「買い漏らしはねーな・・・よしっ!」

 慶次はまつの丁寧な字とエコバックの中身を確かめ、意気揚々とスーパー「バサラ屋」を出る。材料から察するにすき焼きだ。期待で口の中に唾がわく。
 夕暮れ時の商店街は、昭和の懐ドラを思わせた。
 経済大国日本において、まるで切り離されたような三丁目のアーケードは夕飯の買出しに来た主婦や学校帰りの学生たちがそぞろ歩く歩行者天国となっている。一応車道はあるのだが、慶次の知る限りここを通る車は必ずと言っていいほど市外のナンバープレートだ。
 この商店街を車で通るべからずと、暗黙の了解でも敷かれているかのようである。

 そんなわけで、車道のど真ん中をじっちゃんが通り過ぎようが不良が寝転ぼうが大した迷惑にもならないのであるが、

 「ん?・・・・・・何やってんだあいつら」

 ふと慶次は、とんでもない速さで移動する二つの人影を見つけた。
 大きい人影と小さい人影。
 器用に人を避けながら、ゴム鞠のように跳ね回るそれらには嫌というほど覚えがあった。
 行く末を見守るべしと裏回覧板で回ってきたメゾン戦国北棟の住人である。ちなみに慶次は中央棟の住人だ。

 「おーい、独眼竜! ! 何やってんの?!」

 慶次は大声で知り合いを呼んだ。ぴたり、瞬間的に凍らせたように二人が追いかけっこをやめて振り返る。
 不文律が支配する日本では、いくら寛容な商店街といえども戒律というのは存在するわけで、それに照らすと迷惑千万な動きをしている政宗たちは、厳重注意の上商店街立入禁止をくらいそうなものである。
 しかし、商店街には暗黙の了解というものがあった。
 曰く、政宗、の大騒ぎは止めず触れず微笑ましく観察すべし、というものである。
 ちなみに本人たちはこの了解を知らない。

 慶次の持つエコバックとよく似たそれを持ったが、とととっと軽い足取りで近寄った。その後を政宗が追ってくる。

 「タンマ! マサムネ、今はケージに挨拶するんだからオサワリはなしだ!」
 「……何、まだ夜でもないのにそういうプレイ?」
 「断じて違う! Touchだ! てめえ、英語できるくせに誤解を招く言い回しをするんじゃねぇ!」

 思わずヒいた慶次に強い否定を叫びながら、よりも若干大きなエコバックを持った政宗はの隣に立った。
 どうやら一緒に夕飯の買出しに来ていたらしい。お熱いことで、と心の中で呟く。

 「Ciao ケージ! 今日もいい男だね」
 「ありがとうよ! そういうは、今日もちゃんと恋してる?」
 「Si(うん)! さっき、果物屋のおねーさまに。サービスしてもらったよ」
 「ああ、トメばあちゃん? 流石一味違うねー」 
 「笑顔が魅力的な人だもん!」
 「・・・・・・おいスケコマシども」

 げんなりした様子の政宗が口を挟んだ。

 「よう独眼竜。あんたは恋してるかい?」
 「てめえは年中春らしいな。そんな甘っちょろいもん興味ねえよ」
 「……知らぬは当人たちばかり、ってねぇ」
 「Ah?」

 怪訝な顔をした政宗を振り切るように、慶次はなんでもないと誤魔化す。

 「ところで、あんたら何してたの?」
 「Ah―、それは…」
 「オニゴッコだ!」

 言いにくそうにした政宗のあとをが引き継ぐ。得意そうな顔だ。興奮で目が輝いている。

 「俺が逃げる方で、マサムネが鬼! 勝者が敗者のオカズを一つ獲得するんだ」
 「はー、なるほど」

 いい年してガキ臭いことやってるもんだと思う。特に政宗。
 意外なことに一応常識を備えた政宗は鬼ごっこなどしそうもないのだが、どうせにうまく乗せられたのだろう。が絡むと下らないことでも燃える男である。が上手いのか政宗が単純なのか…。
 しかし、確かには素早いがその分体力がない。勝負はすぐにつきそうなものだが、

 「Goalは団地まで、歩道の白線は安全地帯だが片足立ちで十秒以内に出るruleだ」
 「ああ、だから…」

 のことだ、白線を出ては入ってを繰り返して政宗を歯噛みさせているのだろう。
 そう思っていると、ががしりと慶次の腕を掴んだ。にかっと笑顔。

 「ケージもやろう!」
 「え?」
 「What’s?!」
 「だって逃げる方俺一人だもん、これじゃあ面白くないよ」
 「こいつとじゃ賭けが成立しないぜ?!」
 「じゃあジュースでも賭ければいいじゃん。一対一じゃなかったら俺もちゃんと逃げるからさー、その方がマサムネも楽でしょ?」
 「さも親切面して言いやがって……!」
 「あのー、俺の意見は?」

 最早参加は決定されているようなやりとりに思わず口を挟む。
 とはいえ恋と喧嘩を無上の楽しみとする慶次が、こういう勝負事に興味が惹かれるのは仕方のないことだ。
 案外と鋭いは慶次の発言に首を傾げ、

 「ケージはやりたくない?」
 「やる!」

 宣言するように叫んだ慶次に、はぱっと笑って政宗は嫌そうな顔をした。そのくせ仕方がないなあという雰囲気なので遠慮することはない。
 ほんの少し、邪魔したかなとは思ったけれど。

 「よし、じゃあスタートだ! コジューローの味噌カブはいただくぜ!」
 「捕まえてみろよ独眼竜! はっけよーい!」
 「この俺から逃げられると思うなよ! 独眼竜は伊達じゃねえってことを教えてやる!」

 一斉に走り出した。あ、やばいなんか楽しい。
 空は赤銅から群青に色を変えはじめ、そこに一番星が瞬いている。どこかの家からカレーの匂いが漂ってきた。
 空きっ腹からこみあげる笑いが、なんだかとても心地よい。





 おつかいと悪ガキ三人

 そして帰りが遅すぎてまつと小十郎に怒られる
 080326 J