メゾン戦国東棟104号室住人今川義元(職業:振付師)は怒っていた。ジュリ●ナ扇を振りまわし、丸いお尻を振って、唇を突き出して、これ以上ないほど猛烈に怒りを踊りで表わしていた。
 まるで求愛ダンスのようである。

 (そんな、求愛されても……)

 は非常に困り顔で、踊り狂う義元を眺める。白塗りの顔が宇宙人のようだ。
 怒りが頂点に達したらしい義元は、更に湯気を吹きながら叫び出す。くけー!

 (そんな、鳴かれても……)

 鳥語がわからないの手元には、ビクトリア様式の美しいティ・セットが行儀よく並べられている。
 滑らかな曲線を描くティ・ポット、なみなみと熱いお茶が注がれたティ・カップ、金細工の繊細なソーサーに、生クリームを添えたパウンドケーキ。
 テーブルクロスはもちろん白だ。いっそ見事なまでに完成されたアフタヌーン・ティーである。
 茶席の主人はである。
 客は毎度おなじみ政宗、幸村、慶次の三馬鹿と、上記のように突然大ハッスルを始めた義元だ。


 怒り方が教育特番じみているのはともかくとして、義元が怒るのも当然だと政宗は思う。
 義元に対抗してかホケキョホーケキョコケコッコー! と叫び始めたに頭痛を覚えながら、政宗はが淹れたお茶を見る。
 末期のカフェイン中毒者なのに、意外や意外、は紅茶の扱いにも慣れていた。
 政宗たちに供されたのは、がゴールデンルールで淹れたものである。
 本人曰く、「だって引き出しは多い方が、色んな女性に話が合わせられるんだよ」。

 (作法は正確だった)

 政宗は己の知識との動き照合する。
 カップを温めるのも忘れなかったし、ティ・スプーンだってティ・コージーだってちゃんと使った。
 茶葉をむらす時間だって完璧だった。添えられたミルクは新鮮だし、角砂糖もちゃんとしたものだ。

 (でもだめだ。完全に、完膚なきまでにだめだ)

 お茶の香りは飛んでいるし、味だって多分渋いだろう。迂闊に飲んだら火傷するかもしれない。
 ミルクなんぞ入れようもんなら台無しもいいとこで、砂糖を入れた日には幸村と同レベルである。
 そこまで最大最悪にだめな理由は簡単だ。

 ビクトリア様式の綺麗な白磁のティーカップに波打つ水面は、赤でも黒でも茶色でもない。
 緑である。より正確に言うならそれは黄緑である。更に正確に言うなら、初摘みの静岡茶である。
 つまりは義元の地元特産品だった。

 視線をカップからあげると、トサカを立てた義元とが鳥語を叫びながら手をばたつかせている。頭痛がした。

 「くるるっぽー!」
 「ぴーひょろろろろろろろ!」

 哺乳類から鳥類へと鞍替えしたらしい両者の仁義なき戦いを見なかったことにして、政宗は溜息をついた。

 「ここまで常識がねえとは…」
 「まあ、仕方ないさ。外国じゃ、お茶といえば緑茶じゃなくて紅茶だろ。間違えたんじゃねえの?」
 「それくらい見分けろよ! 緑茶を紅茶と間違えて淹れるか、普通? 緑茶にミルクと砂糖を添えて出すか?」
 「幸村は砂糖入れたことがあるんだろ?」
 「それふぁしがろうかしられほらふは?(某がどうかしたでござるか?)」

 顔の周りを生クリームでべとべとにした幸村が、ケーキを頬張りながら喋る。食べカスがぼろぼろ落ちる。
 「あーもう喰いながら喋るんじゃねえよ」政宗はその食べカスを自然な動作でぬぐってやる。うっかりそれを目撃した慶次は慎重に飲んでいた熱い熱い緑茶を吹いた。

 (確実にオカン化が進行してる、じゃなくて!)
 「独眼竜アンタそりゃ相手が違うだろ?!」
 「Ah?!」

 政宗が幸村の世話を焼くなんてありえない、だってそのポジションは佐助という元祖オカンの定位置であって断じて間違っても政宗ではなくて、ていうか政宗が世話を焼くとしたらだろう?!
 慶次は心からそう思う。精神と肉体の同調を証明するように、鳥肌立ててまでそう思う。
 実際政宗をオカン化せしめたのはであるから(つまりは先ほどの政宗の行動は無意識の反射であった)、それは正解であったのだけれど。

 「ケージ……」
 「まろは怒ったでおじゃー!!」
 「え?! 何何お二人さん、やだなー……!」

 鳥二羽は、横っ面に熱湯を浴びることで人間へと進化したらしい。
 ゆらりと正面を向いた二人に慶次は思わずあとずさる。
 危険を感じた政宗と幸村は野生の勘に従ってとっくに退避済みである。己のケーキとティ・カップ入りの緑茶を持って。
 卑怯者と慶次が叫んだかどうかは定かではない。





 鳥の囀る午後のお茶

 緑茶と紅茶では、最適温度が違うそうです
 うっかり紅茶用の熱湯を使ってしまうと、緑茶はまずくなるんだとか
 080513 J