今となってはどこか懐かしささえ漂うインスタント写真の、ざらついた感のある褪せた色で描きだされていたのは、元親もよく知る少年だった。
 最近とみに白さを増してきた太陽が朱く染まる前に撮ったのか、光を弾く少年の白Tシャツは淡い金色を帯びて見える。灼けた壁紙のような空や板塀は非現実染みていて、写真に更なるノスタルジアを添えている。

 けれども、写真それ自体は面白味のないただのポートレートだった。
 色のメリハリがあるわけでも、構図が工夫されているわけでもない。
 明らかに素人の手による、ただ被写体の少年を真正面から映しただけの写真。
 その辺のアルバムをひっくり返せば同じようなものが何十枚と見つかるだろう、それなのに、講義室の荷物棚に忘れられていたそれに目を惹かれたのはきっと、少年の浮かべた表情のせいだ。

 (あー、ったく見せつけんじゃねぇよ)

 いや彼がこういう表情を浮かべることがあるのは知っていたけども。まことしやかにヘタレ説が囁かれる大学の後輩の前限定で。
 元親はしげしげと写真をためつすがめつ舐めまわすようにじっくり見てみる。他人の空似を期待したが嘆かわしいことに本人だ。柔らかな光の中でどこか恥ずかしげに、いやむしろ照れくさそうに常とは違う笑顔を浮かべている。見ている側にまで彼の感じているであろう幸福が伝わってくるような、寛いで預けきった笑顔。見ているこちらがむず痒い。
 改めてほんともったいないくらい可愛いと思った。それと同時に絶望する、どうして女に生まれてこなかった。

 まあどうせ、男だろうと女だろうとカメラマンとして選ばれるのは元親ではないだろうが。
 (むしろ謹んで辞退させていただく)(だってふさわしい奴はとっくにいるのだ)

 「こりゃあ伊達の忘れモン、だよなぁ……」

 そうでなかったら血の雨が降る。
 くっついているわけでもないのに、いやむしろくっついていないからこそライバル牽制に忙しい後輩を思い出して乾いた笑いを一つ。彼のライバル認定は非常に速やかかつ独断的に行われる。厄介なのは政宗がそれを焼きもちと自覚していないところだ。迷惑極まりない敵視を受けた暁には、通常の攻撃に加えて甘酸っぱい精神攻撃も大増量サービスされる。げんなりだ。うんざりだ。熨斗を付けて返したいが返品は受け付けてないらしい。求む消費者相談センター。
 ほぼ毎日被害を受けている元親は、切実な溜息を吐いた。

 だが見つけたからにはしょうがねえ届けてやるかと思うのが元親が元親たる所以である。そしてこの性格のために、個性の強すぎる某緑の女王系幼馴染やら例のカップルもどきやらにこれでもかこれでもかと迷惑をかけられているのであるが、本人はそれに全くもって気付かない。ついでに言えば例え気付いたとしても矯正は難しいと思われる。そういう星の下に生まれたと思って諦めるのが最善だろう。

 (ったく、こんなモン忘れてくんじゃねぇよ)

 それでも心の呟きが愚痴に傾いていくのは仕方ない。
 だってそうだろう、こんな写真誰かに見られたらどうする気だ。
 傍から見たら丸分かりだというのに、肝心の政宗とはまだまだ自覚には遠く及ばない。双方共に女ったらしの格好つけで、恋愛経験値は元親のそれより高いにも関わらず。

 更に面倒なことに、奴らは自覚もまだのくせに一丁前にやきもちは焼くし拗ねるのだ。特に政宗なんか最悪で、元親の知る限りで奴が病院送りにしたナンパ野郎は20を超える。にちょっかいかけたばっかりに(しかしそれも大分冤罪混じりな気配である)。
 そんな政宗が、まず間違いなく大事にしているであろうこんな激レアショットを放置―――発見したのが自分であって本当に良かったと思う。本音を言うと慶次あたりならベストであったが(元親に被害が及ばないので)、そこまで贅沢は言えない。ちなみに慶次もドツボに嵌る人種である。類は友をなんとやら。

 「そもそもアイツ、の写真なんざ持ち歩いてんのか」

 虚空に突っ込んでみる。うーん虚しい。
 自分が悲しくなってきた元親が特大の溜息を吐いていると、ドップラー効果を廊下に発生させながら噂の片割れが走り込んできた。
 講義室の扉を破壊せんばかりの勢いで蹴り開いた政宗は、野生の獣のような素早さで元親の手にあるブツを視認するや否や血相を変える。

 「Hey boy, get it back to me!(それを返せ!)」
 「言われなくても返してやらァ、興奮するんじゃねぇよ」

 つかみかからんばかりに駆け寄ってきた政宗の拳を間一髪で避け、荒々しく伸ばされた手に逆らわず写真を引き渡してやる。刹那の間も開けずに彼は元親から距離を取り、まるで元親が盗り返すのを警戒するような鋭い視線で牽制する。おいおい、そりゃあないだろう。

 「そんなに大事な宝なら、部屋にでも置いとけよ」
 「部屋になんざ置いとけるか!」
 「なんでだよ? 一番安全じゃねぇか」
 「礼儀もわきまえねぇ田舎モンが、自分を棚に上げてよく言うな」
 「ぁんだと?」
 「―――●●ダムDVD-BOX」
 (ぎく)
 「ハーゲ●ダッツキャラメルクリスピー」
 「なっ、なんのこと、ダァ〜?」
 「テメーが勝手に上がり込んで堪能してった諸々だ!」

