)

 やっぱり自分は何かおかしいと思う。今日の星占いは健康運がレッドゾーンに違いない。
 引きこもってるのが最高ですとか出てるはずだきっと。

 「センセー、気分悪いんで保健室行ってきます」

 宣言し、許可も待たずに教室を出る。自分が出て行ったあとが自分の席に座るんだろうかと思って、その思考を打ち消した。
 本格的におかしい自分に苦笑する。

 「ざまァねえなあ」
 「何が?」
 「そりゃ、ってうおおお?!」

 当然のように隣を歩いているにぎょっとした。ちょ、俺サボった意味なくない?

 「何でいるんだよ!」
 「やー考えてみたら俺馬鹿だから、授業ってさっぱりわかんなかった。それよかヨーと話したいな」
 「俺は話すことなんてねぇよ!」

 しまったこれじゃめちゃくちゃ感じ悪い。
 言ったあとで後悔した陽だったが、は気にする風もない。
 人生楽しんでますと言わんばかりに顔全体で笑いながら、「前からヨーに会ってみたかったんだー」などとほざく。こちらの都合など丸無視だ。一瞬佐助と似通った性質の悪さが垣間見えたのは多分きっと気のせいだと思いたい。

 「俺、噂になるようなことしてないはずだけど」

 注目されてしまうとしたら伊達の馬鹿野郎のせいである。何せ奴は毎度毎度毎度毎度陽の迷惑も素知らぬ顔で押し掛けてくるから。
 もしかしたらまた妙な噂でも流れてるんだろうか。しかも校外まで。
 陽は思い当たった可能性に絶望したが、はno,とこれまた流暢な発音で彼の杞憂を打ち消した。

 「俺がヨーを知ったのは、マサムネの携帯もパソコンもヨーの写真が画面設定されてるからだよ」
 「何してくれてんだあんちくしょう!」

 変態か。変態だ。
 ストーカー被害で訴えたら勝てるんじゃなかろうか。
 真っ赤に煮えたぎった陽の隣で思い出し笑いを浮かべながら、はさらに追い打ちをかける。

 「誰だこれ誰だこれってつついてみたら、『俺のHoneyだ、手ェ出すんじゃねぇぞ』なんてマジに言うんだよ。ひどいよなあ、胸倉つかんで脅迫だぜ? 恋するのは勝手だけど余裕なさすぎだろー」
 「いや、ちょっと待てって……」

 政宗にしか聞こえない見事な声真似までして、は陽の知らない政宗を描写する。くさい、こっぱずかしい、きもいと見事な三拍子を揃い踏みしたセリフなのに、添えられた感想が実情を知らせて陽は違う意味で赤面した。

 いつだって、政宗の頭を疑いたくなるような行動に余裕を奪われるのは陽の方だ。
 熱烈アタックから始まってお弁当、押し倒されたりキスされたり。そんなトンデモ行動を伴ってくる政宗別名災厄に、いつの間にか慣れてしまった自分に気づいて焦ったり。
 そんな陽を奴は鷹揚に待ち構えていて、まるで陽が罠にはまっていくのを確信していたかのような余裕たっぷりのシニカルスマイルは、腹立たしいことに崩れることなんてないと思っていた。
 それが。

 (待てよそれ以上言うなよ、それじゃまるであいつも、)

 陽の祈りを無視するように、は前方に見えてきた階段を見つめたままつらつらと恨み節を続けていく。

 「やけに機嫌がいいなと思ったら今日はヨーとご飯食べたとか、機嫌が悪い日は大体喧嘩したとか言うし。この間なんて、自分の唇に触ってはにやけてたんだよ。聞きたくもなかったけどモトチカが水を向けちゃってさ、そしたら怒涛のトーク開始。やれヨーとキスした唇が柔らかくて声が色っぽかったうんぬんかんぬん、そうかと思えば『俺こういうこと言っちまったんだけどまだ望みあるよな?』いっそ無いって言ってやろうか!」

 うわあと陽は心の中で頭を抱える。頬が熱い、きっと隠しようもなく紅潮している。がこちらを見てなくて良かった。

 政宗はあんなに余裕ぶって見えるのに、実は余裕なんてこれっぽっちもなかった。
 俺のものになれよとか自信満々に言ったその口で、たかが一緒に弁当を食べた事を喜んだ。八つ当たりをした。不安を零した。

