「あひゃふあはあはあははははは!」 明らかに呂律の回っていない笑い声が、白熱灯でオレンジ色に照らされた店内に響いた。 狭い店内は西部劇を意識したデコレーションがされていて、ちょっとしたバーのような雰囲気だ。並べられたテーブルにはいくつかの簡単な料理がならんでおり、席についたり立ったりしているのは例外なく若者たち。 初々しさを感じさせる若者たちはめいめいに酒やらジュースやらを持ち、あるいは飲むことにあるいは食べることに一生懸命になっている。 彼らはバサラ大学新入生だ。 反対にそんな新入生たちにやたらと話しかけようとしているのは、バサラ大学剣道部2、3年の面々である。彼らの使命は自腹を切って新入生を釣ることだ。自分たちのバイト代が泡と消えるか否かの崖っぷちである、さりげない会話にも熱が入る。 春は新歓の季節である。 しかし、そんな剣道部新歓担当員たちの期待の星、その甘いマスクで口説けば今年は女子部員がわんさか釣れると男子部員どもから密かな期待をかけられていた剣道部2年伊達政宗は、その職務の一切を放棄して目の前の光景に釘付けになっていた。 「おい伊達、お前仕事しろよ」 「Shut up! それどころじゃねえんだよ!」 友人の恨み言めいた催促を一蹴して、政宗はその独眼をかっぴらいて、ガクガク体を揺らして笑うを見る。 普通なら潰れた笑い上戸の一言で片付けられる光景だ。しかし生憎少年のウワバミぶりを知っている政宗は、が潰れるなんぞありえないと却下する。 何せ、彼の手元には半分以上中身の残ったカクテルしかないのである。 「おい、お前ふざけてんじゃねえぞ」 「うふぅ、ふざけれないようー。あ〜、きもちいー! おいしー!」 大学生でも新入生でもないくせにコンパに忍びこみ、新入女子大生に片っ端から声をかけ、政宗に首ねっこを掴まれたら「お金は払うそれでもだめなら体で払う!」「誤解を受けるような発言するんじゃねぇ!」「伊達、お前そういう趣味が……」「No kidding! この野郎、オカマバーに放りこんでやる!」「いやああああごめんなさい助けてやめてS王子!!」「ぶっ殺す!」「わああ誰か伊達を止めろー!」とまあそんな感じで結局同席を許されたは、ほんの10秒前までいつもと同じ調子だったはずである。 それが今や、またたびを嗅いだ猫のようだ。 普段は焼酎30本開けても平然としているくせに、カクテル一つで雰囲気をこれでもかというほど緩ませた。 頬なんか熟れた林檎のように真っ赤だ。ありえない、と政宗は思う。 「あれぇ、マサムネ全然飲んでないりゃんかー」 「上級生が潰れたらもともこもないだろ」 「マサムネなら平気らよ、強いじゃんきゃ。潰れたら俺が送ってあげるよー」 白馬に乗ってベッドまでーとか大声で笑い叫ぶものだから、店の注目が一気に集まって政宗は非常に焦った。 なんて誤解を生むことを! 「てめえもう帰れ! これ以上誤解作るな、俺に迷惑かけるんじゃねえ!」 「お前の迷惑、俺のしあわせー。うひゃひゃひゃひゃ」 「Go to hell!(地獄へ行け!)」 思わず拳骨を落としたが、はのらりくらりとそれを避けた。 普段から身のこなしはいい奴だが、今日はまるで酔拳のようだ。やっぱり酔っているんだろう。……カクテル一口で。 「マサムネ、顔こあいー。もっと笑おうぜー」 「誰のせいだ誰の!」 「はーい! じゃあくん、お酌しまーす」 「いらんわー!!」 猫のようにすり寄ってきたは、いきり立つ政宗の膝にひょいっと飛び乗った。体温が高い。 「はーい、ご奉仕しましゅからねー」 何だこれどこのキャバクラ? 政宗は思わず遠い目をした。むしろどうしてそんなセリフが似合うんだお前。 店は異様な雰囲気に包まれていた。新歓コンパのはずなのに、誰ひとり話そうとも飲食しようともしない。店中の注目が政宗とに集まっている。 しかし酔ったに空気なんて読めない。酔っ払いに世界の常識は通じない。 反応のない政宗にこてんと首を傾げた彼は、まるで本物の猫がするように政宗の頬を一舐めした。店中がサッと目を背ける。 見ちゃいけない、何か別世界の扉が開いている。 「………!! な、なななななななな」 「なー?」 「何しやがるてめえ!」 「あー、やっとこっち見てくれたー」 うきゃあっと怒声にはしゃいだ声をあげて、は政宗に抱きついた。政宗はその瞬間石になった。整った顔が台無しだ。 はとろけそうな顔で微笑んで、睦言のように呟いた。 「俺ねぇ、こうしていられるのが、一番幸せー」 至極幸せそうに囁き、それっきりはうにゃうにゃと黙りこんだ。しばらくして規則的な寝息が聞こえてくる。 眠りこんだは、まるで政宗の体温に安心しきったかのように無防備だった。 あとには真っ赤になった政宗と、微妙な沈黙の落ちたギャラリーが残された。 (普段あれだけどうしようもない迷惑キャラのくせに、どうしてそういうこと言うんだよお前!) 理解不能だ、と政宗は思う。思う間に、が落ちないように両手で彼の体を支えてやる。 心臓がバックンバックン鳴っているし手つきはどうにもぎこちなかったけれど、それは優しくまた力強い支えである。眠りこんだがむみゅうとか言って微笑んだ。 政宗は手早く自分との荷物をまとめると、を抱きつかせたまま立ち上がった。 「おい、相馬」 「は?! はははははい?!」 「悪いが、先に帰るぜ。こいつを部屋に届けて……あーでもあの部屋じゃなあ。仕方ねえ、泊めてやるか」 「………」 後半部分は独り言である。頼むから心の中で呟いてくれ、相馬は知りたくなかった友人の一面に口には出さず大絶叫する。 部屋知ってるんだ、ていうかそうか泊めるんだ、とギャラリーは心の中で突っ込んだ。生暖かく。 そのまま店を出ていった政宗が真っ赤で、うっかりドアに頭をぶつけていたなんて、酒が見せた幻覚に違いない。 残された人々は、一心にそう思った。 スクリュードライバー |
リクエストありがとうございました! 楽しんでいただけたら幸いです。 ごめんなさいJじゃデレも赤面も十分に表せませんでした……! 080513 J |