Trigger dancing *文中に出てくる「正当防衛」についての記述は必ずしも正しいものではありません。 *転生ネタ、団地数年後設定 「ねえ、マサムネ」 「なんだ、」 「せいとうぼうえい、って何?」 「……What?」 「だからせいとうぼうえい、だよ。あ、もしかして知らない?」 「No、知ってるが……どこで聞いた?」 「団長だよ。おかあさんの話をしたら、そう言われた」 困ったような、怒る直前の、眉間にギュッとシワを寄せた顔で、それでも頭を撫でる手には精一杯の優しさが込められていて。 だから意味はわからなかったけど、聞いてはいけないのだと、思った。 それから誰にもその言葉の意味は聞けずに、ここにいる。 縁側で二人、月を眺めていた。 虫の鳴き声もなく、かすかに草木が擦れあう音ばかり。 は涼をとろうと桶に突っ込んだ足先を揺らし、水を遊ばせる。 じっとりと濡れた闇がはりつくような。 夏の匂いを感じさせる空気の中、しかしまだ完全に夏ではない証拠に闇は重い。梅雨時のぬかるんだ泥のような、たっぷりと水分を含んだ闇。 些細な嘘は簡単に隠せるだろう。 それでも。 「人を殺しても仕方ない状況、ってことだ」 そう言うことしか、出来なかった。 「仕方ない、ってどういうこと?」 気づかう言葉はただ誤魔化すことにしかならない。 「生きるためなら、他人を殺しても許されるんだよ」 生への執着は、生きとし生けるものの本能だからな。 「人を殺すのは、悪いことだよ?」 「そうだな」 「他人より自分を選んでも、許されるの?」 「そうだ」 人は、そういう生き物だから。 かなしくも、いとしくも。 「それがとても大事な人でも?」 例えば両親とか。 「そういう割り切れないものと折り合いを付けるための、ものだ」 例えば母親とか。 「それは、仕方ない、ですませるってこと?」 闇はますます深く。触れた先からずぶずぶと沈み込みそうな。 パシャリ、と散った水滴の先は、もう見えなかった。音もしない。それは闇に飲まれたように。 「……。お前は俺に救われたいわけじゃないだろう」 人が人を救えるなんて、それはただの願望にすぎない。 自分を許せるのは自分だけなのに。 「答えもいらないのに、何を聞く」 誰に赦されようとも、誰に救われようとも。 (お前がそれを必要としていないのに、) 俺に何が言える。 「うん、そうだよねー」 いつもの口調で、歌うようには続けた。 「俺はおかあさんに愛されてたことは間違いないし、俺がおかあさんを愛してたことも本当なんだよ。ただそれだけなんだ」 それだけでいいんだよ、と小さなクラウンは笑う。その言葉に、澱みはない。 「それが他の人から見たらものすごく変だったり間違ってたりするのかもしれないけどさ、愛の形なんて誰にも決められないんだよ。俺は幸せなんだから、心の底からそう思えるよ、それでいいじゃない?」 彼がどんなに声高に幸福を語っても、その言葉は全て周りの同情に流されていく。 口にすればするほど、彼の幸福は頼りなく、嘘に近づいていってしまうようで。 「マサムネは、自分をフシアワセだと思う?」 「……No、」 例えば母の愛を感じることは出来なかったけれど。 だからといって己が愛されていなかったわけではなく。 欲しかったものはもう手に入らないけれど、それでいい。別に代わりを見つけたからではなく、諦めたわけでもなく、ただそれが自分にとって真実だった、それだけだ。 思えばあれも愛だったのかもしれぬ。そう思えただけで、十分だ。 だから、自分を救うのは己なのだ。そうでなければ己を愛してくれる人に申し訳がたたない。 どれだけ愛されようとも、自分がそうと、認めてやらなければ。 愛されなかったものの負け惜しみなどというしみったれたものではない。意識のすり替えだとか、自己正当化だとか、そんな卑屈なものではない。 そう言って憐れむやつらのほうこそ、笑ってやれ! 滑稽なピエロでも悲しきジェスターでもない、彼らが、幸せを語ることを誰が否定できる? 「俺はHappyだ、間違いなく」 「うん、俺もだよ」 そうやって笑みを浮かべることが、どうして不幸せなものか! 他人のものさしで幸せだ不幸だと、蚊帳の外で叫ぶやつなど放っておけばいい。 同情なんて、いらないんだ。 「悲しそうな目で頭を撫でられるよりもさ、しあわせだったんだね、ってそう笑ってくれるほうがよっぽどいいのにね」 仮に本当に不幸だとして、今笑えることにどうしてそんな憐憫の目を向けられなければならないのか。 その幸せを喜ばれこそすれ、哀れまれるいわれなどどこにもない。 間違っているのでも見ないふりをしているのでも逃げているのでもない、傷の舐め合いでもないのだから。 「……そうだな」 疵を癒したとか、過去を乗り越えたとか、そんなものではない。 疵は変わらずそこにあるし、過去はいつまでも繋がっている。 それで、いいのだ。 見上げた空に月はなく。 戻した視線の先のもまた、消えていた。 「……っ!?!?」 驚いて立ち上がろうとした足が、ぐらりと沈む。見れば掴まれているかのように、まとわりつく、闇。ひたひたと寄せるように闇は浸蝕し、音もなく飲み込まれていく。底なしのように沈む体を支えようと、伸ばした手も、届かない。 恐怖を感じるよりも早く、視界は闇に包まれた。 とろりとした黒の中、どこか温もりさえ感じる漆黒の中、ただ沈んでいくことだけを感じた。 両の手の感触も、分からない。 奇妙な浮遊感さえ伴って。 ただ、ただ、下へ。 (なんだ、今の) 目が覚めると、ひどく嫌な汗をかいていた。べったりとまとわりつく、はりついたシャツが気持ち悪い。 だが、それよりも。 あれはだ、どこか見覚えのあるような、あの場所は。 そこで、 なにを話していた? ――――なに、を。 思い出すより早く、体が動く。 遮光カーテンに包まれた己の部屋は薄闇の中だが、外はもう光に溢れているはずだ。 その辺に転がっていたズボンに足をつっこみ、上は着ていたシャツそのままでかけだした。 鍵もかけずにドアを蹴り飛ばし、握っていた合い鍵で隣の部屋へ飛び込む。 「!!」 「きょっ!?ちょ、マ、マ、ママサムネ、俺着替え中!!」 半裸で服が引っ掛かったままわたわたするに構わず、ぎゅうぎゅうと己の腕の中に閉じ込めた。あまりのことに目を白黒させたまま硬直する。 「………I'm Happy」 「……Anch'io(おれもだよ)」 そうして顔を合わせて、心底幸せに、笑った。 |
+++ きゃあああああああ! 遊さん遊さん遊さんTi amo!! ありがとうございます…! クラウン本編で言いたいことがしっかりばっちりはっきり書いてあって卒倒寸前です。 政宗がかっこいい…! まさにこんな子ですよ…! 遊さん、ありがとうございました! 遊さん宅はこちら。かっこいい政宗に会いに行こう! 080726 J |