メゾン戦国北棟306号室住人伊達政宗は、容姿端麗頭脳明晰、トドメに運動神経抜群という世の男性の嫉妬僻み羨望その他を一心に受けそうないいとこの坊ちゃんである。 本来なら団地なんて大衆的集合住宅には縁がなく、六本木ヒルズあたりの高級マンションでワイン片手に君の瞳に乾杯でもやっていそうな奴であるが、彼は何が気に入ったのかメゾン戦国に住み続けている。 ちなみに彼の部屋は居心地が良いことで有名だ。 何故なら違いがわかる男を自称する彼が、北欧やらヨーロッパやらから輸入家具を買い集め、本能の赴くままにレイアウトしたからである。 その中でも政宗の一番の自慢は、イタリアのゴッドファーザーが愛用していそうな高級感溢れる座り心地抜群のソファだ。 どう考えたって団地の小さな窓やドアからは入れられないサイズだから、搬入方法は永遠の謎。 しかしながら、こんなオアシスソファをあつかましいメゾン戦国の連中が見逃すはずもなく。 「ねえモトチカ、その糸取ってー」 「何番だ?」 「レーヨン120/2の1172」 「ほらよ。―――早いもんだな、もう出来上がりじゃねえか」 「早さだけが売りだもん。俺はモトチカみたいな細かい細工は苦手」 「慣れたら簡単だぜ? お前もすぐにできるようになるさ」 「そうかなー」 ふふふふふと微笑みあう二人の間には、とても和やかな空気が流れている。 色で表わすならパステルカラー。模様で表わすなら小花模様。絵で表すならアールヌーヴォー。そんな幻覚が見えることに政宗は頭を抱える。何故に、どうして、本革張りのスタイリッシュソファ上で、はともかく筋骨隆々とした元親がそんなメルヘン世界の住人になっているのか! 「できた! 見て見てマサムネー、綺麗だろー?」 「いっつびゅーちふる」 スプリングの利いたソファの上で、ははしゃぐ子供のように飛び跳ね回転し「棒読みじゃねえか、ちゃんと俺の美技に酔え!」「美技つってもそれ刺繍じゃねえか!」「だまらっしゃい、美技じゃなかったら神業だ!」、そんなこと言ったって今お前の手の中にある刺繍が施されたYシャツ俺のじゃねえか。 どう見ても女物へと姿を変えた私物に最早諦めにも似た感慨を覚える。二度と袖を通すことはあるまい。政宗に女装趣味はないのだ。 「おいおい独眼竜よぉ、その言い方は無ぇんじゃねえか?」 「ねえねえうるせえよ姫若子」 同じくソファを我が物顔で占領する元親に皮肉を叩きつける。こんな迷惑な客に丁寧な応対なんぞ誰がするものか。 元親もも、ソファの居心地の良さを求めて入り浸りにくるのだ。 政宗の冷たい言い草に元親はいきり立った。「鬼ヶ島の鬼たァ俺のことよ!」猛々しく宣言した元親を、しかし政宗は見ようともしない。いや正確には見れない。 何故なら、見ただけで戦意が萎えてしまうことが自明であったので。 ―――ソファの前に置かれた机には、裁縫用具や色とりどりの刺繍糸や、レース糸の玉が広がっている。前者は毎度おなじみの手芸用品で、政宗も何度か彼がそれを使っているのを見たことがある。 問題はレース玉の方である。真白な糸を辿ればそれはレース編み上級者向けの教本に載っていそうな繊細美麗なテーブルクロスに辿りつく。まだ完成してはいないレースのクロスは金色の鉤を操る指によってその面積を広げているのであるが、その指こそが大問題だ。 何がって、その指には少女的な細さも美しさもなく、むしろ骨太で無骨でまあ要するに元親の指であった。 ガテン系兄ちゃんと純白手作りレース。視覚的に抹殺したいが存在感がありすぎる。 「そういうセリフは、それ片付けてから言うんだな、girls?」 「俺たちゃ男だ!」 「Shut up, てめえが一番性別疑わしいんだよ!」 胸元でYシャツを握りしめながら叫んだに鋭い一喝を飛ばす。だってお前その仕草からしてかわい、じゃねえよここ馬鹿にするところ! しっかりしろ俺! 政宗の視線の先で、はぷくっと膨れた。 「せっかくボタン付けてやったのに、何様だよお前!」 「あーそりゃThank you, 余計なものつけてくれなきゃもっと嬉しかったぜ」 「なんだ感謝してたの? じゃあちゃんと態度で示せよ、ジャポネーゼの八つ橋って難しい」 「そうかわからねぇか、俺が言いてぇことがわからねぇのか……!」 「おいおめぇら、俺がいること忘れていちゃつくんじゃねえよ」 二人の掛け合いに怒りを削がれたらしい元親が、溜息とともにソファにもたれる。高級ソファは値段を裏切らない心地よさで元親の筋肉質な体を受け止めた。 バイク狂の鉄腕アルバイターな元親は一週間のほぼ全てバイトに明け暮れているため、やたら鍛えられた体をしている。 「「いちゃついてないっ!!」」 