 先ほどまでは、自分の知らないところで、自分の知らない弱さを、自分の知らない誰かに相談していたことに傷ついていたはずなのに、不覚にもそれが嬉しいなどと感じてしまった自分はどうかしていると思う。
 自分の知らない政宗を知る誰かがいることよりも、余裕なんて欠片も無いほど自分に向き合ってくれているということ。自分の前では、必死で余裕を取りつくろって格好をつけていること。

 ふと、が足を止める。声の調子を変えた。

 「あいされてるね、ヨー」

 ぜひとも否定したいがぐうの音も出なくて黙り込む。は頑なに前を見たままだ。
 ひょっとしたら、彼は陽の様子など全部気付いているのかもしれない。
 錆びた重い音を立てながらは屋上のドアを開く。火照った頬に風が心地よい。
 誘われるまま、執事のようにドアを開けたまま佇んでいるの横を抜けて、晴れ渡った空の下に立つ。歩み寄る。珍しく驚いて間抜け面をさらすそいつに。

 「よう」
 「……Hi,サボりか?」
 「ん、まあ」
 「Ha! 正直に言えよ、俺に会いたくなったんだろ?」
 「断じて違う」

 政宗は徐々に見慣れた表情を浮かべていく。片方だけ残った瞳に喜色が瞬いているのを見て、の話は本当なんだろうかと思う。身の置き所がなくなるくらい恥ずかしい。
 喜びによく似たくすぐったさが湧きあがってくる。

 「Why are you smiling?」
 「わかんねぇけど、何か」

 政宗の隣に座り、陽はこみあげる感情を噛みしめる。その名前なんて知るものか。
 ただひたすらにくすぐったくて、愉快だった。

 「って、案外いい奴な」
 「No kidding! 馬鹿なこと言うんじゃねぇよ、あんな面倒な奴いないぜ?」
 「や、いい奴だよ。アンタの秘密教えてくれた」
 「………」

 何言いやがったあの野郎、と物騒な声音で呟いている様子から察するに、相当弱味を握られているようだ。それは、その弱味の分だけは陽の知らない政宗を知っているということで。
 愉快な気持ちが、氷の欠片を溶かされたみたいに一瞬で温度を失う。ちり、と心のどこかが痛む。
 つい先ほどまで、同じことで昂揚していたのに。
 そんな陽の様子に気付いたのか、気を取り直したらしい政宗が、

 「妬いてんのか?」
 「ばっ…!」
 「Don’t worry, 俺のことくらいいくらでも教えてやる。なんかが知りえねぇことまで。……アンタになら」

 耳に吹き込むように囁かれた言葉に体が熱くなる。そんな仕草、ホストかよお前!
 気障ったらしく近づいていた顔を遠ざける。くそ、忌々しいほど端整な顔だ。

 「………知りたくねえよそんなもん!」

 吠えて、猫のように飛びのいた。
 臨戦体勢を取りながらも屋上から出ていこうとしない陽に、政宗は人の悪い笑みを深くする。
 逃げないことそれ自体が、陽の気持ちの変化を示している。そのことに、陽は未だ気が付いていない。
 その喜ばしい事実に心底安堵しながら、政宗は喉を鳴らして笑った。










 「の旦那も馬鹿だねー」

 屋上へ続く階段の最下段で膝の間に顔を埋めていた少年に、佐助はコーヒー缶を渡してやった。
 「Grazie」ほんの少し語尾が震えたが、彼の瞳は濡れることなく気丈に笑う。常より潤っていたことには、気付かないふりをしてやった。
 プルトップに指をかけながら、は「いいんだよ」と言う。
 しょうがない。聞いてやろうじゃないか。

 「俺はね、あの二人が笑ってれば、いいや。かわいいヨーとマサムネ、上等じゃんか」
 「そうだねぇ。今のままじゃ、鬱陶しいもんね」
 「ね。………期待も、諦めもできないんだから」

 さっさとくっついてくれれば、こっちも楽になるのだ。諦めがつくから。
 隙を見せたと思ったら、自分の知らない表情を自分ではない誰かに向けている。まるで隙なんて無いのだと思い知らせるような。
 そのくせ彼らの距離は中途半端なままだから、勘違いしてしまうのだ。

 は無糖のコーヒーを一気飲みして、慣れた苦さに息を吐く。

 「甘いのは、苦手だよ」

 お菓子好きな道化師の呟きは、授業の終了を告げるチャイムに消えた。





 Persona sconosciuta (見知らぬ人)

 「Angelica」遊さんへ、相互記念で献上。
 陽君は遊さん宅の学パロ政宗主です。かわいいのに男前なんだ…!
 080713 J