慕情に落ちる
  ※遊さん宅の夢主、陽君が登場します。




 「あのさ、……」
 ノートに走らせていたペンを止めて、言いにくそうに陽が口を開く。
 炬燵を挟んで向かいに座るは、わさわさとミカンをひたすら無心に剥いていた。剥かれた皮で、一山築けている。
 「んー?」
 はミカンから目を離さない。親の仇でもとるような執拗さで白い筋と格闘している。本当はそんなものどっちだっていいくせに。
 「そろそろ帰ってくれねぇかな」



 「ヒドイッ俺はこんなにもヨーのことをアイシテルのにっ!? なんてこと言うのさこの浮気者!」
 「それ政宗に言ってやれよ、ていうかあいつのことだろ」
 浮気なんていつものことじゃねーか。
 何で今回に限って。
 「だってさぁ……」
 こてん、と頭をテーブルに落とし、がぼそぼそと呟く。
 「そりゃ俺も女の子大好きだしチューぐらいいつでもカモーン! だけどさぁ、」
 約束すっぽかすのはよくないよ。
 できない約束なら最初からしないでほしい。期待を、してしまうから。
 ぶすくれた顔でミカンの山を崩す。帰る気はないらしい。
 お互い派手に遊び歩いているくせに、恋人関係にあるのだこの二人は。周囲を巻き込んでのすったもんだの挙句、ようやくくっついたと思えば始終こんな調子で、お前ら本当に付き合っているのかと小一時間問い詰めたくなる状態だが。
 「それでなんで俺のところくるかなぁ……」
 俺明日テストなんですけど。単位かかってるんだけど。
 「だってヨー彼女いないでしょ」
 「それイヤミ!? イヤミなのか!」
 どうせクリスマスが迫ってる今でも予定はゼロですよ!
 「佐助はユキのとこだし、モトチカも忙しそうだしさー」
 消去法で俺ですか。せめて陽じゃなきゃダメなんだ! ぐらい言ってくれればちょっとは可愛げがあるものを。
 駆け込み寺を始めるつもりもないが。




 「、ほら」
 「にょー」
 それは返事か。
 テストは諦めて、陽がコーヒーを入れてきた。ことりと置いて、テレビのチャンネルをつける。
 は先ほどの姿勢のまま、動かない。誰がどう見たって拗ねているというやつなんだろうが、本人に言えば総口撃がかかるので言わない。
 「お前、政宗のこと好きなんだろ?」
 「にょーん」
 それは肯定と受け取っていいんだろうか。
 確認するのも面倒で、そのまま話を進める。
 大体そんなのあの二人を見てればわかることだ。
 「最近、あいつピアス変えたの知ってるか?」
 まぁ、いつも見てるお前なら当然知ってるんだろうけど。
 はテレビから視線を外さない。
 画面では若手芸人が分刻みでかわるがわるに芸を見せていく。
 「似合わねぇピンク色の石なんてつけちゃってさ」
 政宗の耳元を飾る石を見た時を思い出して、陽がくすりと笑う。
 いつもは皮肉屋を気取るくせして、存外にロマンチストなのだあの男は。
 「日本の三月の誕生石は、珊瑚なんだよ」
 イタリア生まれのは、アクアマリンしか知らないだろうけど。
 聖誕祭が過ぎればお前の耳にはペリドットが光ることだろう。
 陽の言葉にも、テーブルに頬をくっつけたまま、は微動だにしない。
 「……で、泊まっていくのか? そういえば見たがってたDVDもあるけど」
 赤くなっているに気づかないふりをしてやりながらも、可笑しさはこらえきれない。
 「まぁ俺は優しいから? 明日テストがあろうと一晩ぐらい愚痴に付き合ってやらないこともないよ。買ったばかりのゲームもあるし、なんだったら徹夜してもいい」
 は答えない。
 陽はちらりと携帯を見る。サイレントにしているおかげで分からないが、実はさっきからひっきりなしにメールやら着信やらが届いているのだ。今もせわしなくぴかぴかとライトが点滅している。
 電源が切られているんだろう本命の携帯が、かばんの奥底に放置されているからだ。
 (あのアホ男め)
 どうせ今回のことだって、やきもちなんて一切妬かないに焦りでもしたんだろう。そんなことならお互いにフラフラするのをやめればいいのに、と思うがそれは嫌らしい。縛られるのは嫌だ、というのが二人の口癖だが、そのくせ束縛したいくせに、と陽は思う。
 結局のところ、言葉にするのが怖いだけなのだ。口にすれば負けだとでも思っているんだろうか。
 それならそれで、政宗の負けだろうからさっさと言ってしまえばいいのに、と思う。
 口説き文句なら二人とも腐るほど知っているだろうに。
 (本命には言えない、なんて)
 こっちがニヤつくわ。
 緩む口元を必死に抑えて、努めて冷静に、陽は言う。
 「今ならまだ終電に間に合うと思うけど?」
 「……か、帰る!」
 言うなり立ち上がったは、荷物をひっつかんでドアへ走った。
 「あっあの、ヨー、おれ……っ」
 わたわたと靴を履きながら、が何か言いたげに口を開く。
 「いいよ、その代わり今度は手土産持参でよろしく」
 早く行け、と手を振ってやればドアが閉まる直前にGrazie!と聞こえた。



 なんだか当てられたような気がして、勉強なんてする気になれない。
 陽は潔く就寝することに決めた。




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 「Angelica」遊さんから、誕生日プレゼントで頂きました!
 あ、やばい天国が見える…うっかり誕生日が命日になるところでした。
 死因? 萌死以外の何があるって言うんですか。遊さん、陽君ありがとう…!
 我が子だというのにに萌えました。かわいい…かわいいよこの生き物…!
 遊さんの書かれるカップルは真剣にかわいくて危険だと思います。萌的な意味で。
 陽君との組み合わせもドツボです…! あああやばい愛がはちきれそう。
 ……あの、本当にいいんですかもらって。返しませんよ…!
 ありがとうございました!
 081211 J