噛みつかんばかりの勢いで一字一句違わず同時に叫んだ二人に、やっぱりいちゃついてるんじゃねぇかと元親は思う。 本人たちもハモったことに若干の気まずさを覚えたらしく、お互い相手の顔をちらちら見ながら意味もなく指遊びを始めた。見せつけちゃってやーねー。 「ば、By the way,(ところで、)アンタといいといい、よくそんなモン作れるな」 あちこちに視線をやっていた政宗は、どこの空中から引っ張ってきたのか無理矢理話題を変える。 確かに手芸なんて政宗にはひっくり返っても無理だろう。 彼は裁縫もろくに出来ないのだ。そんな政宗にとって、はともかく元親の太い指がこんな繊細なレースを生みだすのは魔法でも見ているようだ。 「あァ、まあ昔はよくやってたからな」 「マサムネはやらない方がいいよー。絶対針を爪と肉の間に刺す」 「げ、よぉ、アンタえげつねぇことサラッと言うな!」 「だってマサムネならやりそうだもーん」 悪びれた様子もなくけらけら元親とが笑うので、政宗はふてくされたように鼻を鳴らす。ほっとけ! 馬鹿にされたように感じた政宗は、しかしすぐに意趣返しを思いついた。 ニヤリと笑って言ってやる。 「だが、Cookingなら俺のが確実にアンタらより上手いぜ?」 やり返された二人はうっと押し黙った。 縫物編み物大好きな乙女系アニキでも、元親は所詮男の節約一人住まい。料理がいわゆる男の料理になるのは自然の成り行きだ。 に至っては最早奇食というのもなまぬるい。アレは奇怪食とでも呼ぶのがふさわしい。 そんな二人にとって、七つの台所神器を自在に操る政宗は信仰の対象である。 否定できない二人に政宗は気を良くした。どうだすごいだろとでも言わんばかりの表情だ。 しかし得意満面な政宗は、その瞬間と元親の節約タッグが獲物を見る目になったことに気付かなかった。 「でも、コジューローの方がおいしいよ」 ぼそりとが呟く。 小十郎は政宗の世話役兼料理の先生だ。彼の料理の方が美味いのは当然で、政宗もそれは認めているのだが、の口が比較するなら話は別だ。 理性とは別のところで感情が暴走し始める。政宗の顔がみるみる不機嫌になっていく。 つまり政宗は、「」が「自分でない誰か」を褒めるのが嫌なのだ。難儀なものである。何せは女ったらしだし、呼吸するように褒めるから。 どうしての一言で政宗が拗ねるのかくらい、考えてみれば小学生でもわかるだろう。 けれども、彼らはお互いそれが何故だか気付かない。双方共にそれなりの女たらしなのに、お互いに関してはいっそ見事に鈍感だ。元親を始め団地住人にはそれがもどかしくてたまらない。そしてもどかしいのと同じくらいおもしろがっている。 「マサムネの料理もおいしいけど」 「Of course!」 (独眼竜も単純なモンだなぁ。簡単に機嫌直してやがる) 「でも本家コジューローには負けるかも?」 「………」 「おいおい、そんなこと言うんじゃねぇよ。独眼竜の腕も、そう捨てたもんじゃねぇだろう?」 「Si! そりゃねー」 「それに師匠ってのはそう簡単に越えられるもんじゃねぇんだよ。まあ、待っててやんな。そのうち越えるかもしれねぇからよ」 「おいテメェら……」 地を這うような声にと元親は心の中でニヤッと笑う。目論見通り。 二人の視線の先でゆらりと立ちあがった政宗は、テーブルに足を振り下ろして叫んだ。角で打った小指は痛くないのだろうか。 「好き勝手言いやがって! Wait a minute,(ちょっと待ってろ) 独眼竜は伊達じゃねぇってこと教えてやる!」 そのままエプロンを持って台所に飛んでいった政宗を見送って、と政宗は今度こそ満面の笑みを表情に乗せた。 「GJモトチカ」 「いやいやアンタがいなけりゃこうもうまくはいかなかったさ」 政宗に聞こえないようにぼそぼそとお互いの健闘を称え合う。節約家二人は、何の相談もアイコンタクトすらなく、一食分食費を浮かせるために政宗を褒めて貶してころころ転がしたのだ。憐れ、政宗の恋心。不思議なことにはそれに気づいちゃいないから、確信犯は元親一人だけではあるが。 「さーて独眼竜は何作ってくれるやら」 「多分シーフードパエリヤだよ。今はアサリが旬だし、昨日エビとかイカ一緒に買ったもん」 「へぇ…」 楽しみだなーと指を組んでソファにもたれたに、元親はなんとも言えない顔をする。これは何だノロケか? の期待に応えるように、しばらくすると台所からいい匂いが漂い始めた。 政宗特製シーフードパエリヤが出来上がりつつある。 指先に魔法 |
乙女系アニキ's が書きたかった。 元親はもっと不憫でも良かったかなー 080603 J |