が自分に似ていると、嘲りさえ込めて思ったのは間違いなく自分自身だった。
 闇に蠢く忍とよく似たにおいのする子供。恐怖を理性で塗り籠めて、血まみれの手で浅ましく生にしがみついていた。
 だから佐助はを嵌めた。そんな生き物を、彼の愛する主人の側においておくつもりはなかったから。

 (でも、だーいぶ変わったみたいだね)

 生い茂った青葉闇に紛れながら、佐助は興味深く夕暮れ時の景色を観察する。強烈な朱色と藍のコントラストで浮かび上がった縁側に、手足を縮こまらせた子供がすうすう惰眠を貪っている。蒸し暑さを増してきたこの気温でも起きないとは大したものだ。はだけた着物から覗く手足は弛緩しきっていた。
 以前の彼なら、そんな格好言語道断だったろう。は隙だらけのように見えて、常に周囲を警戒していた。佐助の視線にだって気付いたはずだ。
 あーあ、あんなにだらけちゃって。平和に眠るを、佐助は少しだけ残念に思う。少しだけ憎らしかった、だってはほんの少し前まで、自分とそっくりな目をしていたのに、今の彼はもはやただの人間だ。化け物とは呼べない。彼は佐助を置いて光のあたる場所へ行ってしまった。
 砂漠の中に安住した佐助には、もはや望むべくもない世界に。

 (本当は、お前も俺様と同じ場所に来ただろうにね。―――そうならなかったのは、竜の旦那のおかげかな?)

 それ以外はないはずだ。
 まっすぐ差しのばされた幸村の手を、は怯えて取ることはできなかったから。眩しすぎて。
 だから、ぎこちなく席を用意した政宗にしか、を変えられなかった。
 その思考を裏付けるように、佐助が観察する夕暮れに荒々しい足音が割り込んできた。

 「Hey,―――ってなんだ寝てんのか? たく、人が働いてるってのに……」
 「んむー、う゛、うむむむむむ?! っぷは、何すんだマサムネ!」
 「Shut up! アホ面晒しやがって、てめぇがだらけてる間こっちは働いてんだよ!」
 「にぎょー、ふぉうりょふはんらいー!(暴力反対―!)」

 鼻を抓まれて安穏を破られたは猛然と食ってかかったが、六爪を操る指で頬をつねられて悲鳴を上げた。半泣きで解放された頬をさする彼は別人のように表情豊かで(いや、「表情」に限って言うなら以前から豊かであったけど)、ああ本当に人間になったんだと思う。
 彼はもう、眠りながら気配を探るなんて芸当できないだろうし、する必要もなくなったのだ。
 暗く乾いた荒野だった心も、今は草木が茂っていることだろう。

 二人はしばらく漫才のような掛け合いをしていたが、やがて政宗が去ったので、佐助にちょっとした悪戯心がわいた。
 緑の闇の底から一瞬での背後に移動する。

 「Buona sera.(こんばんは) 久しぶりだね、サスケ」
 「あっちゃー、気付いてた?」
 「起きてからだけど」
 「ふぅん。ごめんねー、鈍ったかと思っちゃった」
 「確かに鈍ったよ。現に俺寝てたでしょ」

 誰かの気配に反応して目が覚めるなんてことはなくなったけれど、起きたらすぐに気配を探ってしまうのは最早体に染みついた癖だ。
 全てが全て変わってしまったわけではないらしい、そのことに佐助の唇が我知らずつり上がる。

 「ユキムラは元気?」
 「これ以上ないほどに。もー忍使いが荒いのなんのって」

 俺は旦那の母親じゃないっての、とぶつぶつ文句を言いながらも、本気でうんざりしているわけではない。本当に嫌気がさしていたら、とっくに主替えをしている。

 「旦那も大将も全然変わってないよ。でもの旦那は、随分変わったみたいだね」
 「ん」

 まるでそのことが誇らしくて仕方がないと言うように、少しだけ頬を染めてふわりと笑う。ああもうそんな表情、見せつけなくていいからさ。
 表情だけで決定的に変わったことを知らしめたに思わず苦笑いが零れる。

 「幸せそうにしちゃって」
 「幸せだもーん」

 今も昔もこれからも、そう言った彼に呟き一つ。でもの旦那は、もう俺と同じところに来る気は無いんでしょ。
 なぜならがそんなふうに笑うのは、あの不器用な男の与えた席に座ったからだ。佐助はそのことを知っている。

 「そりゃーよかったね御馳走様。じゃあ、俺様そろそろ帰るよ」
 「え、もう?」
 「仕事帰りなもんでねー」

 長居はできない。佐助は本能的にそう感じた。長居したら、疼いた心の片隅を無視できなくなりそうだったので。疼いた理由を、思い知ってしまいそうだったので。
 慌てて立ち上がろうとしたを留めて、そのまま髪に触れてみる。びくりとの肩が跳ねた。急所である頭部に触れられることに、反射的な恐怖を感じてしまうのだろう。
 まだ全部は変わってないんだねとぼんやり思う、でもそれも今のうちだ。きっとすぐに、彼はその警戒を無用なものとするだろうから。佐助ではない、あの男に対して。
 ひょっとしたらもう許しちゃったかな、そんなことを思うと俄かに疼きが強くなる、(ちょっとくらい良いでしょ)独占できるくせにヘタレてばかりだろう奴に心の中で言い訳する、悔しかったらとっととくっついてしまえばいいのだ。

 「っ、さ、サスケ?!」

 わあこんな取り乱した声出すの、佐助はまるで他人事みたいに考えた。
 唇に触れるほど近い位置にある睫毛が盛大に瞬きしている。一瞬後、は泡を食って遠ざかった。少し低い体温と睫毛の感触が唇に残っている。

 「お前、何がどうなって宗旨替え?」

 佐助の興味は俺には向いてないはずでしょと的確な分析を述べたに、悪びれもせず言ってみる。「甘味ばっか食わされてたらたまにはせんべいも欲しくなるでしょ」「俺ってばせんべい?! 食われる?! 君貞操の危機?!」「調子こくんじゃねえよの旦那なんか願い下げだ、独眼竜と兄弟になってたまるか!」只今の発言に不適切な表現があったことをお詫びいたします。

 「まあ今回はいいや。でも、あんまり妙なことするなよ? ユキムラに愛想つかされるぞ」
 「うんその発言での旦那の中における俺様の位置がよくわかるね。大丈夫、二度としないよ」

 そう言って、佐助は忍烏を呼んだ。もういいだろう、よっくわかっただろうと疼いた心に言い聞かせる。
 の旦那はこういう人なんだよ。俺様をけらけら笑って許すほど、この人たちの間にはもう立ち入る隙なんか無いんだからさ。

 「じゃあ、今度こそ本当にバイバイ」
 「Ciao,(じゃあな) また来いよ!」

 手を振るを残照が照り映える地上に残し、もうすっかり夜の衣をまとった西空へ飛翔する。あっさりと流された感触がまだ残っている、この唇に。
 でももう二度としないよ、唇の形だけで誓いを紡ぐ。


 もう二度としない。だって闇に生きる佐助には、光の世界へ行ってしまったは眩しすぎるから。








 Aufs geschlosne Aug'die Sehnsucht,
 瞼の上なら憧憬のキス


 佐助書いてるとB.U.M.P.聞きたくなる
 ところで佐助も中学生化してるのは気のせいですか
 時間軸的には本編(現在45話)の大分先の話

 080528 J