 居心地最高、冷蔵庫の中身は美味、娯楽品充実の政宗の部屋は、日々不法侵入者との戦いにさらされている。
 主な侵入者はを筆頭に元親、幸村(と保護者佐助)。慶次はあれで常識人なので、自宅訪問の前に必ずメールが入る。
 ちなみに侵入手段として、はピッキング、元親はか幸村にくっついて、幸村に至ってはドアを破壊しやがってくださる。

 そんな連中に写真を見つけられてみろと政宗は唸った。
 元親はげんなりし、幸村は食べ物に気をとられて気付かない、佐助の野郎は絶対にからかう。
 そしてなにより、

 「お前んちに一番出入りしてんの、本人だしなぁ……」
 「That’s right……」

 政宗は想像する。いつものようにピッキングして入ってきたが(いつの間にか二人の間ではこの侵入方法を許しあってしまっている)、大切に飾られている自分の写真を発見する。彼は数秒間固まって、やがてこう呟くのだ、「……キモ」。
 そりゃあそうだ、男の友人宅で大切に飾られている自分の写真を見つけたら誰だって引く。案外と淡白なだって引くだろう。そのうち彼が政宗宅へ遊びにくる回数は減り、話すこと自体が減っていく。避けられているのだから当然だ。は政宗にキモい奴のレッテルを貼り、彼の隣から去っていく……。
 考えるだけで底なしの穴のような絶望感が胸に広がる。まるで風穴が開けられたように心臓が痛い。
 突然鬱に沈みこんだ政宗に、元親はぎょっとして身を引いた。

 「お、おい…大丈夫か?」
 「I’m ok……」

 いや大丈夫じゃないだろ明らかに。
 カビでも生えそうな政宗をいかにして正気付けるか、元親は必死で頭をひねる。考えろ俺、雑巾だって絞れば水が出るのだから、脳が絞れないはずはない…!

 「あー、なんだえーっと、そ、そうだ! そ、その写真いいよなァ! いつ撮ったんだ?!」

 ジメジメしていた政宗がぴくりと反応を示した。GJオレ! 元親は己の話題選択をべた褒めする。
 まず間違いなくとの楽しい思い出を呼び起こしただろうその話題は、特効薬のような効き目を示した。
 政宗の不景気な顔色が徐々に健康色を取り戻し、適温を素通りしてほんのりピンクに染まり始める。まばたきの回数が増えて視線がきょろきょろ動き回った。だらしなくにやけはじめた口には気付いているのかいないのか。
 大の男が小花を背景に恥じらう悪夢のような現実に直面して元親は気付いた。この話題は特効薬なんかではない、めくるめく劇薬と毒薬と爆薬のワルツだ。

 「Ah-、やっぱそう思うか? B, but, そんなに大した話じゃねえんだ…べ、別に特別なことなんかなかったからな!」

 警報警報。地雷警報空襲警報。
 頭の中で鳴り響くサイレンにおののきながら、元親はスイッチが入ってしまった政宗から逃れることもできずにこの場に行きあってしまった己の不運を嘆く。もし逃げようもんなら八当たりと二倍増しな弾道ミサイルを落とされるのは学習済みだ。
 それはもう嬉しそうに写真をちらちら見ながら(そしてさりげなく見せびらかしながら)、話したくて仕方がないとでも言いたげにそわそわしている政宗の頬は実に血色の良い薔薇色だ。

 「アーソリャヨカッタナァ」(今日の晩飯何にするかなァ)
 「No way.(まさか) なんかと出かけるくらい」

 バイクとか喧嘩とかpartyの方がよっぽど楽しいと小生意気なスタンスをとりつくろうが、今更そんな小細工は小賢しいにもほどがある。バレてんだよ何もかも。
 頭の中で刑事のヤマさんを気取ってみたが、容疑者が砂糖の塊であることに気づいてげんなりしてやめる。あ、そうだ今晩カツ丼なんかどうだろう。

 「Ah-…まあ、楽しくなかったっつーのは、うん……違うが」

 帰りに近所の肉屋寄ってくか? 久々にあそこのコロッケ食いたいなァ、揚げたてだからこうほこほこと美味しくて。
 虚空に意識を投げだした元親の目の前で、花を飛ばした男が何事か呟いている。見えない見えない見ちゃいけない。

 「……Hey you, 聞いてんのか?」
 「あァ、聞いてるさ」

 情報を脳まで運んでないだけで。
 政宗は疑惑を剥きだしにした目を向けたが、やがて何を思ったのか片方の唇を釣り上げたしたり顔で満足そうに2,3度頷く。
 それから彼は、意外なことに完全に正気付いた表情で例の写真を大事にしまった。あれ、今回もういいの?
 今までの経験から長丁場を覚悟していた元親は嬉しい誤算に拍子抜けする。

 「……もういいのか?」
 「Ah-n? 何期待してんだ」

 いや期待なんざこれっぽっちもしてないが。
 政宗はニヤリと鼻で笑うと、勝ち誇るような視線を投げた。

 「テメェごときに、教えてやらねぇよ」

 この写真もシャッターが切り取った時間もその瞬間のの笑顔も俺のものだ。
 不意討に核爆弾を投下して、政宗は颯爽と去っていった。
 唖然とそれを見送った元親は、しばらくしてやっと焼け跡から立ち直る。

 「そういうことは本人に言えよ……!」

 だってなんだあれ。なんだあれ。あれ本当に無意識か。俺のもの宣言しちゃってるけどあれで自覚が無いっていうのはどんな悲劇だ。
 むしろ奴らの精神構造は一体どうなっているのかと思う。
 一方的に攻撃して一方的に落ち込んで一方的にノロケて一方的に牽制していった政宗に、拭いきれない多大な疲労を感じた元親だった。





 Polaroid Bomb

 命題:夢主を出さずにどこまで中学生できるか
 アニキはご愁傷様です…笑
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